57 / 80

目が覚めたら

ぱち。と目が覚めた俺の視界に入ったのは、部屋の天井だった。 馬車ではない。 屋内ではある。 「ケイト様っ」 エミーの声だ。 俺がそちらに頭を向けると、部屋の隅にあったらしいベッドからは、部屋にいる皆の顔が見えた。 「兄ちゃんっ!」「ケイト様!」「ケイト様おはようございます」「ケイト様……」 蒼にリン、ロイスにシルヴィンまで揃っている。 「うわ。なんで皆この部屋にいたの……?」 青っぽい石材で造られた石造りの部屋……。 ここは多分、キリアダンだ。 咲希ちゃんと一緒に寄った時と同じような部屋に、俺は通されていたみたいだ。 「えっと、今日って何日?」 エミーの返事を聞いて、俺は頭を抱える。 4時間以上……つまりこっちでの4か月以上も俺は爆睡してたのか……。 既にキリアダンの滞在残り日数は1週間もなかった。 当初、キリアダンについたら起こすように伝えていたのは、元聖女さんに会う事もあったけど、何より蒼の冬祭りの式典が見たかったからだ。 「あー……。蒼の冬祭りの式典衣装見逃した……」 「申し訳ありません。一応起こしてはみたのですが……」 エミーがしょんぼりと頭を下げる。 「いいよいいよ、俺も流石に寝不足で起きられなかったんだろうから」 そんな俺の目の前に差し出されたのは、俺のスマホだった。 そこには蒼の濃い紫の髪によく映える、美しい冬仕様の式典衣装を纏った蒼がいた。 「――って兄ちゃんなら言うと思って、ちゃんと撮っといたぞ」 蒼の手からスマホを受け取って、スイスイとめくる。意外とたくさん撮ってあって、靴までちゃんと写ってるのもある。 「わあすごい綺麗っっ! 冬衣装はエレガントな感じだったんだねぇ。雪の女王みたいな貫禄があってすごくいいなぁ!」 さっすが蒼! 気がきくなぁ! と思わず手放しで褒めちぎったら、蒼が眉間に皺を寄せてそっぽをむく。 わかりにくいけど、これは蒼の照れている仕草だ。 「蒼はキリアダンではどんな風に過ごしてたの?」 俺が尋ねると蒼はなんだか言いにくそうに頭を掻いた。 「いやそれがさ、式典終わった頃にはめっちゃ眠くてさ、ディアから話聞いたらオレって0時くらいまでずっと起きてるようなもんじゃん? そりゃ眠いよなって思って、オレも式典終わってから昨日まで寝てたんだよ」 そっか、俺はいつも朝から夜までの時間帯だったからな。 西回りだと夜から朝までになるから昼寝してた人とかじゃない限り当然眠いよね。 キリアダンで2か月過ごすのは聖女にとって仮眠の役割もあったのかな。 「まあこれで2時間弱は寝れたし、あとは教会に帰ってから寝るわ」 アオイはそう言いながらひとつあくびをした。 「それよりほら、この男が兄ちゃんの沙汰を待ってるから、なんとかしてやって」 蒼に促されて俺のベッドの前に跪いたのはシルヴィンだった。 よかった。 シルヴィンは投獄されたりせずに、ここまで連れてきてもらえたんだね。 「シルの話聞いたら、これ絶対兄ちゃんはこいつ助けようとしてたんだろうなって思ったからさ、連れてきといた」 「ありがとう蒼、本当に嬉しいよ」 俺が感謝を込めて微笑むと、蒼は小さく肩を揺らした。 「……っ、別に。オレはこんな奴その場で殺しても良かったんだけどさ」 「こらこら、そんな物騒なこと言わない」 「連れてきとかねーと、兄ちゃんが戻るとか言うかと思って……」 「うんうん、ありがとう」 照れ隠しでも、蒼にはそんな物騒な単語は使ってほしくない。 ……なんか、正直蒼なら本当にやりかねない気がするんだよな。 向こうなら悪い人の事もちゃんと法律が守ってくれるけど、この世界では死がもっと身近なところにあるから……。 うっかりすると蒼がそれに触れてしまいそうで、怖い。 「んで、シルは騎士にしては魔力が多いから、普段は魔法研究所に勤めて、元聖女様が来た時にはそばに控えて魔力供給タンク役にしようかってさ」 どうやら、俺がいない間に皆で相談して向こうとも手紙をやりとりして、ちゃんと話をつけてくれていたようだ。 いやぁ、頼もしいなぁ。 これなら俺は帰りもずっと寝てたっていいかも知れない。 俺は改めて、俺のベッドの前に跪きっぱなしのシルヴィンに視線を戻す。 「シルヴィンも、シルヴィンの今後はこんな感じで問題ないかな?」 