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幸せな時間

いやぁ、2回目の出立式の蒼も可愛くて綺麗だった。 やっぱり出立式のドレスは華やかで清らかなところが『ザ・聖女』って感じで聖女感マシマシになるところが良い。 2回目の式典で、ちょっとこなれた表情を見せる蒼に、集まった人々も目を奪われていたみたいだ。 エミーに聞いた話によると、蒼にはファンクラブのようなものまであるらしい。 蒼のように年を跨いで続ける聖女には固定ファンがつきやすいという話ではあるが、2年目であの規模は凄いとエミーが言っていたので、うちの弟の可愛さは万人に受け入れられる可愛さのようだ。兄として鼻が高い。 そんなことを考えている間に蒼は着替えを済ませたようで、セリクと一緒に出発地点へやってきた。 今年の巡礼の出発地には、馬車が3台並んでいる。 やっぱり3台の中ではルクレイン家の紋章が入った俺の馬車がひとつでかくて目立つんだけど、そこには目を瞑ってもらえると嬉しい。 自宅でしっかり寝て元気にやってきた咲希ちゃんや、教会で4時間弱寝た蒼と違って、俺はこれからキリアダンまでの間に馬車で寝る予定なので……。 意外な事に咲希ちゃんは、俺と一緒の馬車に乗りたいと言った。 俺が移動中にずっと寝る予定だと聞いて諦めてくれたけど、キールとは会話が弾まないんだろうか? キールは今年の巡礼では、咲希ちゃんの希望通りに咲希ちゃんの専属護衛任務にあたっている。 しかし最近咲希ちゃんの近くで良く見かけるのは去年蒼と一緒に馬車に乗った栗色の巻毛のヴィルドだったりするので、その辺がどうなっているのかは良く分からないなぁ……。 ヴィルドの方が咲希ちゃんとは年も近いので、話しやすいんだろうとは思う。 ちなみに咲希ちゃんの馬車にはキールと侍女の他にシルヴィンが乗る。 元聖女への魔力供給の仕事が早速できる事に、シルヴィンは喜んでいた。 俺は、元聖女として2度人攫いにあっているので、咲希ちゃんにその辺りの危険性は説明したんだけど、咲希ちゃんはオレが迎えに行こうとしている玲菜に会って直接話がしたいと言って結局ついてくることになった。 それと、また俺と冬祭りにも行きたいと言ってくれていたので、向こうに着いたらまたエスコートしてあげたいなと思っているところだ。 先頭の蒼の馬車に乗るのは、ララとセリクと今年の最年少護衛騎士のシオンだ。 シオンは今年16歳になる少年で、ここら辺では見かけない褐色肌に銀髪をしていた。 「ケイト様」 呼ばれて、俺は蒼と咲希ちゃんに手を振って、自分の馬車へと戻る。 俺の馬車は3台の中では一番後ろだ。 「お手をどうぞ」と差し出してくれるリンの手をぎゅっと握って、俺に微笑みを向けてくれるリンに小さく微笑み返して、俺は幸せな気持ちで馬車に乗り込む。 全員が乗って馬車の戸が閉められると、団長さんの声がかかって、隊列はぞろぞろと動き出した。 *** 馬車の中では、リンが俺の姿をまじまじと見つめていた。 「とてもよくお似合いです」 うう、もうその台詞は10回目だよ……。 俺の今回の旅服を、リンはなぜか自腹で新調した。 まあ確かに、エミーも前回やその前の時のようにルクレイン家の専用メイド服を着ているので、そのエミーを共とする俺があんまり箔のない服を着ているわけにはいかないんだけど、それにしたってちょっと……。 リンが作ってくれる服はことごとく青色で、その主張があからさますぎて、なんだか恥ずかしくて仕方がない。 そんなことを言うリンの方が、ずっとずっとカッコイイ服を着ているのに。 俺の専属護衛ということで前回の巡礼でもリンは騎士服ではないものを着ていたけれど、白ベースの服が多かった前回と違って、今日来ている服は黒ベースに青のラインの………………。 待って? そういうことなの? いやほら黒って制服カラーだし違和感感じてなかったんだけど、確かにこの世界だと黒い制服って見かけないんだよね? グレーとか紺とか、茶色系のしか見ない。 ってことはその服はまさか……。 「リ……リンの服って、もしかして、今回の巡礼のために作ったの……?」 恐る恐る尋ねた俺に、リンは気づいてもらえて嬉しいみたいな顔で破顔した。 