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俺、踊れないよ……。

誕生日パーティーの会場に現れたリンは、いつもと違って髪を柔らかく上げていて、大人っぽさ5割り増しで、めちゃくちゃかっこよかった。 白をベースにした服は青髪青眼のリンによく似合っていたけど、フチのラインやボタンは青ではなくて黒だった。 それを見て俺はぼんやりと、青とか金の方が似合うんじゃないかなと思った。 その黒色が俺の目と髪の色から取られていたのだと気づいたのは、リンの作ってくれた服を着た俺が、彼の隣に並んだ時だ。 リンが「お揃いですね、嬉しいです」と嬉しそうに微笑むから、なんだろうと思って……。 それでようやく、俺の服に入った青色がリンの色であるように、彼の服に入った黒もそうなんだと気づいた。 「ぇ、あ……」 いや、嬉しいのはそりゃ嬉しいけどさ、それ以上に恥ずかしいよ!!! 「っ……」 俺が両手で顔を覆って羞恥に耐えているというのに、あろうことかリンは俺の手を絡め取って、俺の指先へ口付けると「私と踊っていただけませんか?」などとのたまう。 いや、踊れるわけないから!?!? どこの日本人男子がそんな誘いに「はい喜んで」って乗ると思う!? 100人に1人どころか1000人に1人でも難しいんじゃないかな!? 俺の年齢だと、社交ダンスよりブレイクダンスの方がまだ人口多いと思うよ!? 俺の動揺に気づかないまま、リンは俺の手を引いて皆の真ん中に出てしまう。 「ま、待って待って、俺ダンスなんて踊ったことないよ」 リンは俺を安心させるように優しく微笑んだ。 「皆存じております」 じゃあなんで誘ったの!? 確かに、会場には人数こそ多いものの、この場にいるのは教会で見かける騎士達やその関係者だ。 俺を含め聖女達にはダンスなんてできないと皆わかっているはずだ。 現に聖女にはダンスレッスンは無いし、公式の場でも社交ダンスを見ることはあれど誘われる事はなかった。 「俺、踊れないよ……」 「私がご説明します、が…………いけませんか?」 リンは俺が困った顔をしているのにようやく気づいたのか、しょんぼりと眉を下げる。 「こんなぶっつけ本番じゃ、うまくやれる自信ないよ」 「そう、ですか……。ファーストダンスを、ケイト様と踊りたかったのですが……」 うっ。素直に残念がってるリンが可哀想で可愛い。 リンがせっかく、こんなに俺と踊りたいって言ってくれてるのに。 踊れないくらいで躊躇ってる場合か? もう最初で最後のチャンスじゃないか。 即興劇だと思って、アドリブ勝負するしかないだろ! 「分かった。頑張ってみるよ」 「本当ですかっ、嬉しいです!」 破顔したリンは、俺の右手をぎゅっと握ると腕を伸ばす。一緒に俺の腕も伸びる。 「左手で私の肩を上から掴んでください」 言われるままに腕を回すと、オレの左腕の下を支えるようにしてリンが腕を伸ばして俺の肩から背をしっかり固定する。 すると、俺の体の左半分はピッタリとリンの体にくっついた。 あ、あー……。これ確かに見たことあるな。 でもその、見るとやるとじゃ、その、体の密着度が……。 リンは俺のすぐ目の前で囁くように言った。 「私がリード致しますので、ケイト様は御足が私の足にぶつからないように、同じように動かしてみてください」 いや、さらっと言うけどそこが難しいのでは……? 俺達の準備が整うのを見計らうようにして、ゆったりとした音楽が流れ始める。 もちろん生演奏だ。 楽団の皆さん、長らくお待たせしてすみません。 リンが俺の体を無理なく引いて優しくステップを踏む。 それに任せながら足をぎこちなく動かせば、次第に要領が掴めてくる。 お。意外となんとかなりそう……? 少し慣れて顔を上げれば、そこには幸せそうに微笑むリンの顔があった。 うぐっ。 至近距離でのキラキラ美形砲に思わずステップをしくじるが、そこはリンが華麗に避けてくれるので靴を踏むには至らない。 なんとか一曲踊り終えると、皆から温かい拍手をもらってしまった。 「ケイト様ーっ、なかなか良かったですよーっ」 と叫んでくれてるのはロイスだ。 セリクはキラキラした黄緑色の瞳で俺を見つめてくれているし、エミーに至っては今にも泣き出しそうな顔をしている。 