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俺とキスしたいって事……?
「それは……。何かご出席の上で不都合がございましたか?」
青色の瞳が、不安そうに俺を見る。
「ああいや、そういう事じゃないんだけど……」
俺はリンの青い瞳を見据えたまま、記憶の空白を尋ねた。
「俺は去年、リンにどんなプレゼントをしたのかな?」
これも気になっていたことではある。
でもリン以外に尋ねてもおそらく真実には辿り着けない。
リンはやはり、青い瞳を大きく揺らして言葉に詰まった。
……そうか、やっぱり昨年、俺は参加してなかったんだな。
「ケイト様はお菓子をお作りになってプレゼントしてらっしゃいましたよ」
エミーがさらりと答える。
これはきっと蒼が、俺の質問に対する答えを準備していたのだろう。
俺が抱くであろう問いのそれぞれに、俺ならそうする可能性が高いだろうという答えを。
俺はそっと微笑みを作って答える。
「やっぱりそうか」
俺の言葉に、2人が小さくホッとする。
そんな風に2人がいつも俺を傷つけまいとしてくれるのが、嬉しくて、ちょっと苦しい。
俺は優しい2人に何か少しでも返したくて、さっきエミーと考えていた物とはまた別に、リンにもリクエストを聞いてみることにした。
「リンは誕生日のプレゼントに、俺から何か欲しい物がある?」
「ケイト様から……」
リンはまるで信じられない言葉を貰ったかのように、瞳を瞬かせて俺を見つめた。
いやいや、誕生日パーティーに誘われて、何も持って行かないはずないじゃないか。
そこはそんなに驚くところじゃないだろ?
「リンは何か俺にしてほしいことはない? 俺はリンが望むことならなんだって叶えたいよ」
微笑んで尋ねれば、リンは一瞬だけ瞳を伏せて、それからオレの前に跪くと決意の籠った眼差しで俺を見つめた。
「……それでは、ひとつだけ我儘を聞いていただいてもよろしいでしょうか」
「我儘……?」
なんだろう。リンに我儘だなんて、なんだかすごく似合わない言葉に聞こえる。
「はい。この先1つだけ、1度だけでかまいませんので。私がケイト様の意に沿わぬ行いをすることを、どうかお許しいただきたいのです」
しかも、今すぐってことじゃないんだ?
俺は内心首を傾げながらも頷く。
「そんな事でいいのなら……。何度でも構わないよ」
意に沿わないと言ったところでリンが俺や蒼を害するようなことないだろうし、許可を与えておくことでリンが緊急時に自由に動けるのだとしたら、それはその方がいいだろうなとすら思う。
そもそも彼はどんな時にもその都度許可を求め過ぎなのだから。
俺の言葉にリンは、心底ホッとした様子で深々と頭を下げた。
「ありがとう、ございます……」
「えっと……他にはないの?」
俺の言葉にリンの肩が小さく揺れる。
「……他にも、お許しいただけるのですか?」
リンの青い瞳が何かを俺に期待してくれている。
その気配に、俺の心臓が跳ねた。
「俺にできる事なら、何でも言って?」
「そ、それでは、その……。ケイト様がお嫌でなければ、わ、私に、唇を……お許しいただけると、嬉しいです……」
真っ赤になりながらも、その瞳は俺を……正確には俺の唇を見つめていた。
えっ。
……それって……、俺とキスしたいって事……??
慌てて顔を上げた時には、エミーはしっかり体全体で壁の方向を向いている。
うっ、対応が早すぎるよっ。
えーとえーと、今日は午前中に来客の予定もないよね?
いや、というかキスってこんな風に、させてください。はい。ってするもんだっけ?
なんかこう、いい雰囲気になって、自然にするようなもんじゃないんだっけ?
俺は戸惑いながらもリンに視線を戻す。
リンはじっと俺の返事を待っている。
その青い瞳を期待に染めて、ほんのり頬まで染めて。
「……っ」
なっ、何て答えたらいいの!?
いいよ? どうぞ? なんか違わない!?
ええええ!?
