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よく分からない2人

出立式の蒼も、本当に可愛くて可憐で最高に綺麗だった。 ひらひらした透ける布を腕に巻きつけた蒼は、まるで天女様みたいで、俺は揺れる布の軽やかさを残したくてついつい動画で撮ってしまった。 なるほど、来る春をイメージしてるからここの出立式の衣装はパステルカラーで軽やかなデザインなんだな。 俺はそろそろ各式典衣装における季節を通した共通のイメージにまで理解を深めつつあった。 「いやぁ、蒼は可愛いなぁ……」 俺が教会のサイドテラスからずっと遠くにいる蒼の横顔を眺めていると、隣でセリクが答えた。 「……まあ、そうですね」 その意外な言葉に、俺は思わず尋ねてしまう。 「セリクは蒼が好きなの?」 セリクは迷うことなく答えた。 「僕が一番好きなのはケイ様です!」 「え、ええ……? ありがとう……?」 俺は礼を告げつつも内心首を傾げる。 出立式を終えて蒼がいつもの旅衣装に着替えて戻ってくる。 すごく可愛かったよと伝えてから、ふと、さっきのセリクの言葉を思い出す。 「セリクも可愛いって言ってたよ」 「はぁ!?」 叫んだ蒼は眉間に皺を寄せて、嫌そうに呟く。 「……あいつ、自分がどんだけ可愛いか分かってねーだろ……」 ……それはどういうこと? セリクのこと可愛いって言ってる? 蒼が?? 俺は思わず蒼にも同じことを聞いてみる。 「蒼はセリクが好きなの?」 蒼は俺をチラッと見てから答えた。 「オレに兄ちゃんより大事な奴なんていねーよ」 「えええ? ありがとう……?」 ……えーーーと? 俺は首を傾げながら自分の馬車へと向かう。 俺の後ろではリンが同じようにまるで分からないような顔をして、エミーが肩を震わせて笑いを堪えていた。 「圭斗、道中気をつけてね」 声に振り返れば、玲菜が大教会の外まで見送りに来てくれていた。 「わあ、見送りにきてくれたの? 嬉しいよ、ありがとう」 「そりゃ来るでしょ、再会の約束だってしてるんだし」 玲菜が「はいコレお土産」と俺に持たせてくれた紙袋には、カリカリに揚げた固揚げのポテトチップが入っていた。 「あー、これ絶対美味しいやつだよ。ありがとうね」 「弟くんにも渡しといたからね」 「蒼もこれ好きだから喜んだだろうな」 「次までにリーアをしっかり躾けとけって言われちゃっけどね」 「ひええ、弟が失礼な事ばっかり言ってごめんね」 「ううん、その通りだから。分かったって答えといたよ」 玲菜の苦笑には、どこか貫禄のようなものすら感じられた。 「じゃあまた来年、待ってるからね」 差し出された手を、俺はしっかり握り返す。 「うん、必ず来るよ」 「おい、いつまで喋ってんだ。もう行くぞ!」 向こうの馬車から若干苛立った様子で叫んでいるのは蒼だ。 俺はリンの差し出してくれた手を取って、ルクレインの馬車の、俺の席に腰掛ける。 そこでようやく、さっきのセリクと蒼の答えがとても似ていた事に気づいた。 よく考えたら、2人とも相手のことを好きとも嫌いとも言ってないんだ。 2人とも、1番好きなのは俺だって言ってくれてたけど……、じゃあ2番目に好きなのは……? お互いだってことも、あり得るんだろうか。 俺は、何だか不思議な2人の関係をやっぱり不思議に思いながら、それでも、どうか2人が幸せでありますように、と心から願った。 *** ディアリンドは、揺れる馬車の車内から窓の外を眺めているケイトの横顔をじっと見ていた。 300年以上をキリアダンで過ごされている元聖女のレイナ様はケイト様と同い年だとおっしゃった。 実際、外見は確かにそのように見えた。 なのに、あの方はもう300年以上あそこにいらっしゃると……。 そのあまりにも残酷な事実に、ディアリンドは痛感する。 私とこの方とは、本当に、生きている時間が違うのだと……。 私がどれだけ彼を支えたいと願っても、彼の一生にとって、私がお側にいられる時間はほんの1か月にも満たない。 彼にとって私は、一夏の蝉ほどの存在でしかないのだ。 そんな私が何をしたところで、何を言ったところで、彼の心に残ることなど叶わないのかもしれない。 ……それでも、残してほしい。 ディアリンドは切に願う。 ほんの一欠片でいい。 この方に、覚えていてほしい。 私のことを、どうか忘れないでいてほしい。 「ケイト様……」 ディアリンドの胸から溢れてしまった想いが、音になって車内に落ちる。 しかしその想いはガラガラと車輪の回る音に隠されて、彼には届かない。 ――はずだったのに、彼は不意にディアリンドを振り返った。 「……リン?」 優しい声が、私を呼ぶ。 心配そうなその声色が、私には嬉しくてたまらない。 もっとこの方に私を見てほしい。 名を呼んでほしい。 そう思ってしまってから、こんなことではいけないと、私は慌てて首を振った。 「どうしたの? 何かあった……?」 問われて、私は言葉に詰まる。 私は、前回のケイト様の拐かしを防ぐ事もできなかったというのに、今回に至っては手の届くほどの距離にいたにもかかわらず、あんな小さな娘にケイト様への攻撃を許してしまった。 