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殺さないで
出立式を明日に控えたその夜。
俺達は皆で、教会の外壁に上がって星を見上げていた。
ここを発つ前に、皆で星が見たいと言ったのは俺だった。
暗い中だからと周囲の警戒を続けていたリンに、リンも一緒に見ようよと誘ってしまったのも俺だった。
小さな影が俺の懐に飛び込んできたのは、皆が頭上を見上げたその瞬間だった。
今まで壁と壁の隙間でずっと息を殺していたんだろうか。
その小さな手は冷たく冷え切っていた。
「……ゔあっ!」
ザグンという音が俺の腹を裂かれた音だったと気づいた時には、そこは燃えるほどに熱く鋭い痛みを訴えてきた。
「「「「ケイト様っ!」」」」
「兄ちゃんっ!」「ケイ様っ!」
痛みに息が詰まる。
俺は必死で叫んだ。
「リン! 殺さないで!」
リンが振り下ろしかけていた剣をギリギリで止める。
ロイスは俺の意を汲んで、彼女に縄をかける。
セリクはすぐに俺に駆け寄ってくれた。
けど、まずい、これは……集中、できな……。
胸に上がる赤いものを咳とともに吐き出す。
頭がぐらぐらして、指が震える。
術式が、痛みで霧散する。
「ぅあ……っ」
どうしても痛みを堪え切れない……っ。
「どうか僕にさせてください」
俺の状態に気づいたセリクが言う。
俺が視線で頷くと、セリクはただちに治癒を始めた。
それは俺が今まで行なっていたものとはまるで違う、初めて見る術式だった。
最初に展開された術式、淡く薄いそれが傷口を囲うだけで痛みが遠のく。
そうか、麻酔のようなものが組み込まれてるんだ……。
俺は痛みが引いて幾分か落ち着きを取り戻した頭でセリクの術を眺める。
黒い雷の時、俺の受けた傷は広範囲ではあったけど、その傷自体はどれも浅かった。
しかし今回はざっくりと内臓をやられている。
それだけでこんなに違うもんなんだな。
俺はどうしたって堪え切れないほどの痛みというものを、生まれて初めて味わった。
以前俺が胸を潰してしまったロイスの事を思い出す。俺や蒼を庇ってくれたロイスはあの時どれほど痛かったのだろうか。
それなのに、叫びや呻きをほとんど漏らす事なく、ただじっと俺の治癒に耐えていた。
……治癒にだって痛みが伴うのに。
そこの対策をしたセリクは本当にえらい。
俺も、もっと早く麻酔の必要性に気づくべきだったな。
早くも緩やかに塞がり始めた傷口に、俺は感嘆する。
セリクは一体いつの間に治癒魔法の勉強なんてしていたんだろうか。
俺は治癒をセリクに任せて、俺を刺した相手の方へと顔を向けた。
っておいおい……。
「蒼、手を離して」
俺を刺した小柄な少女リーアは、蒼に首を絞められていた。
「チッ、命拾いしたな」
蒼がとても聖女とは思えない捨て台詞でリーアから手を離す。
少女の体はそのまま石造りの冷たい床の上に崩れ落ちると、ゲホゴホと苦しげに咳をした。
何とか顔を上げた少女が俺を強く睨みつける。
「っ、レイナ様はずっと私達を守ってくださっていたのに! あなたはどうしてレイナ様を連れ去ろうとするんですか!」
こういう展開……つまり、玲菜を連れ出そうとする俺を直接的に狙ってくる事もあるかもとは思ってたけど、どちらかといえば、もっと大勢で囲まれたりするんじゃないかと思ってたんだよね。
けど、リーアは単身で俺に挑んできた。
俺にはそれがまず意外だった。
「キリアダンには、俺を殺そうって人は他にいなかったの?」
「……っ」
リーアは俺の言葉に顔色を変えた。
けれどリーアはそれっきり口を開かない。
リーアに代わって、ロイスが補足する。
「私もちょいちょいキリアダンの兵達に話を聞いてみたんですがね、どうやらキリアダンの人達は長年尽くしてくださったレイナ様にとても感謝してるようでしてね。彼女が帰りたいと望むなら、それを応援したいって意見の方が圧倒的でしたよ」
