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別に祭りとか興味ねーし

「昨日の蒼の冬祭りの衣装、本っっっ当に良かったよーーっ」 オレの写真をスマホで振り返りながら、兄貴がテンションを上げている。 そのスマホって、もうオレの写真で埋め尽くされてんじゃねぇの? そう思えば、たとえそれが現実には存在しない聖女姿の自分だとしても、まあ悪い気はしない。 「ほら、そろそろ外出るぞ、兄ちゃんはスマホしまっとけよ」 オレの言葉に兄貴は素直に「はーい」とスマホをカバンに戻す。 オレ達は今日、お忍びで冬祭りとやらに行くことになっている。 別に祭りとか興味ねーし、外寒ぃし、部屋に篭ってセリクでも撫でてる方がよっぽど良かったんだけどな。 兄貴が「明日は咲希ちゃんを冬祭りでエスコートしてくるよ」とか無害そうな顔でニコニコしながら言うからさ。 「はぁ!? そんならオレも行く」って脊髄反射で答えたのが昨日だ。 「式典見にきたお客さん、私の時よりずっと多くなかったですか?」 「あはは、俺の時よりも多かったよー。蒼は2年目でファンも多いんだって」 「ファンですか!?」 「聖女はこの世界だとまさに偶像だからね。アイドル的な役割もあるみたいだよ」 「ええー、私もファンがつくまでやればよかったなぁ」 「あはは、でも蒼は帰ったら母さんに絶対叱られるからさ」 「そっか、最初は急に呼ばれちゃいますもんね。そこで続けられる人って少なそう……」 問題は、兄貴と親しげに話すこの女だ。 兄貴にその気はなさそうだが、この女からは兄貴を狙う気配を明確に感じる。 幸いキリアダンまでは兄貴がずっと寝てたから進展のしようもなかったようだが、ここから先はどうしたもんか……。 大体、ディアは何してるんだ。 兄貴に近づく虫くらい、お前が何とかしろよ。 オレは半眼でディアを見る。 ディアはうっとりと兄貴の横顔に見惚れていた。 おいおい……。 こいつは本当にこんなんで兄貴が守れんのかよ。 兄貴は綺麗なアクセサリーが並んだ屋台に女を案内している。 つかなんで兄貴がそんな店の場所とか把握してんだよ。 わざわざ調べたってのか? その女のために……? 「……アオイ、怒ってるの?」 オレの隣からセリクがそっと尋ねる。 「こんなん機嫌良くできるかよ」 オレの言葉にセリクは「そうだよね」と苦笑を浮かべて同意する。 こんな時、こいつの察しの良さには救われるな。 「僕ちょっと行ってこようか?」 ……へぇ? お前が何とかしてくれんだ? セリクは黄緑色の瞳でオレをじっと見つめて、オレの答えを待っている。 オレは緩みそうな口端をそのまま持ち上げて「行ってこい」と答えた。 セリクは小走りで兄貴に近づいて服の袖を少しだけ引くと「ケイ様っ、僕あれ見たいですっ」と咲希の見ている屋台とは道を挟んだ反対側の屋台を指す。 セリクの指した屋台を見た兄貴は「へえ、魔道具の露店もあるんだ、面白そうだね」と答えて咲希に「咲希ちゃんまだそれ見てるよね、俺ちょっとセリクと向こうのお店見てくるね」と告げてセリクとそちらに向かった。 オレは咲希の顔を良く観察する。 咲希はそれほど悔しそうな顔をするでもなく、少しだけ残念そうな様子ではあるものの、まだアクセサリーが見たかったようで「はーい」と素直に返事を返していた。 こいつも別に悪い奴ではなさそうなんだよな。 近くにいても、強引に兄貴に触れたりしねーしな。 そもそもディアさえしっかりしてりゃ、オレが虫除けする必要もねーだろーに。 オレは苛立ちをディアに向ける事にして、その背後に立とう……とした途端、ディアが振り返る。 その手は既に剣の柄を握っていた。 ディアはそのまま周囲の人々を慎重に全員確認してから、オレに気づいて小さく頭を下げて、それからまた兄貴に視線を戻した。 ふぅん。 まあ、護衛の仕事だけはしっかりやってんだな。 後ろから店を覗けば、セリクは兄貴と魔道具を見られて本当に嬉しそうにしていた。 チリっと胸に刺さった棘は、何に対しての物なのか。 セリクは気になった魔道具があったようだが、手持ちがそれほど無いのか購入を迷っているようだった。 オレは、いつでもしっかり背後にいてくれるロイスをチラと見上げて言う。 「おいロイス、買ってやれ。いいな?」 ロイスは片眉をクイっと上げただけで黙って金を差し出した。 オレの前に。 「アオイが買ってやれよ」 小声で言われて、ああその方がいいな。と思う。 「……助かる」 オレの精一杯の感謝の言葉は小さな呟きにしかならなかったが、ロイスがギシッと動きを止めたのでちゃんと届いたのだろう。 「セリク、それが欲しいのか?」 オレが前に出れば、セリクはハッとオレを見上げる。 「見せてみろ」 セリクがおずおずと差し出したそれは指輪だった。 ああ、ここに魔法術式がひとつ入るのか。 ……お前、何に使うつもりなんだよ。 悪い事じゃねーだろーな……。 一瞬怪訝に思ったものの、セリクが僅かな期待を込めてオレを見つめる瞳には、後ろ暗そうな様子はない。 「サイズは合うのか?」 「う、うん……」 ふぅん。指輪か……。 こっちではどーだか知らねーけど、オレが付けてやるってのも悪くねーな。 「これをくれ」 店の奴に声をかけて、ロイスから貰った金を渡す。 釣りと商品はひとまずローブのポケットにしまった。 「蒼ってお金持ってたんだ?」 兄貴の言葉に「まーな」と適当に返す。 咲希の方はどうなったかと、店から数歩下がったオレにセリクがトトトと駆け寄った。 「アオイ、それって……」 「セリクがオレの指令をちゃんとこなしたご褒美だ」 オレの言葉にセリクがパアッと顔を輝かせる。 ああくそ、そんな無防備な顔をホイホイ見せるんじゃねーよ。 煌めく黄緑色に目を奪われているうちに、その表情が僅かに曇る。 セリクはちょっと心配そうに言った。 「でも、いいの? 結構高かったよ……?」 やっぱ高かったのか。悪いなロイス。 まあ購入を躊躇ってる時点でそうだろうとは思ったが。 「いーんだよ」 言って腕を高く伸ばせば、セリクが頭を下げる。 立っているとオレとセリクは身長差が随分あるが、コイツはオレが撫でようとすれば素直に頭を差し出すようになっていた。 冬の柔らかな陽射しですっかり暗い色合いになったセリクのふわふわした頭を、オレはぐしゃぐしゃと乱暴にかき混ぜる。 兄貴はまだ魔道具を眺めているが、兄貴に欲しいもんがあるようなら兄貴の後ろにピタッと貼り付いているディアが買うだろう。 咲希の方もまだアクセサリーの並ぶ露店の前から離れる様子はなさそうだ。 オレは、大人しくオレに撫でられ続けているセリクに視線を戻す。 手を離すと、セリクは名残惜しそうな顔を隠すように頭を振って、それから上げた。 くそっ……。 悔しい事に、オレの目にはもうセリクのそんなささやかな仕草までが、愛しく映る。 「ありがとう、アオイ」 言って微笑んだセリクを、オレはオレ以外の誰にも見せたくなかった。

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