そして前回も今回も、ケイト様の窮地を救ったのはセリクやエミーだった。 私はこんなにもケイト様のお傍を許されているのに、こんなにもケイト様のお役に立てていない……。 こんな私が、願いだけは一人前に、図々しくもケイト様のお心に残りたいだなんて、とても口にできる事ではなかった。 「いえ……分不相応な事を願ってしまっただけなのです……。どうかご容赦ください」 私は、ケイト様に失礼にならないよう気をつけながら、そうっと目を伏せる。 彼の黒く艶やかな瞳に見つめられてしまえば、私はきっと全てを話してしまうだろう。 けれど、この醜い心の内を彼に知られてしまうのは、彼にそんな汚れたものを見せてしまうのは……酷く不敬な行いに思えた。 「俺はね……」 彼は静かに口を開いた。 「昨日のこと反省してたんだ。エミーにも気をつけようって言われてたのに、俺が皆で星が見たいなんて言って……、わざわざ隙を作ってしまった」 苦しげなその言葉に慌てて顔を上げる。 彼は私を大切そうに見つめて、悲しげに眉を下げた。 「リンが俺の事、ずっと守ってくれてたのに……。そうじゃなきゃ、リーアも最後まで手を出せなかったかもしれないのに。……馬鹿な俺が……、あの子の手を汚させてしまったんだ……」 俯いたケイト様の指が、昨夜短刀が刺さっていた腹部をそっとなぞった。 この方が、昨夜のことをまさかそのようにお考えだったとは……。 自らが受けた傷ですら人の痛みとして受け止めてしまうこの方のお心を、一体どうすれば傷つけずにお守りすることができるのだろうか。 愕然と彼を見つめ続けていた私に、彼は気遣うように小さく微笑んだ。 けれどその小さな笑みは、とても大きな痛みを堪えているように思えた。 「……俺の毒をリンが代わってくれて、俺……すごく苦しかったんだ。リンが俺のせいで死んでしまったらどうしようって。そればっかり考えてた」 「私は……ケイト様をお守りできるのなら本望です」 「それじゃ俺が困るんだよ」 え……? 「本当は、あの時もうセリクが身体を治してくれてたんだから、俺にももっとできることがあったはずなのに。……リンの事だと、俺は全然ダメなんだ……。リンが死ぬくらいなら、俺が死ぬ方がずっとずっといいって思ってしまうから……」 「そんな事おっしゃらないでくださいっ」 私は反射的に叫んでいた。 貴方の命以上に大切なものなんて、この世にはないというのに。 「でも俺は……、リンが俺を守って死んでしまったら、耐えられないよ……」 私を見つめるケイト様の瞳に涙が浮かんでいる。 私は座席から飛び出して、小さく震えるケイト様の御身を必死で包んだ。 この方を……この方を少しも悲しませたくないのに……。 どうして私はいつも、この方を泣かせてしまうのだろうか……。 「それは私も同じです。私もケイト様に庇っていただいて、同じ思いを致しました。だからどうか、貴方には傷つかないでいただきたいのです」 「だって、俺にはリンの方が大事なんだ……」 「私には、ケイト様のお命の方がずっと重要です」 「そんなことないよ、俺は普通に生きてきただけの男だし、ここまでずっと厳しい訓練を続けて沢山の人達を救ってきた騎士の、リンの命の方がずっと大事だって」 「いいえ、ケイト様のお心と聖なるお力はこれまでに大勢の人々を救ってまいりました。ケイト様のお命こそが尊重されて然るべきです」 「だとしても、俺はリンには……リンにだけは傷付いてほしくないんだ」 「ですが、私もケイト様だけはなんとしてもお守りしたいのです」 「リン……」 私の腕の中でケイト様が、どうしたらいいのか分からない様子で私を見上げている。その縋るような視線に、私は吸い寄せられる。 「ケイト様……」 ケイト様の潤んだ黒い瞳に、私が映っている。 今この方のお心を埋めているのは私だけなのだ、そう気づいた途端、心臓が跳ねた。 ケイト様と至近距離で見つめ合っているという事実にようやく気づいた私の顔が赤くなってくると、ケイト様もそれに気づいてか頬を赤く染め始める。 私の腕の中で小さく身じろぎし、恥じらうケイト様のご様子は大変お可愛らしく、私はこの腕を解かなければと思いながらも身動きできずにいた。 「……あ、あのね……」 「はい」 「リンに1つだけ、お願いしてもいい……?」 「喜んで」 「絶対、死なないで……?」 瞬く私を、ケイト様の黒い瞳が答えを求めて懸命に見つめている。 彼に求められて、私が返せる返事など1つしかなかった。 「はい、必ず」 私の腕の中で、彼が綻ぶように微笑む。 彼の目尻を濡らす涙をそうっと指の腹で拭うと、白い布の手袋に彼の涙が染み込む。 彼はくすぐったそうに目を細めてから、もう一度嬉しそうに笑った。 ……よかった。 彼の笑顔を取り戻せて……。 本当によかった……。 私が安堵していると、長いため息が聞こえた。 「あ、エミー……」 私の腕の中で、彼は今初めて気がついたという様子で彼女を振り返った。

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