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シルヴィン
ディアリンドは焦っていた。これ以上ないほどに。
以前ロイスが専任護衛を務めていた際に、ケイト様が拐われたことがあった。
自分は決してそのような失態をおかすまいと、すやすや眠るこの方を必ず守り抜こうと、そう決意していたのに。
魔物はまるで巡礼の進行ルートを熟知しているかのように、その道に沿って現れた。
最初に切り離されたのは後陣だ。
完全に後方と連絡が取れなくなってから、前方で魔物が湧いた。
これではアオイ様お1人では浄化が間に合わない。
幸せそうに眠るケイト様を起こすのは申し訳なかったが、私達が彼を起こさずに無茶をする事を彼自身が一番望まないだろうことは分かっているので、私は彼を起こそうと馬車へ引き返した。
しかしその時にはケイト様のお姿は既に馬車の中に無く、エミーが1人倒れているだけだった。
私はすぐに気配を探る。
ケイト様の清らかで美しい気配を必死で追った私に、ケイト様を抱えた男が見慣れない魔法を放った。
私が目を覚ましたのはそれから随分後で、既にケイト様の気配は全く追えなくなっていた。
周辺に放たれていた魔物をなんとか全部片付けたアオイ様が、セリクの探知魔法で私を見つけてくださったらしい。
私にかけられていたのは強制的に相手を眠らせる魔法らしく、セリクがそれを解く方法を見つけ出して解除するまでずっと眠り続けていたそうだ。
続いてエミーもセリクに術を解かれて目を覚ます。
「ディア、お前がついていながらなんてザマだ!」
アオイ様の叱責に、私は謝罪の言葉を返すしかなかった。
「アオイ! 掴めた!」
両手を広げて何やら見たこともない術を組み合わせ続けていたセリクが叫ぶ。
「っしゃ、でかしたぞセリク!」
アオイ様はセリクのアッシュブロンドの髪をわしゃわしゃと撫で回した。
この2人はいつの間にこんな会話をするようになったのだろうか。
「ロイス様、向こうの町の地図がありますか?」
セリクに尋ねられてロイスが団長のいる本隊へと駆けて行く。
次の瞬間、ガクンと膝から崩れたのはセリクだった。
そばにいたアオイ様が慌てて手を伸ばすも、その細腕ではセリクの身体は支えきれないだろう。
私は一足で駆け寄って、セリクの肩を支える。
よく見れば彼の顔色は随分と悪かった。
そうか。ここまでずっと彼は高等魔法を使い続けているのか……。
「ぁ……すみません……」
立ちあがろうとするセリクだが、その身体はカタカタと震えている。
「ディア、そいつ抱えとけ。兄ちゃんの後を追える唯一の駒だ」
大事にしろよ。と言外に言われた気がして、私は「はい」と答えた。
ロイスが「地図だ!」と紙をセリクの前に広げると、セリクは震える指でその中の1点を指して目を閉じた。
「チッ、気を失う前に魔力を補給してやるべきだったな。しくじった……」
アオイ様の言葉にハッとする。
私が少しでも、彼に魔力を注いでやればよかったのだ。
「ここまで馬でどのくらいだ」
アオイ様の言葉にロイスが即答する。
「駆ければ20分で行ける」
「ロイス、オレを抱えて馬で行けるか?」
「もちろん」
「私もお共しますっ」
そう言ったエミーが皆の前でスカートを脱ぎ捨てる。
一瞬全員がギョッとしたが、その下にはズボン状のものが履かれていた。
「エミーは馬に乗れんのか!?」
「はいっ」
「猛者中の猛者、すげーな……」
「ディアリンド様、馬をお貸しくださいっ」
エミーに言われて、私の馬を引いていた馬番に指示を出す。
「ディアはセリクを連れて馬車で来い、いいな?」
「はいっ」
「行くぞ!」とアオイ様が声を上げると、アオイ様を抱き抱えたロイスが馬を走らせる。
その後ろをエミーと4人の騎士が続き、そこへさらに2隊の小隊が加わった。
私も遅れを取らないようセリクを抱えて馬車に乗り込む。
ケイト様の為に作った寝台へセリクを寝かせるのはなんだか癪に触るような気がしたが、非常時なので仕方ない。
走る馬車の中で、一部始終を見ていた御者に話を聞けば、セリクはケイト様が身につけていたブレスレットに込めた自分の魔力を辿ったのだそうだ。
