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新しい聖女の来ない儀式の日 (4巻 一緒に行こう、ふたりで)

儀式の日、帰還しない聖女は夕方から日付が変わるまでは聖女の専用室に閉じ込められる事になっているらしい。 確かに、ギリギリになって帰られてしまうのが一番困るだろうしなぁ。 けれど蒼はそれより前から、正確には帰還式典の日の夜から眠りについていた。 「はぁ!? 聖球作りだぁ? オレは帰らねーって言ってんだろ。てめぇらオレを不眠不休で働かせる気かよ!?」 「まあ落ち着けよアオイ。こっちの奴らはまだ聖女の睡眠ペースとか分かってねーんだって、ケイト様がそこらへんも文書作ってくれてるみたいだから、お前が起きる頃には皆分かってるって」 「また兄ちゃんに仕事させんのかよ!?」 「ケイト様が進んでやってんだよ、わかるだろ。お前最近カリカリしてんの寝不足なんだろ? いいからさっさと寝ろって」 キレる蒼をロイスが宥めて、その場を収めたらしいと後から聞いた。 そんなわけで蒼が寝ている間に、俺は作れるだけの聖球を作っておいた。 蒼の前の爽真君も優秀だったから作り置きも十分あったし、蒼も在庫を減らすような事はしなかったので、倉庫には聖球が余っているみたいだったけど、まあ備えは多い方がいいよね。 儀式の日の今日、俺はエミーとリンの3人で早朝から神殿に向かい、今日来たという体で司祭様と挨拶を交わしていた。 司祭様は、俺が今までルクレイン家に匿われていたことはもちろんご存知だったけれど、周りの神官達や侍女達の手前、話を合わせてくださった。 ようやくこれで今日からは教会で過ごせる。 蒼にもすぐ会いに行けるし、セリクにも会える。 聖騎士達も護衛騎士達も見知ったメンバーだし、教会の侍女達もそこそこ顔見知りだ。 別にリンの家が居心地が悪かったってわけではないんだけど。 ……相当気は遣ったからね……。 今日から気楽に過ごせるっていうのはやっぱり嬉しい。 だって本館の客間に通された後は、執事長さんと一緒にリンのお父さんとお母さんが挨拶に来たからね!? 一緒に夕食をって誘われたら、居候としては断るわけにもいかないしね!? リンのお父さんは渋くてかっこいいし、お母さんもお美しいし、四男のリンのお兄さんがまた3人揃ってイケメンだからね? リンの弟くんもまた若い頃のリンによく似てかっこいいしさぁ……。 俺もリンでそれなりにイケメン耐性がついたと思ってたけど、こんなイケメン達に囲まれたら、どんなご馳走出されても、緊張で味がしないよ……。 俺は聖女の頃に覚えたテーブルマナーを必死に思い出して頑張った。 でもこれが1回きりじゃないんだよ。 週に2~3日は誘ってくださっちゃうし、ママさんなんてお茶にも誘ってくださっちゃうし……。 皆さん良い方で、俺のことも気に入ってくれたみたいで有難いし嬉しいのは確かなんだけど、本当に、気疲れした……。 俺は、エミーと一緒にこれまでいつも過ごしていた元聖女用の部屋に入れてもらって、久々にだらっとベッドの上に寝転がった。 「はー。落ち着く……」 俺の言葉にリンが「我が家ではゆっくりお過ごしいただけませんでしたか……?」と心配する。 俺はそれに苦笑を返して「良くしてもらって感謝してるよ」と答えた。 そんな時だった。 外がちょっと騒がしくなって、エミーが「表を見てきます」と部屋を出た。 「今日からは、自宅に戻らねばならないのが残念です……」 リンがしょんぼりと肩を落としている。 そうだよね。 リンの家にいた時はそれこそ夜もずっと一緒にいられたけど……。 って変な意味ではなく、同じ部屋で寝泊まりできたって意味で。 エミーも同じ部屋だったし、2人きりになることはほとんどなかったし。 ……いや、エミーは「私は家具だとでも思ってください」って言ってたけどね。 流石にそんなわけにはいかないよ……。 これからは教会自体が聖騎士達に警護されているので一般的な元聖女なら外出時以外、俺に護衛がつく事もなくなるはず……だったんだけど、騎士団長さんはなぜか今年も俺に専属の護衛騎士を1人つける事にしてくれたらしい。 これはあれかな、これまで2回も攫われた事や、殺害されかけた事とかが関係してるのかな……。 それともリンがどうしてもって無茶を言ったんだろうか。 騎士団長さんにはいつもご迷惑おかけしてすみません……。 また騎士団長さんのところにも、改めてご挨拶に行かないとな。 そんな風に考えていたら、エミーが戻ってきて言った。 「サキ様がいらっしゃいました」 「え、咲希ちゃんってあの咲希ちゃん?」 「はい」 部屋を出てみれば、ちょうど同じ廊下の端に咲希ちゃんが姿を現したところだった。 「あっ、ケイさんっ!」 俺に気づいた咲希ちゃんが手を振りながら駆けてくる。 あの頃水色のロングヘア聖女だった咲希ちゃんは、黒髪をポニーテールにした日本人らしい顔立ちの少女だった。 俺は久しぶりと声をかけそうになって、思い止まる。 咲希ちゃんにとってはほんの3日前か。 「やあ、元気? その姿も可愛いね」 俺は自分がこの姿で現れてしまったことにコンプレックスを抱えていたので、つい彼女の容姿を褒めてしまったけれど、咲希ちゃんはにっこり笑って答えた。 「えへへ、ケイさんならそう言ってくれると思ってました!」 うわぁ。咲希ちゃんは強いなぁ……。 「用事もできたし、ケイさんがこっちに3年行くって言ってたからと思って慌てて来たんですよー。会えてよかったぁ。あ、今度は親にも出かけるって言ってきたので心配ないですよっ」 「うんうん、そうか。こっちでゆっくりしてね」 用事ってなんだろう? と思いながらも俺はそう返す。 「ケイさんケイさん、聞いてくださいっ。私、金曜の夜に、SNSで『フロウリアの元聖女』ってコミュニティ作ってみたんですけど、そしたらめっちゃ人入ってきて、あ、ちょっと分かってない人もいそうなんですけど、200人くらいは本物の元聖女っぽいんですよ!」 咲希ちゃんはぎゅっと拳にした両手をぶんぶんと振って説明してくれる。 もしかして彼女はこの話がしたくて俺に会いに来たんだろうか。 「なるほど……。今もこっちの事が気になって『フロウリア』とか『聖女』で検索する人がたくさんいたんだね」 「みたいですねー。現に私も、戻って速攻検索しましたもんっ」 ……俺はそんなの、全然考えなかったなぁ。 でもあのままだったら、後から気になって検索してしまう事はあったかも知れない。 「でも全然情報なかったので、無いなら作っちゃおうってコミュ立ち上げちゃいました! そしたら大当たりですようっ」 「わぁ。咲希ちゃんはコミュ強だね」 こっちじゃ年に一人でも、あっちの世界ではえーと……一日で2人だとして年にざっと730人ほどの聖女が生まれてるわけか。 「それで、元聖女の家族みたいな人も入ってきて、帰ってこない娘さんを探してるって……」 そう言って彼女はコミュ内の掲示板らしき画面を見せる。 どうやら俺に見せるためにスクショを撮っといてくれたようだ。 読んでみると、そこには最近聞いたばかりの名字が書かれていた。 「坂上…………って、これ玲菜のお父さんか……!」 「ケイさんの知ってる人なんですか?」 「うん、もう300年以上こっちにいる元聖女だよ」 「さ、さんびゃくねん……」 咲希ちゃんがその年月に絶句する。 「向こうの時間じゃ5か月くらいだけど、それでも十分長いよね……」 玲菜は両親か友達に、フロウリアの話をしたことがあったんだろうな。 