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ディアリンドの決断
「お帰りディア、今少しいいかね?」
その日、ディアリンドは帰宅早々に、玄関から部屋に続く廊下で両親に呼び止められた。
その日はディアリンドの誕生日がある月に入った日で、ディアリンドは両親の言葉を予想しながら振り返った。
「はい、父上」
相変わらず仲睦まじい様子の両親は、2人並んでディアリンドに誕生日に欲しいものはないかと尋ねた。
もう私は今年で24にもなろうというのに、変わらず私を慈しんでくれる両親に、私は深く頭を下げた。
「……大変申し訳ありません。……私は、ここまで父上と母上に……ルクレインの皆に大切に育てていただいたにもかかわらず、その恩を返す事もなく、何も残せず、身勝手にもここを去ろうと思っております……」
両親がどんな顔をしたのかは見えなかったが、小さく息を呑む音だけは聞こえた。
「叶うならば、どうか、……戻らない私をお許しください」
シン、と静まり返った廊下に、外から木々を揺らす風の音だけが小さく聞こえた。
「……あの方について行こうと言うのかね?」
私に問う父の声は静かだった。
「はい」
「あの方は、お前がついてくる事を許したのかい?」
「……いいえ、まだケイト様にはお話ししていません」
父はひとつ息を吐くと、顔を上げなさいと私に言った。
顔を上げると、父は窓の外に視線を移した。
夜の闇に包まれて今は見えなかったが、父が視線を注いだのは教会の建つ方向だ。
「ディア、私はあんなに心の温かい方を初めて見たよ」
父の言葉に、母も続ける。
「私も、これまで数え切れないほどの人と視線を交わしてきましたが、あれほど清らかで優しい眼差しをした方は初めてでした」
父は母とほんの少し視線を交えると、私に視線を戻して言った。
「あの方は、お前が行く事を良しとしないのではないか?」
父の言葉は、まさにその通りだった。
「……はい。ケイト様はご自身のご家族のみならず、他人の家族も全て大切にしてくださる方ですから……」
私は、彼の意に反する事をしようとしている……。
分かってはいたものの、父の言葉は私にさらなる罪悪感を抱かせるのに十分だった。
「それでもお前は、ついて行こうと言うのかね?」
父の眼差しを正面から受け止めて、しっかりと見つめ返す。
たとえ両親や兄弟からなんと言われようと、どんな仕打ちを受けようと、私は必ず彼と共に行く。
その決意を込めて私は答えた。
「はい」
私の言葉に、父と母は見つめ合いほんのわずかに視線で会話をした。
それから父は「お前は本当に、昔から一度言い出したら聞かないからな」と苦笑を浮かべて、私を強く抱きしめた。
その瞳には、ほんの僅かに光る物が浮かんでいた気がする。
「父上……」
「いいかディア、ケイト様にあまり迷惑をかけるのではないよ」
「はい」
母は私の背を幼い頃のように優しく撫でて、囁く。
「可愛いリン、あなたはどこにいても私達の大事な子ですよ」
「母上……」
「ケイト様をあまり困らせてはいけませんよ」
「はい」
なにやら2人から同じ内容で釘を刺されたような気もするが、私はもう一度、両親へ深い謝罪と感謝を伝えた。
「本当に申し訳ありません……。お許しくださりありがとうございます。私は……父と母の元に産まれることができて、誰より……幸せだと……思っています……」
言葉と共に溢れたのは、感謝の涙だった。
***
俺は早朝から頭を抱えていた。
机の上には、ルクレイン家の紋章が封蝋に押された封書が乗っている。
これはリンの誕生日を祝う身内だけのささやかなパーティーへの招待状だった。
ささやかとは言え、俺の知っているささやかとは随分規模が違うが、この国の三大貴族ともなれば五人兄弟の四男の誕生日でもあのくらい祝って当然なのだろう。