「もったいないお言葉です」 そう答えたシルヴィンはさらに深々と頭を下げる。 ああ、せっかくの綺麗な銀髪が、床に広がっちゃってるよ。 「ケイト様、どうか改めて謝罪させてください。私はケイト様に許されない事をしてしまいました。どのような罰でも受けます」 うんこれ知ってる。 死ねと言ったら死にますってやつでしょ? 死ななくていいって。 そのくらいなら連れてこないんだからさ。 俺がそう思う間に、やはりシルヴィンはそう続けた。 俺は寝起きの体でぐうーっと大きく伸びをしてから、シルヴィンの方へ座り直す。 「あのね、シルヴィン。俺はシルヴィンには恨まれても仕方ないって思ってるんだ。むしろシルヴィンこそ、俺の事殴ったっていいんだよ?」 俺の言葉に騒めいたのは外野だった。 うん、皆一回落ち着いて? シルヴィンだって多分殴らないよ。……多分。 「あの時の俺には、シルヴィンの腕を治すことができなかった……。……本当に……本当に、ごめんね……」 治癒魔法をどれだけ勉強しても、あの時の悔しさは俺の中から無くならない。 いつまで経っても消えない自責の念は、俺の視界をじわりと滲ませた。 「いいえ、ケイト様がいらっしゃらなければ、私はあの日命を落としていました。ケイト様にお救いいただいたこの命で、私に何ができるのか、ずっと考えていたのです……」 ああ……シルヴィンはあれから魔物が増え続けた2年間を、町の人たちの視線で、ずっと見ていたんだろうな……。 日に日に数を増やし、強くなり続ける魔物を前に、戦う術を失ってもなお、何かができないかと考え続けてくれたんだ。 「シルヴィン……」 「けれど、私が間違っていました……」 シルヴィンは一つ残った左手で拳を作る。 「ケイト様はこんなに、正しく努力を重ねていらっしゃるのに……」 シルヴィンが視線を向けたのは、ロイスだった。 ロイスが蒼を庇って受けた傷は、確かにあの頃の俺にはどうしようもないほどに深く、大きかった。 「それならシルヴィンのおかげだよ」 俺の言葉に、シルヴィンは弾かれるように顔を上げた。 銀青色の瞳が、戸惑いと驚きに揺れながらも俺を見つめている。 「あの時……俺にはシルヴィンが治せなかったから……。それで、あれからいっぱい勉強したんだ」 俺はシルヴィンに伝わるように、精一杯心を込めて微笑む。 「俺が今こうして生きてるのも、ロイスが死なずにすんだのも、全部シルヴィンのおかげだよ。ありがとうシルヴィン。俺達を助けてくれて」 シルヴィンがほろほろと音もなく涙を零す。 「ケイト様……」 俺は床に降りるとシルヴィンの背をそうっと摩った。 「辛い思いをさせてしまったね……。これからは騎士団の皆も側にいるから、1人で悩まないで、なんでも皆に話してみてね」 シルヴィンは昔から皆の話をよく聞いてくれる優しい人だったから……。 きっと町を行き交う皆の話もたくさん聞いて、自分がなんとかしなきゃって思い詰めてしまったんだろうな……。 彼を1人にさせてしまったのは、俺だ。 腕を失う事さえなければ、彼が1人になることも無かったのに……。 「ケイト様」 不意に近くから呼ばれて顔を上げる。 シルヴィンの向こうには、なぜかリンが膝をついていた。 ……俺と視線を合わせようとしてくれたんだろうか? リンは美しい青い瞳で俺をまっすぐ見ていた。 「ケイト様こそ、お1人で責任を背負おうとなさらないでください」 う。 なんでリンはそういうのだけは分かるのかな……。 「シルヴィンと共に巡礼に参加していたのは我々も同じです」 リンの言葉に、ロイスとエミーが頷く。 それぞれがそれぞれに、痛みを抱えた瞳で。 そっか……。 そうだよね……。 辛い気持ちは、皆で分けて少しずつ持っておかないと、1人で抱えちゃ潰れちゃうよね。 「うん、ありがとう」 俺が微笑めば、皆少しずつ安心した顔をしてくれた。 「ところで……」と俺は話題を変える。 俺には、目覚めて以降ずっと気になっていた事がある。 雰囲気的に、それはないと思うんだけど……。 まさか、とは思うんだけど……。 さっきから誰1人その話題に触れないので、そろそろ流石に心配になってきた。 「えっと、……セリクは?」 俺の問いに、俺とシルヴィン以外の全員が蒼を見た。

ともだちにシェアしよう!