「はいっ」 うあぁぁぁぁぁぁ……。 なんで誰もこの人を止めなかったんだよ!!! こんなの……、黒い服着た青髪青眼のリンと、青い服着た黒髪黒眼の俺が並んだら、誰が見たってペアコーデじゃないか!!! 「エミーは気づいてたの?」 「……はい」 「どうして止めてくれなかったの!?」 「申し訳ありません」 「あぁぁぁぁぁ……」 俺は両手で顔を覆って嘆く。 リンが、何か不味かっただろうかみたいな顔をして俺とエミーを見比べている。 その首元で小さく煌めいたのは、俺がリンの誕生日にあげたプレゼントのネックレスだ。 シンプルな丸い球形のミスリルが大中小と3つ連なるデザインにチェーンがついている。チェーンもミスリル製なのだとロイスは胸を張って言ってくれた。 俺は指の隙間からそれを見つめて言う。 「リン……それ、つけてくれてるんだね」 そのネックレスは、リンの誕生日パーティーの終わりに俺が贈って、その場でリンにつけてほしいとねだられた物だ。 『それとは?』という顔をするリンに、俺は顔を覆っていた手を外して視線を明らかにする。 するとリンもすぐに気づいて「一生外しません」と答えた。 いや……じゃあそれ、俺がつけたっきりずっとそこについてるの? お風呂の時とか寝る時は外した方が良くない? え、ミスリルならお風呂もへっちゃらなの? 俺の視線にエミーが肩をすくめる。 強度的にはダメではないが、普通は外すだろう。という顔だ。 うーん……まあ、ダメじゃないならいいのかな……。 リンは俺の聖力がたっぷり込められたミスリルの球を手に取って、指先でそっと撫でる。 その仕草に愛を感じて、俺の顔がカアッと熱くなった。 リンは俺の頬が染まったことに気づいたのか、そっと席を移って俺の隣に座り直す。 チラと横目で見た時には、気の付くエミーは既に反対側の窓を見ていた。 「ケイト様……」 俺の名前を囁くリンの声が熱を帯びていて、俺を見つめるリンの青い瞳には俺だけが映っていて……。 「リン……」 思わずその名を零した俺の唇を、リンが優しく唇で塞ぐ。 リンはあれから3週間ほどで、随分と自然にキスできるようになっていた。 2度、3度と口付けを交わす。 それでも足りないともう1度近づいてくるリンの瞳がどこか縋るようで、ああ、彼は寂しいのか。と気づいた。 俺は馬車に乗り込んでしまったから。 ここからキリアダンまで、俺は眠る予定だから。 最後の旅になるんだし、リンに会える残り時間を削ることなくこのまま起きていようかとも思ったんだけど、この旅は危険の伴う巡礼の旅だ。 カラオケやゲームで徹夜するのとは訳が違う。 元聖女は狙われやすい。 特に今回は3台も馬車を引いているんだから、1人2人元聖女が混ざっているだろうことは予想に難しくないだろう。 蒼には事前に伝えておいた。 俺と咲希ちゃんはこちらで死ぬと復活できないけど、蒼だけは無事に戻れるから。と。 だからきっと、いざという時は咲希ちゃんを優先的に守ってくれるだろう。 その時に俺が足手纏いにならないために、やはり寝不足の状態をそのままにしておくわけにはいかなかった。 ……でもきっと、俺が起きるのを待つリンとエミーは寂しいよね……。 俺は、名残惜しそうに繰り返し俺の唇を求めてくれるリンの後頭部に手を回す。 青い髪を愛しく引き寄せて、舌先をリンの唇に割り入れる。 歯並びの良いリンの前歯を優しく撫でても、リンはピンとこないようだ。 「リン、口を開けて?」 そっと囁くと彼はおずおずと口を開いた。 そこへ、そうっと舌を差し入れる。 きっとリンは心の準備ができてないだろうから、驚かせてしまわないように、そうっと。 戸惑いの気配に、俺は空いている方の手でリンの頬を優しく撫でる。 大丈夫だよ、心配しないで。 リンから少しだけ体の力が抜けたところで、俺はゆっくりリンの頭を引き寄せて深く唇を重ねる。 「……っ」 リンの口内に差し入れた舌で、そうっとリンの内側を撫でると、リンが小さく震えた。 「っ!」 リンから抵抗を感じて、俺は手と顔を離す。 ほんの少し頬を染めたリンは、俺を見つめて震える唇を開く。 