なるほど……。
俺が思うほど、俺を恨む人は多くはなかったわけか。
俺の隣でセリクが「終わりました」と治癒の終了を宣言する。
額に汗を浮かべつつも、セリクは俺の隣でじっと撫でられ待ちをしていた。
そんなセリクの頭を撫でて、俺は「ありがとうセリク、本当に助かったよ」と伝える。
ズキンと胸が痛んだのはその時だった。
「……ぁ……っ」
急激な息苦しさに、喉を掻いて蹲る。
皆が俺を呼ぶ声が重なる。
だけど息が吸えなくて、俺は返事が返せない。
「セリク!?」
「僕じゃないよ!」
「毒状態です!」
リンが鑑定魔法の結果を叫ぶ。
毒なら、と蒼が浄化をかける。が、俺の状態は変わらなかった。
「浄化対象が……もう無いって、なんでだよ!?」
「当然です。レイナ様にご加護をいただいた聖なる物だけで作った聖なる毒ですから。浄化は効きません」
どこか自慢げな声はリーアだ。
「はぁ!? なんだそりゃ、チートすぎんだろ!? テメェ今すぐ兄ちゃんを治さねーとマジで殺すからな!?」
「私は死んでも構いません!」
「っ、じゃあ、お前の大事なレイナ様とやらを代わりに殺してやるよ!」
俺の上でさっきから何度も術構成を試行し続けていたセリクが叫んだ。
「これで! 状態異常を他者に移す事ができます!」
「私が!」と叫んだ声はリンだった。
え……。
待って、嫌だそんな、リンがこんな苦しい思いするなんて……っ。
次の瞬間、俺の胸のつかえはスルッと消えた。
ドッと空気が入り込む胸に、俺は必死で息をする。
その間に、俺の隣にリンが膝を付いた。
「リン!」
リンは苦しげにじっと眉を寄せている。
「ケイ様、毒症状は呼吸困難だけですか?」
セリクに問われて俺はさっきまでの症状を振り返りつつ答える。
「えっ……と、多分!」
「ではディアリンド様の顔色が悪くなったら次はロイス様、引き受けていただけますか」
「分かった。毒はひとまず俺らで回す」
ロイスの返事に、エミーが駆け出す。
「人を呼んで参ります!」
「キールとアレスもアオイ様に付きつつ交代でこっちに1人待機しとけ」ロイスに呼ばれて、今日蒼についていた騎士達が近くに寄る。
「んじゃあオレはこいつから解除法を引き出す。時間稼ぎ頼むぜ!」
蒼はニタリと笑うと、縛られたリーアの髪を掴んで揺さぶった。
「待って待って、女の子にそんな酷いことしちゃダメだよ」
「はぁ!? こいつは兄ちゃんの腹を刺したんだぞ!?」
う、それはそうなんだけど……。
背を丸めたリンが小さく肩を揺らす。それは声にならない声だった。
「……っ」
俺は、俺の代わりに息を止めてしまったリンが心配でたまらなくて思わずリンを見てしまう。
リンは俺の視線に気づいてか、苦悶の表情を緩めて小さく微笑んだ。
……違う。
これは息が止まるだけじゃなくて、そう。さっきまで胸が軋んですごく苦しかった。息を止めてるだけとは違う。痛苦しさがあった。
それが一定であるかなんてわからないのに。
次のロイスで、今のリンで、死んでしまうかもしれないのに。
俺の痛みを……、どうして皆は当たり前みたいにもらっちゃうんだよ……。
「リン……」
「移します!」
セリクが宣言した次の瞬間、リンは戻った呼吸に息を大きく荒げた。
代わりに息を詰めたのはロイスだ。
「ロイスっ」
涙目で見たロイスは、口端を持ち上げて片目を瞑って見せてくれた。
俺を安心させようとして……。
そうだ。俺も嘆いてる場合じゃない。
俺のできることをしないと……。
リーアを動かすには、玲菜だ。彼女をまず呼んでこないといけない。
ダダダッと駆け寄る足音にそちらを見れば、護衛騎士達だった。
エミーが呼んでくれたんだ。
その後ろから玲菜も姿を現す。
「リーア! 解毒剤を出しなさい!」
玲菜の厳しい声は、冷たい夜の空に凛と響いた。
