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分かった事、分からない事、分かってしまった事(*)

……え? 何その反応。 なんで誰も返事しないの? なんで全員揃って蒼の発言待ちなの? え? 蒼が起きたのって昨日って言ってたよね? なんでそれまでずっと寝てたはずの蒼が答えるのを皆で待ってるわけ? 誰も何も言わないそのシンとした空気に、嫌な予感が胸をよぎる。 ……え、そんな、まさか……。 いや……まさか、ね……? 眼裏に、最後に見たセリクの姿が浮かび上がる。 血の気を失い真っ青な顔をしたセリクは、静かに目を閉じていた。 荒げていた息すらも聞こえなくなったその姿が、まるで死んでいるように見えて……。 俺はセリクが息をしているのか確かめようとして、……そこで俺も意識を失ったんだっけ……。 心臓がギュッと縮むような感覚に、俺は息を詰まらせた。 皆の刺さるような視線を受け続けた蒼は、視線を泳がせながら口を開く。 「あー……、えーと、いや……、その、さ、オレも兄貴もしばらく揃って寝てただろ?」 「うん……」 「だからセリクは不安だったんだろうな。オレ達がもう起きてこないんじゃないかってさ」 「うん……?」 「昨日オレが起きてきたのが嬉しかったみたいでさ、アイツ、ボロ泣きで縋り付いてくるもんで、なんか、……もう、可愛くてさ……」 「……うん?」 「あそこまでする気はなかったんだけどさ、ちょっと、何つーか、やりすぎたってゆーか……」 俺はエミーに『つまり?』と視線で要約を求める。 有能なエミーはすぐに俺の意図を汲んで、わかりやすく教えてくれた。 「セリクは昨夜アオイ様に抱き潰されてしまい、今も布団の中です」 ……いや、待って? 分かった。うん。現状はよく分かったんだけど、もっと分かんなくなったよ!? 「えっ、いつからそういうことになってるの!?」 「えーと……、兄ちゃんが最初に寝始めるちょい前くらいからかな……」 前なの!? 後じゃなくて!? 俺は衝撃の事実に頭を抱えた。 「えええ、全然気づかなかったよ……」 俺が自分の鈍さに頭を抱えていると、視界の端でリンも驚いた顔をしている。 あ、その時期気づいてなかったのは、俺だけじゃなかったみたいだ。 良かったような良くないような、よくわからない気分で、俺はリンに苦笑する。 俺に笑いかけられたことに気づいたリンは、その理由に気づかないまま、嬉しそうに屈託のない笑顔を返してきた。 4か月ぶりのリンの笑顔は、やっぱりすごく眩しかった。 *** 魔力の使い過ぎで倒れたセリクが目を覚ましたのは、事件の翌日の夕刻だった。 昨日の遅れを速攻で取り戻したオレ達は、日が暮れる前には今日までに予定していた浄化を全て終えて、早々に宿に入っていた。 セリクの髪と同じアッシュブロンドの睫毛が揺れたのに、オレはたまたま気づいた。 いや、たまたまな。 ……別にずっと見張ってたわけじゃねーし。 正直、セリクは黙っていれば美形だ。 彫りの深い顔立ちに、優しく弧を描く柔らかな眉に、どこか甘い目元。 睫毛は長くてバサバサしてるし、肌は白くてスベスベしてる。 いつもキリッとしてるディアとは全然違って、なんかこう、どこか甘ったるいというか、甘えた雰囲気が漂ってるんだよな。 セリクの睫毛がゆっくり持ち上がって、その下からキラキラした宝石みたいな瞳がのぞく。 なんだっけな、こういう黄緑色の宝石、名前あったよな。 あーくそ忘れた。 スマホゲーとかだと風の属性石とかそういう感じのやつだよ。 とにかく透明でキラキラしてて人の目じゃないみたいに綺麗なんだよな。 いや、本人にはぜってー言わねーけどな。 「やっと起きたか」 オレの声に、セリクの黄緑色の瞳がオレを探して揺れる。 「アオイ……」 セリクはようやくオレを見つけると、オレの姿に一瞬ホッとした顔をした。 「ったく、いつまで寝てんだよ。もう次の日が終わる頃だぞ?」 「そう……なんだ……」 ん? なんだこいつ全然起き上がんねーな。 「ケイ様は、怒ってなかった……?」 「お前……、せめて先にロイスを心配してやれよ。別に兄貴はお前のこと心配こそすれ、怒ったりしねーだろ」 「でも、僕……、ケイ様にいいよって言われるまで、魔力が注げなかったから……」 黄緑色の瞳が、不安に染まってじわりと滲む。 セリクはようやく腕を片方持ち上げて、涙を隠すように目の上に力無く下ろした。 ……そうか、まだこいつはろくに身体が動かせねーのか……。 「お前、無茶しすぎなんだよ。死んだかと思っただろ」 こいつが意識を飛ばした時、ディアの腕に抱えられたこいつの身体は、ひやりと冷たかった。 呼吸も小さくて、心音も小さくて、しんと静まり返ったその体は既に半分死んでいるかのようだった。 こいつは本当に、兄貴のためなら命ごと差し出せるんだな。と、オレはその時ようやく実感した。 「僕は……ケイ様に魔力を渡すために拾われたんだから……。それができない僕なんて……ケイ様にとって必要ないのに……」 小さく震える声が、時々しゃくりあげる。 なんだよ……こいつマジで泣いてんのかよ。 