「っ、ケイト様の、唾液を飲んでしまいました」 リンが、なんだか恐れ多い事をしてしまった……みたいな顔をしているので、俺は思わず「飲んでしまっても大丈夫です」と答えた。 視界の端でエミーが息を殺して肩を揺らしている。 それでも笑い声を漏らさないところが流石エミーだ。 こんなの、ロイスがいたら大爆笑間違いなしだよ。 俺は困った顔をしているリンの後頭部に、もう1度手を回す。 「リン……もう1回してもいい?」 「あ、あの、私はどうしたら……」 「リンは何もしなくても大丈夫だし、何かしたかったら、してもいいんだよ」 「何か……?」 「えーと、例えば俺の舌にリンの舌を重ねてくれたりしたら、俺は嬉しいよ」 「はいっ」 ダメだな。 うん、これはダメだ。 全く応用が効きそうにないぞ? 絶対これしかやらないやつでしょ? 「ほ、他には、リンが俺の口の中に舌を入れてくれてもいいし……」 結局俺は、俺が思いつく限りのキスでの愛撫を彼に説明し続けた。 「エミー、首痛くなっちゃうからもうこっち見てていいよ……」 エミーが俺の言葉に「ありがとうございます」と顔を戻す。 部屋ならともかく座席も決まってる馬車の中では、ずっと向こうを向き続けていたら大変だよ……。 「エミーも何か他にパターンあるかな?」 俺の言葉に「そうですね……」とエミーはほんの少し考えてからリンへアドバイスを始めてくれた。 どんな時でも頼りになるのはエミーだなぁ。と俺は痛感する。 いや、リンが頼りにならないわけじゃないんだけど。 えーと……。 俺の胸に、なんとはなしに、リンのご家族の事前謝罪の言葉が蘇った。 い、いや、リンはちゃんと覚えて練習すれば、できる子だから!! 「ではご実践なさってください」 エミーの言葉にリンが「はいっ」と気合十分に答える。 エミーはスッと目を閉じる。 俺は苦笑を噛み殺せないままに、それでも愛しくリンの頭を引き寄せた。 *** 途中で休憩地にも立ち寄りつつ、リンが深い口付けにも慣れてきた頃。 傾いてきた日差しの中で、窓から見える景色がふっと開けた。 広い湖に夕日がキラキラと反射している。 懐かしく感じるこの景色……。 「この景色を3人で見るのも、もう3度目だね……」 俺の言葉に「はい」「ええ、そうですね」と同意の声が続く。 よかった。今日も晴れていて。 よかった。もう1度、この景色が見られて……。 この景色をもう1度だけ3人で見たら、俺はキリアダンまで目を閉じるつもりでいた。 「あの時、リンが俺の事綺麗だって言ってくれて……。俺さ、本当に……すごく嬉しかったんだ……」 俺は恥ずかしさを堪えながらも伝える。 今伝えておかないと、もう一生伝えることができそうにないから。 リンはまっすぐに俺を見つめて、心を丁寧に込めて告げた。 「今も、私にとっては目の前にいらっしゃるケイト様が一番お綺麗です」 俺は一瞬だけ驚いて、それからようやく分かった。 リンが綺麗だと言ってくれるのは、俺の外見じゃないんだ。 俺の心を、リンはいつでも綺麗だと言ってくれる。 「ありがとう……」 リンが柔らかく微笑む。 「でも、それで言うならリンの方がいつでもまっすぐで、ずっと綺麗だよ」 「いいえ、ケイト様の方が常に他の者を慮るお心がお優しくてお美しくて、ずっとずっとお綺麗です」 しばらく2人で言い合っていると、エミーがうんざりした様子で口を開く。 「……お二方とも、何度目だと思ってらっしゃるんですか。いい加減になさってください」 俺達は2人で顔を見合わせて「はい」としょんぼり答える。 それから、3人で苦笑する。 ああ、幸せだなぁ……。 美しい秋の湖を見て、リンとどっちが綺麗か言い合って、エミーにまとめて叱られて……。 俺がもし、この国に生まれていたら……。 ……いや、それでは聖女になる事は叶わないし、2人に会うこともなかっただろうな……。 俺は、滲む夕日に目を擦って「じゃあ俺はそろそろ寝るね」と2人に背を向ける。 こんな幸せは……、こんな幸せな日々は、俺にはもう訪れない。 もうこれで、この旅で、最後なんだ……。 俺はこの後、キリアダンに着くまで一度も起こされる事はなかった。

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