キッと玲菜に見据えられて、石の床に頭を押し付けられていたリーアが怯えるように視線を上げる。
「って蒼、乱暴しないの!」
蒼は俺の言葉にひとつ舌打ちをしながら、リーアから手を離す。
「兄ちゃんにそんだけ血を流させたのはこいつなんだからな!?」
ビシッと指を突きつけられて、俺は思わず自分の腹部を見る。
けれど血の跡は蒼に浄化された際に消えていたので、服が一部破けていたくらいだ。
血まみれではなかった事実に、俺はホッとする。
ツカツカとリーアに近づいた玲菜はリーアから解毒剤らしきものを受け取って、こちらに戻ってくる。
「はぁ!? こいつそんなもん隠してたのかよっ!!」
瓶の蓋を開けながら、彼女は何か術を展開し始める。
セリクが警戒するように一歩下がって妨害用の術を開く。
「セリク、大丈夫だよ」
彼女が使ったのは、解毒剤を直接作用させる範囲魔法だった。
ロイスが大きく喘いで息を吸う。
俺の胸がふわっと軽くなって、俺にも何かしらがまだ残っていたのだと知った。
リンも青い瞳を見開いて胸を押さえたので、同様に感じたのだろう。
騎士達が仲間の無事に歓声をあげる。
「玲菜、ありがとう」
俺が笑顔で礼を伝えると、玲菜は苦しげに頭を下げた。
「あなた達を危ない目に遭わせてしまってごめんなさい。もっとリーアに注意しておくべきだったわ。リーアにはまだ心の準備ができていなかったのね……」
凛と立つ玲菜の姿は、ポテトをもりもり食べていた俺と同い年の女の子のそれではなかった。
彼女はここで300年以上の時を元聖女として生きて、たくさんの人々の人生を見てきたんだな……。
「私は来年までにここを発つ準備をしておくわ。また来年来てくれる?」
彼女のはっきりした言葉に、俺は微笑んで答える。
「うん。必ず迎えに行くよ」
「リーア、聞きなさい。彼らがもし来年私を迎えに来なければ、私はキリアダンに施した全ての加護を消して去るわよ?」
リーアはビクリと小さな肩を揺らした。
良かった。彼女はリーアを酷く罰するつもりではなさそうだ。
ホッとした俺に気づいたのか、玲菜は俺に近づくと小さな声で囁いた。
「甘くてごめんなさいね」
「ううん、こっちこそ、弟が乱暴しちゃってごめん。後で治してあげてね」
俺の言葉に彼女はじっと俺の服に開いた穴を見つめる。
その瞳は結論に辿り着いてしまったのか、信じられないようなものを見たように揺れた。
「……これは……、死ぬところだったんじゃないの?」
「気にしなくていいよ、生きてるから」
「……っ」
玲菜はそっと俺だけに聞こえる声で話してくれた。
愛した人との間に子どもはできなかった事、それでも孤児を引き取って2人で育てた事、その子達の子孫の1人がリーアだという事。
……玲菜は俺と同い年なのに、結婚して、愛した人を見送って、子どもや孫やひ孫達の成長を見届けて……、またそれを1人で見送ってきたんだ。
そう思うと、なんだかすごく不思議な気がした。
「そんな大事な事……話してくれてありがとう」
「……本当に、ごめんなさい」
「もういいよ」
「リーアにはしっかり反省させるわ」
「ほどほどにしてあげてね」
俺が玲菜と肩を寄せ合って話しているところへ、強引に蒼が割り込む。
「なんでそんなに近いんだよっ!!」
「ああ、ちょっと内緒話だったから」
俺が答えると、玲菜は首を傾げて蒼を見る。
「この子が弟くん? とっても可愛いわね」
俺はここぞとばかりに胸を張る。
「でしょ? 俺の知ってる聖女の中では一番可愛いと思うんだ」
玲菜がふきだした。
「……もうここさみーし、さっさと部屋戻ろーぜ」
蒼は眉を顰めてそっぽを向く。
いつもの蒼の照れた仕草に、俺は何だかホッとした。
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