うん、きっとその頃玲菜はキリアダンにいたという彼に恋をしていたんだろうから……。 「……ご両親はずっと探してたんだろうね……」 俺は咲希ちゃんのスマホに表示されている玲菜の父親だという人の文章を繰り返し読む。 そこには、どんな小さな情報でもいいから娘に関する情報が知りたいという切実な願いが記されていた。 うん? 良くみたら返信が3つついている……? 咲希ちゃんがスイと画面をスワイプする。そこには返信の写真があった。 「ああ、キリアダンにいるって、元気にしてたって返事がついてるね。まだ入れる人で会いに行けそうな人は……って募ってくれてる人もいる。あ、それで咲希ちゃんが見てくるって返事してるのか」 ふと俺の胸に玲菜の言葉が蘇る。 『聖女に選ばれる人って基本みんな優しいからねぇ』 そうか。この画面の向こうに集まっている人達は、皆同じ経験をして、中には何かを失ったりして、向こうに戻ってもこちらの事を気にしている、心優しい元聖女達なんだ。 それをこうやって繋げようと思うなんて……。 「咲希ちゃんはすごいね……」 俺は改めて、目の前に立つ元聖女を見つめた。 咲希ちゃんは俺の視線にニコッと照れ笑いをしてから、あ。と隣を歩く神官に預けていた大きな鞄をごそごそと漁る。 「あとモバイルバッテリーも持ってきたんですよーっ。しかも2つ! ケイさん困ってたら貸してあげようって思って」 「わあ本当に? 助かるよ。ありがとうっ」 俺はお礼がわりに、自分のスマホの電池がうっかり少なくなってしまった原因である、可愛すぎる弟の聖女姿を見せる。 「きゃー。本当に可愛いーっ。これケイさんの実の弟さんなんですか?」 「うんうん」 「じゃあケイさんも聖女の時は相当可憐で可愛かったんでしょうねー」 「あはは……」 後ろでリンとエミーがさも当然みたいな顔で頷いているけど、気づかなかったことにしよう。 「なんで写真残ってないんですかー?」 「いや俺その時スマホ持ってきてなかったからさ……」 そんな会話をしていると、咲希ちゃんが俺の後ろに目を奪われた。 「え……まさか、キールくん……?」 俺が廊下の脇に避けて彼を促すと、キールは申し訳なさそうに俺に頭を下げてから咲希ちゃんの前へ進んだ。 「サキ様お久しぶりです。またお会いできて光栄です」 胸に手を当てて恭しく頭を下げたキールは、咲希ちゃんが聖女をしていた当時護衛騎士団最年少の16歳で彼女の馬車に一緒に乗っていた騎士だ。 「……キールくん今何歳……?」 「21です。今年で22になります」 あの頃はまだ可愛い系だった彼だが、6年も経てば随分背も伸びて咲希ちゃんよりも頭ひとつ分以上は高い。 サラサラの淡い緑髪をまっすぐ下ろして肩上で切り揃えているキールは、その髪型が良く似合う、護衛騎士の中でも細いタイプのいわゆる美形キャラへと成長を遂げていた。 「すごい……、かっこいい……」 キールを見上げた咲希ちゃんが、小さく呟いている。 咲希ちゃんは隣に立つ神官にさっと顔を寄せて尋ねる。 「神官様、私の護衛騎士ってどうなるんですか?」 「教会の中でお過ごしいただく場合、侍女を1人ご用意させていただきます。巡礼にご同行なさるようでしたら、護衛騎士を……」 「巡礼行きますっ。キールくんでお願いしますっ」 食い気味に返答をもらって、神官さんがぐっと苦笑を堪えた。 「かしこまりました。騎士団長と相談の上で、護衛担当が決まり次第ご報告に伺います」 「はいっ、期待してますっ」 俺は咲希ちゃんにキールがつくといいなと思う気持ちと、でもそれで咲希ちゃんとキールがすごく仲良くなったら咲希ちゃんが帰りづらくなるんじゃないかな……という気持ちの間で、何も言えずにいた。

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