既に御招きには参加の旨の返事を出してあるし、服もまだ一昨年にリンがわざわざ俺のために仕立ててプレゼントしてくれた服がある。
俺の身体はこちらではほとんど成長しないので、直す部分もない。
いや主役がなんで俺の服を仕立ててるんだという気もしなくはなかったが、俺にはそんな場にふさわしい服なんて1つもなかったので仕方がない。
リンに、俺にも来てほしいと、その為に私が服を用意するからと願われたら、俺に断ることなんて出来なかった。
リンが作ったオレの服は、銀色の艶々した一式で、所々にリンの髪や瞳と同じ青色が入っていた。
……ああ、この服も帰る時には持って帰ろう。
そうしてずっと大事にしよう。
リンがくれる全てのものを、小さな感情のひとつひとつまで、俺は生涯忘れたくないと思っていた。
「いつまでそうなさっているおつもりですか?」
エミーの声に、俺はエミーを見上げる。
「うう、何かいいアイデアないかなぁ……」
俺が頭を抱えている理由はひとつだった。
ディアリンドに贈るためのプレゼントが決まらない。
巡礼について行かなかった年、俺がリンに服を作ってもらった年には、食べ物をプレゼントした。
こちらにない料理をと思って、咲希ちゃんの時に開発していたファーストフード系のハンバーガーとポテトに、さらにナゲットとドリンクを独自開発して、その一式とレシピを添えて贈った。
俺のプレゼントしたレシピはリンの家で更なる進化を遂げており、俺がルクレイン邸でご厄介になっていた際に呼ばれたディナーでは、フォークとナイフで食べる新たな形態のハンバーガーが登場し、なるほどこういうやり方も綺麗で美味しいなと思ったりした。
けれど、今年はリンの誕生日を祝える最後の機会だ。
何か形に残るものを贈っても……許されるんじゃないだろうか。
そう思ってしまったが最後、選択肢が多過ぎて決められなくなってしまった。
「リンがずっとそばに置いておきたいって思ってくれた時に、ちゃんと彼の生涯を共に支えられるくらいに、特別頑丈なものがいいんだよな……」
リンは俺がいなくなっても毎年護衛騎士として巡礼に参加するだろうし、指輪とかバングルとかそんな物では壊れたり邪魔になったりすると思うんだよね。
「できれば少しでも、リンを守ってあげられるようなものがいいな……」
「でしたら、特別な聖球をお作りになってはいかがでしょうか」
エミーの言葉に俺は首を傾げる。
エミーは水晶のような割れやすい物ではなく、頑丈な鉱物に聖力をそそいではどうだろうかと提案してくれた。
なるほど確かに。
俺も以前鉄に聖力を注いだ時、これもありだなって思ったんだよな。
入れるのはすごく難しいけど、ゆっくり時間をかければ今からなら十分間に合いそうだ。
「一番頑丈な鉱物で、身につけるのにも適したものって何があるかな」
「そうですね……、頑丈ということでしたら一番はアダマンタイトですが、我々が手にすることは難しいでしょうし、次いで硬い鉱物はオリハルコンですがこちらも加工が困難ですので、やはりここはミスリルでしょうか」
うん、なんか、現実では聞かない名前ばっかりだったね……?
ミスリル……ってソシャゲで素材として集めてた気がするけど、何色だったかな……銀色?
「ミスリルなら俺でも手に入れられそう?」
「はい。ロイス様にお願いしておきますね」
エミーはにっこりと微笑む。
いやまって?
俺はいつからロイスを財布がわりにしてるの?
あ、でも今回はリンの誕生日のプレゼントだし、リンのお財布は頼れないのか。
俺は自分の生活力の無さを呪う。
他になにか手段はないのかと尋ねようとした時、ノックの音ともにリンが姿を現した。
「おはようございますケイト様」
俺は思わず机の上に乗せっぱなしだった招待状を慌てて引き出しにしまう。
「お、おはようリン……」
しかし、目ざとい彼はすぐにそれに気づいてしまったようだ。
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