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日頃の行い

夕刻、宿に入ったディアリンドはアオイに呼び出されていた。 「おい、ディアそこに座れ」 アオイは床に膝をついたディアリンドの脚をグッと靴で踏みつけた。 「お前が兄貴を泣かせたのか?」 地を這うようなドスの効いたその声は、とても目の前の細く可憐な美少女から聞こえたものとは思えなかった。 これは質問ではない。と、ディアリンドは気づく。 私がケイト様を泣かせてしまった事はアオイ様から見れば確実であり、その理由如何で私は二度とケイト様に近づかせてもらえない。そういう事態だと。 私は冷や汗を必死で堪えて、ケイト様が何にお心を痛めてしまったのかについて誠実に答えた。 「あー……。そりゃ……。そーなるか……」 アオイ様は苦々しい表情を浮かべながら、私の脚から靴を下ろされた。 どうやらお許しいただけたようだ。 「……それに関してはひとまずだけど、オレも考えたんだよな」 そう言ってアオイ様は部屋に詰めていた護衛騎士やララ達に「ちょっと聞いてくれ」と呼びかける。 「オレ次の儀式では帰んねーから。次の年まではここに残るよ」 「アオイ……」 小さくその名を口にしたのはセリクだ。 その声には喜びが滲んでいる。 「オレが聖女のまま残れば、新しい聖女は来ねーんだろ?」 アオイ様の言葉にララが「はい」と答える。 「そしたらお前ら巡礼前に少しは手が空くだろ」 アオイ様はそうおっしゃって、私を見た。 「ちゃんと聖女の仕事はしてやっから、ディアはなるべく兄貴と一緒にいてやれよ」 アオイ様のお心に、私は感謝を込めて「はい!」と答えた。 「でもアオイはそれで、向こうの世界で困ったことにはならないのか?」 言ったのはロイスだった。 「せーぜー親に叱られるくらいだろ。大したことねーよ。真面目な兄ちゃんならあれだけど、オレなら一日くらい帰らなくたって捜索願を出されるほどじゃねーって」 そう言ってアオイ様はニヤリと笑った。 なるほど、こんな時のためにアオイ様は日頃から素行を悪くしているのか。とディアリンドは妙に納得した。 *** 夏の気配を僅かに感じる頃、聖地巡礼は無事終わりを迎えた。 帰還式典の蒼も、やっぱりとびきり可愛かった。 この帰還式典の時の衣装が一番美しくて神々しいよね。 やっぱり巡礼を経てより強く美しくなった聖女の成長を表現するようになってるのかなぁ。 可愛い要素を捨て去って、綺麗に全振りする、そんな衣装だ。 もちろん、俺の自慢の弟はそんな神聖な衣装だって見事に着こなしている。 あー……。 うちの弟は世界一可愛い。 しかし今年は動画撮りすぎてスマホのバッテリーの残りが半分になっちゃったな……。 来年まで持つかな。気をつけないと……。 まあそれでも来年は蒼は帰るだろうし、蒼の写真を撮りまくることがなければ大丈夫かな。なんて思った矢先、俺はそれを知らされた。 「オレ、来年まで聖女やるから」 式典衣装から普段の聖女服に着替えた蒼は、わざわざ馬車でルクレインの屋敷までやってきて俺にそう宣言した。 俺は出発前と同様に、儀式の日まではリンのところでご厄介になることになっていた。……なぜか今回は離れではなく本館の客間に通されているんだけど……。 リンは俺を屋敷の部屋に通すなり、調べたいことがあるとかで俺の側を離れていた。 8か月の間ずっと手の届く距離にいたリンが側にいないと、なんだかとても懐がスカスカするような、寒々しい感じがしてしまう。 初めはあんなイケメン到底直視できないなんて思っていたのに、人は何にでも慣れてしまうもんなんだなぁ……。 じゃなくて。 俺は改めて、目の前に仁王立ちして少し肩を怒らせた小柄な少女を見下ろした。 「えっ……。蒼、帰らないの!?」 「兄ちゃんだって帰んないんだろ?」 「俺はちゃんとアリバイ工作してきたから大丈夫だけど、蒼はいきなりこっち来たんだろ!? 次帰れば朝の7時だし、まだ誤魔化せるうちに帰った方がいいって」 「いーって」 「よくないよ」 「いーって」 「よくないって」 「いーって言ってんだろ!?」 「だから、よくないって言ってるんだ!!」 蒼の肩がびくりと揺れる。 あ、ちょっと声が大きかったかな……。 俺は室内を見回す。 室内にいたルクレイン邸の私兵達のうち3人が慌てて視線を逸らした。 「母さんが心配するよ。俺も父さんもいないのに、家に母さんだけじゃ危ないだろ?」 「そんなのオレだって分かってるよ!」 「それなら……」 「それでも、いいんだよ! 母さんが心配するったって1日がいいとこだろ!? こっちじゃその間にどんだけセリクが泣くと思ってんだよ!」 地面に向かって叫んだ蒼は、必死に両手を握り締めていた。 「…………セリク?」 俺の言葉に蒼はハッと両手で口を押さえる。 いやいや、蒼、それは今更だよ。 「……別に、あいつはカンケーねーけどさ……」 いやいやいや、なんで? なんでそんなに素直じゃないの? まあこの一年、リンを間近で見ていて、素直であることが必ずしも良い事だとは限らないなぁ……と思ったりもしたけど。 蒼はちょっと、捻くれ過ぎちゃってない? 「蒼はセリクが好きなの?」 俺の質問に、蒼は視線を上げないまま答えた。 「……うっせーな、兄ちゃんには関係ねーだろ……」 それって、嫌いだって言わない時点で、好きだって言ってるようなものなんだけどなぁ……。 「俺は2人のこと大事に思ってるから。そんな2人に大事な人ができるのはとても嬉しいし、応援したいと思ってるよ」 「……そんなんじゃねーよ……」 その言葉は、照れ隠しのようには聞こえなかった。 ……いや待って? そんなんじゃないならなんなの……? 「もし本当にそんなんじゃなくて、セフレ的な関係だとか言うんだったら、お兄ちゃんは応援できないよ!?」 俺の言葉に、蒼はハッと瞠目してから俺を見る。 「に……兄ちゃんには関係ねーだろっ!!」 蒼はそう言い捨てると逃げるように立ち去った。 えええ……。 どういうことなの……? まさかあの可愛い2人が、本当にそんな爛れた関係だったりするの……? うーん……と俺は頭を抱えてから、セリクのここまでの様子を振り返る。 セリクはなぁ……確かにそういうの好きなんだよね……。 まあそれが生育環境によるものなのか、生来の気質なのかは分からないところなんだけど。 蒼も態度はあんなだけど、なんだかんだ面倒見がいいというか、頼られると応えたくなっちゃうタイプだからなぁ。 うーん…………ありえなくはない、か……。 俺は、辿り着いてしまった結論にもう一度頭を抱えた。

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