まあ、頑張った甲斐はあったということだろうか。 リンのエスコートで壁際のソファにかけると、エミーがすぐに飲み物を差し出してくれた。 セリクがうっとりと俺を見つめて言う。 「ケイ様、とてもお綺麗でした……」 「あはは、ありがとう」 ……それって俺みたいな男子に言ってもいいやつ? それともリンのこと指してる? リンは俺の斜め後ろから離れようとしないけど、今日はリンが主役なんだからもっと皆の輪の中に行っておいでよ。 俺が言うと、リンは渋々といった様子で俺の側を離れた。 リンと入れ替わるようにして、さりげなく俺の側にきてくれたのはロイスだ。 ロイスには本当に頭が上がらない。 結局リンへのプレゼントも、聖力こそ俺が込めたけど、物自体はロイスの財力に頼ってしまった。 「ロイス、本当にありがとう。娘さん達もいるのに、頼っちゃってごめんね」 「アリアを授けてくださったケイト様に喜んでいただけるなら、このくらいお安い御用ですよ」 ロイスは明るく笑って言ってくれた。 俺は思わずロイス達家族が一生幸せに暮らせますようにと心から祈る。 ロイスには今8歳の娘の下に1歳の娘がいた。 護衛騎士は基本的に巡礼で家を空けがちだ。 こちらにいる期間は年に4か月、それも聖女様の出入りがある時期で忙しく、不寝番やら何やらで毎日家に帰るわけにもいかない。 そんなロイスだが、一昨年は俺について1年間こちらにいた事で待望の2人目を授かることができたと、俺にとても感謝してくれていた。 ちなみに、アリアちゃんの名付け親は俺だ。 ロイスにどうしてもと頼まれて、姉のミリアちゃんにちなんで揃いの名前を考えた。 考えまくった割にはベタな名前に落ち着いちゃったけど、奇をてらう必要もないわけだし、呼びやすくてずっと使える名前がいいかな……と。 幸い、ロイス達には喜んでもらえたようでホッとしている。 「で、そのプレゼントはいつ渡すおつもりなんですか?」 ロイスの視線がエミーの手にある小箱に止まる。 「あはは……、なんか、なかなかタイミングが掴めなくて……」 いや、帰るまでには渡そうと思ってるんだけどさ……。 そんな会話をしていると、俺の前に立派な服を着た背の高い美しいご夫婦が現れた。 リンのご両親だ。 見れば後ろにはリンのお兄さん達に弟くんまで揃っている。 え。皆さんお揃いで、一体どうしたんだろう……? 俺は慌てて席を立ち、挨拶をする。 お招きいただいた事の礼や、夏までお世話になったことへのお礼などを丁寧に伝えると、リンのご両親が温かく言葉を返してくださる。 リンのお父さんが「ディアは色々と極端でケイト様にご迷惑をおかけしてしまうかも知れませんが、どうぞよろしくお願いします」と俺に頭を下げる。 なるほど、今年の巡礼もリンが俺の専属護衛だから挨拶に来てくださったのか。 リンのお母さんも「本当に真面目な子なのですが……ちょっと度が過ぎているところがあって……、ケイト様を困らせてしまうことがないと良いのですが……」と心配そうに言う。 長男さん、次男さん、三男さんも「あいつはとにかく頑固者で、本当にすみません……」「こうと決めたらテコでも動かないので、ご迷惑をおかけします……」「なにしろ頭が固い奴なので、困った時にはビシッと言ってやってください」 うん、待って? ご家族からのリンの評価、総じてちょっと低くない? 最後に、今年14歳になる五男くんが「ディア兄様を、どうぞよろしくお願いします」とまっすぐ頭を下げる。 ああ、リンは本当にご家族に愛されてるんだなぁ。 だって、24歳のお誕生日にこうやって皆集まってくれて、皆リンを案じて俺に頭を下げにきてくれるなんて。 俺は心を込めて微笑む。 「ありがとうございます。ディアリンドさんはとても頼りになる優秀な騎士なので、側にいてもらえて大変心強いです。大切なお子さんを長らくお預かりしてしまい申し訳ありませんが、必ず無事にお返ししますね」 俺は、今年の巡礼でもリンに怪我をさせたりしないよう頑張ろうと思いながら伝える。 俺の言葉に、リンのご家族の皆さんはなぜか少しだけ曖昧に微笑んだ。

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