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怨嗟の言葉
いきなり視界から消えたシルヴィンをキョロキョロと探すと、俺の後ろに回っていたシルヴィンは必死で縄を解いていた。
「も、申し訳ございません! ケイト様に縄を打つなど……っ」
うん……?
そんなに俺シルヴィンからの好感度高かったんだ……?
もしかして、最初から名前を明かしておいた方がよかったんじゃ……。
その時、ガシャガシャンと甲冑が床にぶつかる音がした。
蒼達の背後で男がゆらりと起き上がる。
男を囲っていた5人の騎士達は1人残らず眠らされていた。
ああそうか。あの男も俺と一緒で、手を押さえられたまま全範囲に睡眠魔法を放ったのか。
「くそ忌々しい聖女がっ! 俺だけ死ねるか! お前も死ね!!」
それは怨嗟の言葉だった。
彼は個人的に聖女に恨みがあったんだ。
ただその恨みは1人の聖女に向けられたものでなく、聖女という存在自体に向けられていた。
だから、聖女なら誰でもよかった。
男は床を蹴る。
落ちていたダガー拾い上げると、そのままの勢いで紫髪の美しい聖女、蒼を目がけて突進した。
俺の事に気を取られていた蒼には、振り返る間もなかった。
男の体重が乗ったダガーは深々と胸に突き刺さり、背までを貫く。
蒼の前に身を踊らせたロイスを、ダガーは完全に貫いていた。
「ロイス!!」
ロイスは大きく顔を歪めつつも、そのままの状態で男を斬り払う。
騎士たちが今度こそ男を捕らえて部屋から引き摺り出す。
ゆっくりと崩れるロイスを、抱き止められる人はいなかった。
手を伸ばした蒼はロイスを支えきれずに一緒に床へと沈む。
背から倒れたロイスはダガーの先から床に着地し、ロイスの自重でダガーはゆっくりと彼の胸から抜け落ちてしまった。
途端に鮮血がとめどなく噴き出す。
俺は自由になったばかりの体でロイスに駆け寄った。
「ロイス! 今治すから少しだけ待ってて!」
ロイス達より一瞬遅れて部屋に入ってきたエミーが、すぐに部屋の隅に置かれていたセリクの魔力が篭ったブレスレットを見つけて俺の元に届ける。
このブレスレットに入った魔力だけでは足りない……。
セリク……早く来て……。
俺は祈りながらも治癒を始める。
「っ、な……っ、何してんだよ、ロイス……っ」
蒼の声はどうしようもなく震えて、滲んでいた。
蒼が膝の上で力一杯握りしめた拳を、床を這ったロイスの分厚い手がすり、と撫でる。
「これが、仕事……だって……」
ごぽ。と、血を吐きながらのロイスの言葉に、俺は叫んだ。
「ロイス! 喋らないで!」
もうこれ以上、ほんの少しでも血が多く流れたら、危ないのに!!
蒼は涙を必死で飲み込んで、ロイスの手を両手で包む。
「でも、家に可愛い嫁さんと娘さんがいるんだろ……?」
悔しげに顔を顰めた蒼は、自分の不甲斐なさを混ぜ込んだ言葉をロイスに漏らした。
「こんなとこで、オレなんか……庇わなくてよかったんだよ……っ」
蒼の言葉に、ロイスは答えなかった。
パキン、と俺の手首で石が割れる。
バキン、パキッ、と俺が治癒を続ける度に、セリクの魔力が入っていた石は一つずつ割れてゆく。
あれだけ沢山連なっていた石は、もう、残り3つだ。
ダメだ、間に合わない。
まだ傷口はこんなに開いてるのに、まだ血が流れ続けているのに、もう魔力が……。
俺にもう少しだけでも魔力があれば……。
「エミー、蒼、俺に魔力を分けて」
「はい」「おう」と声がして、俺の両肩に2人が手を添える。
けれど最後の石が散った途端、治癒速度はガクンと落ちた。
2人の力では、合わせたところで出力が足りない。
荒かったロイスの息が、聞き取れなくなる。
嫌だ! お願い! 死なないでロイス!!
不意に、俺の背中に大きな手が添えられる。
ぐんと治癒の速度が上がる。
シルヴィンだ……。
俺は顔を上げることも礼を伝える事もままならないまま、シルヴィンの力を借りて必死でロイスを治す。
「ごめ……、オレ、ここまでだ……」
「申し訳、ありません……」
蒼とエミーが、肩で息をしながら俺の肩を離す。
どうしよう。まだ足りないのに……。
背中に届くシルヴィンの息ももう随分と辛そうだ。
無理しないでとも言い切れなくて、俺は悔しさに歯噛みする。
「ケイト様! 遅くなりました!」
叫びと共に入ってきたのはリンだった。
リンが運んできたセリクは、もう起き上がれないようだった。
それでもセリクは俺の肩に震える手を伸ばそうとする。
リンがセリクの体を抱き起こして、セリクと一緒に手を重ねてくれる。
俺は2人に一瞬だけ小さく微笑む。
2人とも、来てくれてありがとう。
セリク、無理をさせてしまうけど、もう少しだけオレを助けてほしい。
2人は俺の意図を正しく汲んでくれて、俺の肩から治療に丁度良い量の魔力が入ってくる。
きっとセリクがリンとシルヴィンの分も計算してくれてるんだ。
「……おいディア、そこは笑顔になるとこじゃねーんだよ」
蒼が疲れた声でボソッとツッコミを入れている。
どうやらリンは俺の助けになれるのが嬉しくて仕方ないらしい。
リンがオレの後ろ側にいてくれてよかった。
そんな顔を目にしてしまったら、制御が乱れてしまいそうだ。
胸側の傷がようやく薄皮一枚になる。
背中側ももう少しだ。
ああ、よかった、なんとか傷が塞がりそうで……。
肺が整ってからは、浅く途切れ途切れだったロイスの呼吸もゆっくり大きくなってきた。
不意に背中から手が離れて、ドサっと倒れる音がする。
ああ、シルヴィンは意識を失うまで注いでくれたのか。
俺ももう、目の前が薄暗くて、ぐらぐらと視界が揺れ始めている。
後……、後少し、だけ……。
「……っ」
苦しげな息と共に、セリクからの魔力供給が途切れる。
チラと横目で見たセリクは静かに目を閉じていて、息をしていないように見えた。
「セリク……?」
俺の震える声に、皆の視線がセリクに集まる。
セリクの無事を確認しようとして、俺はセリクに手を伸ばした……。
つもりだった……んだけど、俺の体はもう指一本すら動かなかった。
……それきり、俺の意識は暗闇に沈んだ……。
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