そんな事ができるとしたら、セリクにはケイト様の位置がいつでもつかみ放題ではないか。
なんだか腑に落ちない気もするが、今回はそれに助けられたので良しとするしかないが……。
しかし、流石にここから馬で駆けて20分もかかるような場所まで捜索範囲を広げたのは相当の負担があったのだろう。
寝台で目を閉じたままのセリクは、苦しげに浅い息を繰り返していた。
ケイト様はご無事だろうか……。
今頃どんなお気持ちでいらっしゃるだろうか。
……痛い思いや、怖い思いをしてはいらっしゃらないだろうか……。
馬ならまだもう少しは気が紛れただろうが、馬車の中でじっと待つ時間は永遠に続くようにすら思えた。
***
「おい! やべぇぞ!! 囲まれた!!」
部屋に駆け込んできた男の声に、シルヴィンは「どうしてここが……」と愕然と呟いた。
この部屋の窓には外から板が打ち付けてあって、今の時間はわからない。
部屋には時計もないし推測でしかないけど、オレが攫われたのはまだ日の高い頃だったから、それからまだ一日も経っていないはずだ。
皆すごいや、一体どうやってこの場所を突き止めたんだろう。
「2人とも今のうちに逃げた方がいいよ、騎士達は俺を守るためなら人も殺しちゃうから……」
俺の脳裏に、俺の目の前で首を落とされた男の姿が浮かぶ。
あの男の首を落としたのはリンだ。
そこに一切の迷いはなかった。
「こんだけ囲んどいてどっから逃げろってんだよっ!」
そんなにたくさんで来てくれてるのか。
えっと……それは……逃げられそうにないね……。
「くそっ、まだ増えんのかよ……っ」
窓に打ちつけられた板の隙間から外を覗いていた男が、脱出を諦めたように頭を振って、俺にまっすぐ向かってくる。
何も映していないようにも見える暗い瞳が俺を睨みつけている。
その悪意に俺の肌が粟立つ。
あ。これ、ちょっとマズいんじゃないかな……。
「何をする気だ」
男と俺の間に割って入ったのはシルヴィンだった。
「そんなん決まってんだろ。そいつを人質に取るんだよっ! そうでもしなきゃ俺もお前もここで終わりだぜ!?」
「この方を傷つけてはならない」
シルヴィン……?
「はっ、今さら騎士ぶってどうしようってんだよ! いいからどけ!」
男が振りかぶったのはダガーだった。
シルヴィンは左腕で腰の剣を引き抜くも間に合わない。
「シルヴィンっ!」
俺は両手が前に出せなかったので、後ろ手でなんとかドーム状の障壁を張った。
ギギイッと嫌な音を立てて、ダガーが障壁の上を削ってゆく。
ドカドカと沢山の足音が近づいて、バンッと
部屋に一つだけの扉が開かれる。
「兄ちゃんっ!」
先陣はロイスで、後ろには蒼の姿もある。
男は大きく横に飛び退いて、俺達と扉の両方から距離を取った。
「チッ」
舌打ちをした男が彼らに手を翳した。
マズイ!
瞬時に蒼が男へ手を伸ばして障壁を張る。
男の放った睡眠魔法は白い障壁にぶつかると霧散した。
おお、素早い。
俺は男がロイス達とやり合う隙に、障壁内で俺を驚いたような顔で見ているシルヴィンに声をかける。
「シルヴィン、縄を解いてもらえないかな」
「そ……それは……」
「頼むよ……。俺はシルヴィンを犯罪者にさせたくないんだ……」
シルヴィンは銀青色の瞳を大きく揺らす。
「私は……、既に、許されない行いをしました。今更……」
「大丈夫だよ。シルヴィンはあの時だって、さっきだって、今だって、俺を助けてくれたんだから。命の恩人を罰したりなんて、俺にはできないよ」
「命の……恩人……?」
「俺はシルヴィンに何度も救われてる。本当にシルヴィンには感謝してるんだ」
「ま、まさか……貴方様は……」
シルヴィンがガクガクと震える。
俺の正体を知ったらシルヴィンはどうするだろうか。
もし俺を恨んでいたなら……、斬りかかられても文句は言えないな……。
「くそっ!」
ダンッという音と共に、向こうで男が床に押さえつけられたのが見えた。
「兄ちゃんっ!」
駆けてくる蒼の後ろから、ロイスも叫ぶ。
「ケイト様! ご無事ですか!?」
その声に、シルヴィンが動いた。
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