いつまでも返事が返せない俺に、彼はしょんぼりと俯いた。
「……申し訳……ありませんでした……」
「ちょっ、待って!? ダメじゃないから。ダメじゃないんだけど、何て答えたらいいか分からなくて……っ」
「よろしいのですか!?」
リンは勢いよく立ち上がって俺へと距離を詰める。
一気に息がかかるほど近くへ来てしまった美しい顔に、俺は息を止めたまま小さく頷いた。
リンが喜びをいっぱいに浮かべて俺へとまっすぐ……――。
まってリン!
これはまっすぐ行ったらダメなやつだから!!
俺は慌てて首を傾ける。
鼻の正面衝突は免れたけど、リンの勢いが強すぎて俺達の歯はガツンとぶつかった。
「っ」
「……いてて……」
リンは慌てて顔を離すと俺を覗き込む。
その顔色が蒼白に変わるのを見て、ああ唇から血でも出たか、と気づく。
「もっ、申し訳ありませ……」
「大丈夫だよこのくらい。リン、魔力をもらっていい?」
リンの右手を左手で握ると、リンは大慌てで魔力を送ってくる。
その魔力のブレっぷりがあまりにもリンの動揺を明らかに伝えていて、俺は苦笑を堪えながら自身の唇を治癒する。
口の中にも広がる血の味に、これは内側も切れてるな、と確信する。
自分の歯で切ったんだろう。
まったく、そんなに勢い良く突っ込んでくるなんて、リンはこれだけ良い顔をしていて、これまで誰ともキスをしたことがなかったんだろうか。
俺はリンの唇に視線を移す。
もうすぐ24歳にもなる男性だというのに、リンの唇はきめ細かく整ってツヤツヤしていた。
いつだって髪も肌も艶々だもんな。
貴族の皆さんはリップケアも当然のようにするんだろうか?
そんなリンの唇に少しだけ赤いものが付いているのは、きっと俺の血だろう。
「リンは怪我してない?」
「は、はいっ」
返事があまりにも早い。本当だろうか。
「見てもいい?」
「はい」
俺は自身の手に浄化をかけて、リンの唇を上下ともめくって確かめる。
よかった。
リンには怪我はなさそうだ。
ホッとして顔を上げると、リンは緊張を浮かべた表情で固まっていた。
俺の左手は保定のため、しっかりリンの頬を固定している。
俺は小さく苦笑して囁いた。
「今度は俺からしてもいい?」
「は、はい……」と答えたリンの声は今までで一番小さな声だった。
俺はリンの頬を両手で包んで、心を込めて、そっと唇を重ねる。
リンの唇はひんやりしていた。
……これってまさか、俺に怪我をさせてしまったことで血の気が引いて……って事じゃ……?
いやいや、まさか……。
……いや、リンなら十分あり得る気がする。
俺は自分の体温を移すように、じっと唇を重ねていた。
次第にリンの唇にも熱が戻ってくる。
と同時に、リンがちょっとプルプルしてきた。
うん待って……?
これさ、リン息止めてない……?
嫌な予感に顔を離すと、案の定リンが大きく息をした。
「息はしてよ!?」
俺は思わず叫んでいた。
「い、いえ、ですが、ケイト様に私の息がかかってしまっては失礼かと思いまして……」
「失礼じゃないから! そのまま止めてたら死んじゃうから!」
うん。これはちょっと……。
「……リンは、もう少しキスの練習をした方がいいよ」
俺の言葉にリンは不思議そうに瞬く。
「練習……ですか?」
「うん、俺で良ければいくらでも練習台になるからさ」
言って、俺は愛を込めてそっと唇を重ねて、離す。
「リンはこれからきっとさらにカッコよくなって、素敵なお嬢さんと結婚するでしょ? その時に備えて、俺で練習しておいたらいいよ」
リンは信じられない、みたいな顔をして俺を見た。
「い、いや確かにちょっと練習台にしてはゴツすぎるかも知れないけど……」
「違います! 私には……っ、私には……貴方だけなのです、ケイト様……」
ああ、ごめん……。
まだリンにはそんなつもりなかったよね。
でも俺は、リンにはちゃんと、この世界で幸せに暮らしてほしいんだ……。
儀式の日には言うから。
俺の事は忘れてって。
忘れられなかったら、セリクに禁呪をかけてもらってねって。
だから……。
「ごめんね……」
だからあと10か月……、あとほんの10時間だけだから……。
「俺を、リンだけの恋人でいさせてね……」
「もちろんです!」
リンは力強く答えて、俺を深く抱きしめてくれた。
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