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キリアダンの元聖女

城塞都市キリアダンの大教会。 その深部に程近い中央棟の地下へと俺は案内されていた。 エミーは俺の言葉をちゃんと覚えてくれていて、俺が目覚めてすぐに元聖女様と会えるように取り計らってくれていた。 この地で300年以上暮らしている元聖女様は、この先にいるらしい。 大教会には背の高い建物も多いし、もっと見晴らしの良いところに暮らしてるのかと思ってた俺にはちょっと意外だったけど、話によると集中して眠る場合にこうやって彼女専用の地下寝室に篭るのだそうだ。 俺の後ろにはエミーとリン。 蒼は出立式の最終確認と衣装の最終チェックがあるみたいで「別にオレはそーゆーの興味ねーし、兄貴だけで行けばいいよ」と言っていた。 「レイナ様は現在お休みになっておりますので、お声がけいただいてもお目覚めにならない場合がございますが、よろしいですか?」 扉の前で、最終確認とばかりにここまで案内をしてくれた小柄な少女が問う。 「うん、大丈夫だよ。ここまで案内ありがとう」 俺が微笑みを向けると、少女は渋々といった様子で下がった。 うーん、彼女を起こされたくないのかな? それが、彼女をゆっくり寝かせてあげたいという気持ちからである事を切に願いながら、俺はリンが開けた扉の中へと足を踏み入れる。 中は明かりが完全に落とされていて、俺はエミーの掲げるランプの灯りを頼りに進んだ。 「レイナさん、おはようございます。寝てるところごめんなさい、ちょっとお話をさせてもらえたらと思って来ました、今いいですか?」 俺はそう言って、スマホのアラームを鳴らしてみる。 大声で起こしても起きるだろうけど、怖がらせてしまっても困るしね。 教会の厨房をちょっとお借りして作ったお土産も持ってきた。口に合うといいんだけど。 思った通り、彼女はガバッと跳ね起きた。 「え、何? アラーム鳴ってる?」 俺はスマホのアラームを止める。 彼女はベッドサイドからメガネを手に取りかけた。 彼女の視線がようやく俺を見上げる。 「おはようございます。レイナさん、初めまして。俺は芦谷圭斗、あなたと同じ元聖女です」 「ええっ!?」 ……うん? 今俺は何に驚かれたんだろう。 性別? 顔? 図体かな? 「寝てるところを起こしてしまってごめんなさい。俺は今巡礼に付き添ってて、後3日でキリアダンを出ないといけなくて……。その前に少しでもレイナさんと話せたら嬉しいんですが、ご都合いかがでしょうか。ご迷惑でしたらすぐ帰りますので、遠慮なく言ってくださいね」 なるべく優しく言って、微笑む。 「あ、あとお土産にフライドポテトがあるんですが、食べ……」 「ポテト!?」 「はい、ポテトです、いかがですか?」 言って俺は紙袋を開いて見せる。 某ファーストフードのように細く切ったフライドポテトは、まだほんのりと湯気をたてている。 レイナさんはパッと扉の脇に立つ少女の顔を見る。 少女が頷いたのを見てから、彼女は「いただきますっ」と叫んでポテトに手を伸ばした。 先に毒味が済んでるかを侍女に確認できるあたり、こっちの世界に慣れている感があるなぁ。 ……もう、この人は300年以上もこっちで過ごしてるんだよなぁ……。 「わあっ、サックサク! 食べたかったんだよねぇこの味っ!」 前に咲希ちゃんがフライドポテトを食べたいって言ってたから、レイナさんにもどうかなと思ったんだけど、喜んでもらえたならよかった。 「あ。ごめんごめん、立ちっぱなしにさせてたね。その辺適当に座って。リーア、部屋を明るくして、お茶も出してくれる?」 「はい、ただいま」 その侍女さんはリーアって言うのか。 「あー久しぶりで止まらないわー。これ君が作ったの? えーと……」 「圭斗です」 「圭斗君かぁ、高校生?」 「少し前まで、ですね。先月卒業したばかりです」 「あー、もう学年変わる頃なんだねぇ。あ。でもそしたらタメだよ、敬語いらないよ」 そうか、彼女は同い年なのか。 俺は彼女の様子にホッとする。 何せ、自分も既に2回は元聖女として攫われそうになった。 元聖女というのは見る人によっては、ずっと老けずに死なない無限聖力発生装置のような物なのだと、肌で理解したところだったから。 彼女はここで不当な扱いを受けていないだろうか。 人らしく、大切にされているのだろうか。 俺が彼女に会いたい理由の最大のところはそれだったから。 けれど、それは余計な心配だったようだ。 灯りをつけてお茶を出したリーアに、カップを手にしたレイナさんが尋ねる。 「あら、これ新しいお茶?」 リーアは「レイナ様がお好きそうなお味でしたので、買ってみました」と嬉しそうに答えた。 俺はそんな2人に目を細めてから、彼女のさっきの質問に遅ればせながら答える。 「ポテトはここの厨房を借りて作ったんだ。じゃがいもと油と塩さえあれば作れるからね」 「言われてみればそうよねぇ。あ、それじゃあポテトチップだって説明すれば作ってもらえるかも?」 「うん、言ってみたらいいんじゃないかな」 Lサイズ分以上はありそうな量のポテトをもりもりと食べ続けた彼女は、最後の一本を口に放り込んでから笑った。 「あー美味しかったぁっ」 「口にあったならよかった。作ってきた甲斐があったよ」 「自己紹介が遅れちゃったね、私は坂上玲菜、こっち流に名前で呼び捨ててくれたらいいよ。圭斗君も圭斗って呼ばせてもらっていい?」 「うん」 「私に何を聞きにきたの?」 「いや、キリアダンに元聖女さんがいるって聞いたから、どんな人なのかなって会いたくなっただけで……」 「ふーん」 彼女は黒い瞳でこちらをじっと見る。 なんだか日本人の顔をした日本人に会うのは久しぶりな気がした。 「……もしかして心配してくれた?」 ああ、そうか。 俺の杞憂くらい、300年以上元聖女を続ける彼女にはお見通しって事か。 「……うん。余計なお世話だったなって。今は思う」 俺は正直に答えた。 「分かる分かる。そういう人時々来るよ。聖女に選ばれる人って基本みんな優しいからねぇ」 彼女はそう言って笑った。 「安心して、私はキリアダンの街が大事なんだ。自分の意思でここを守りたいと思って浄化してるし、みんな優しくしてくれてるよ」 「そっか。それならよかった」 しかしそこで彼女は、残り少ないお茶の入ったカップに視線を落とす。 「……まあ……でも、……帰りたくないわけじゃないんだけどね……」 え……?

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