「ぼ、僕は、ケイ様が必要なだけ、っ……ちゃんと、魔力を注がなきゃいけなかったのに……っ」 オレはセリクのふわふわした髪をぐりぐり撫で回して言う。 「ばーか。んなこと出来なくたって、兄貴がお前の事嫌ったり捨てたりするかよ」 「っ…………、ほ、……ほんとに……?」 「お前兄貴のどこ見てんだよ。あんなお人好しが自分に懐いてる奴を無下にするわけないだろ」 「……っ……、うん……。うん……っ」 セリクはそれでも小さく震えていた。 こいつ……兄貴に拾われるまで、一体どんな生活してたんだ……? こんな一度のミスで、努力不足でもないこんな事で、捨てられるような環境にいたのかよ。 オレはようやくわかった。 こいつはわざと子どもっぽい喋り方をしてる奴なんじゃなくて、中身がまだホントのホントにガキなんだ。 親も兄弟も無いこいつにとっては、自分を拾ってくれた兄貴が本当に唯一無二で絶対的な存在なんだな……。 「……もー泣くなって」 「僕……っ、僕、ケイ様に……捨てられたく、ない……よぉ……」 「だから、兄貴はお前を捨てたりしねーって言ってんだろ」 「だ、だって……ケイ様……3年も、会えなくて……、僕、ずっと、頑張ってるのに……。ケイ様に、褒めてもらえるように、頑張ってるのに……っ。もう、次帰っちゃったら、いつ、会えるか……分かんないんだよ……?」 そうか……。 ……そーだよな。 兄貴がオレと家でゲームしてくれてたあの時間も、家族で夕飯食べてた時間も、こいつにとってはずっとずっと長い時間で、兄貴のことをひたすら待ちながら、1人で頑張り続けてたんだな……。 「アオイは……こっちでも、向こうでも、ケイ様に会えるなんて……っ、ず、ずるいよぅ……っ」 オレは椅子にかけてあった手拭いを掴むと、セリクの顔の上に置かれていた腕を強引に引っ剥がす。 「ひでー顔してんな」 「か、隠してるのに、アオイが、見るからっ」 オレは文句を言いながら、セリクの顔を拭ってやる。 「いいかセリク。もし次無茶したら、オレは兄貴に言うからな」 「?」 「セリクが兄貴で抜いてたって」 「も、もうあれから一回もしてないよっ!」 「ふうん?」 オレは目を細めて、こっそり真偽チェックの魔法をかける。 「本当だよっ、1人でする時も、ちゃんとアオイがしてくれた時のこと思い出してしてるもん!」 宿によってはオレはララと2人部屋に入るしかなくて、セリクとは部屋が離れた時もあったが、セリクにしかけた真偽魔法は『真なる発言である』という青い光を一瞬オレに見せて消えた。 「……本当みたいだな」 「?」 セリクはオレが魔法を投げたあたりをキョロキョロと見回している。 もう術自体は消えてなくなってるけどな。 「なんかさ、アオイ時々会話中に何か術使ってるよね? それなに?」 「へぇ、よく気付いたな。これまでお前以外誰も気付かなかったのによ」 「どんな魔法なの……? すぐ消えちゃうよね」 セリクは涙を浮かべた瞳を瞬いて、興味津々な顔で聞いてくる。 ああ、泣き顔よりはそっちの顔のがマシだな。 「なんつーか、簡易嘘発見機みてーなもんだよ」 「えっ、そんなことできるの? 精神魔法? すごい! 教えて!」 「やだよ、何でお前に教えなきゃなんねーんだよ」 「えー、……アオイの意地悪……」 ふぅん、オレが意地悪ねぇ? じゃあ意地悪っぽい事でも言ってやろうか? 「で? セリクは1人の時もオレで抜いてるって?」 顔を近づけて耳元で意地悪そうに囁けば、セリクは小さくビクリと肩を揺らした。 「……だ、だって、アオイが……そうしろって……言うから……」 恥ずかしげに答える声が小さくなるにつれ、セリクの白い肌に赤みが差す。 オレは込み上げる衝動に合わせて小さくクツクツと笑った。 「オレにされてそんなに良かったのかよ……?」 「う、うん……、アオイに、してもらって、う、嬉しかった……」 オレは思わず紫の瞳をパチパチと瞬く。 こいつ今、気持ちよかったじゃなくて、嬉しかったって言ったよな? へぇ、……オレにされて、嬉しかったんだ……? 黄緑色の瞳はオレを求めるように、じっとオレを見つめている。 こーゆー期待を向けられるってのも、……別に、悪かねぇな……。 オレは黄緑色の瞳を見つめ返して、ゆっくりと口端を上げて言う。 「……また、してやろうか?」 「いいの?」 セリクは瞳を輝かせて尋ね返す。 その素直な言葉は、すっかり期待に染まっていた。 ったく、さっきまであんなに大泣きしといて、単純な奴だよな。 オレは喉の奥で小さく笑って、セリクに答えてやる。 「じゃあ、身体が動かせるようになるまで、セリクがいい子にしてたらな」 セリクが望むオレの手で、ふわふわのアッシュブロンドを柔らかく撫でて、そのまま頬をくすぐるように指でなぞる。 セリクは黄緑色の瞳をとろりと蕩かせてオレを熱っぽく見上げながら「うん」と頷く。 ああくそ、可愛い顔しやがって。 オレはセリクの耳元に顔を寄せると、僅かな苛立ちと欲を込めて囁く。 「たっぷり可愛がってやっから、覚悟しとけよ……?」 「っ……」 セリクはオレの言葉に息を詰めると、その甘い顔だけでなくオレに囁かれた耳までを鮮やかに赤く染めた。

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