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アオイは……僕のことが好きなの?

冬祭りに出掛けていた僕達は、途中で1回怪しい人達の襲撃も受けたけど、騎士の人達がすぐに取り押さえてくれて、全員無事に朝の待ち合わせ場所まで帰って来れた。 巡礼の出発前にも騎士の人達が、今年は馬車が3台もあるから元聖女狙いの襲撃も多いだろうって話してたけど、実際その通りで、教会を出てから僕達は実にこれで7回目の襲撃を受けたことになる。 ケイ様はここまでずっとお休みだったので、これが1回目だと思ってらっしゃるだろうか。 それぞれに別れの挨拶をして、アオイとケイ様とサキ様達がバラバラに帰られる。 教会ではケイ様とサキ様は同じ元聖女様用のフロアに泊まっていてお部屋も近かったんだけど、キリアダンの大教会では男女別に棟が分かれているので、ケイ様とサキ様はそれぞれ別の棟へと向かわれた。 アオイは前回と同じ、聖女専用の奥の棟だ。 既に日は傾きかけているけど、今日の夕飯はもう屋台で済ませてきたから、この後は寝るまで勉強の時間に充てられるかな、なんて思っていたらアオイに呼ばれた。 「セリク、ちょい付き合え」 なんだろう。 僕が駆け寄ると、アオイはララとシオンには先に戻るように言う。 それからアオイはロイスをチラリとみて、そのまま何も言わずに歩き出した。 アオイが立ち止まったのは、夕陽の眩しい内外壁の上だった。 僕が大きな太陽に目を細めていると、アオイが言った。 「左手出せ」 僕が手のひらを差し出すと、アオイは僕の手をくるっとひっくり返す。 手の甲……? そこまでで、僕にもアオイが何をしたいのかが分かった。 でも、それを僕なんかがもらっていいのか、それが分からない。 手を……引っ込めた方がいいんじゃないだろうか……。 「アオイ……」 僕の戸惑いに気づいたのか、アオイは「いーから」とだけ言って、ローブのポケットから指輪を取り出す。 どうしよう……、本当にいいのかな……。 僕がこんなものをもらっても……。 おろおろと辺りを見回すけど、ロイスは両手を頭の後ろで組んでのんびり夕焼けを眺めていて、こちらを見ていない。 アオイは、僕の見ている目の前で、僕の左手の薬指に指輪をはめてしまった。 「っ……」 それ……そこは……結婚指輪をつけるとこなんだよ……? アオイの世界にはこういう習慣ってないんだろうか。 アオイは気にしてないかもしれないのに、僕だけがどうしようもなく嬉しくて、恥ずかしくて、泣きそうになる。 アオイは僕の左手を握ったまま、僕の顔をじっと見上げた。 深い紫色の瞳が、僕を見てる……。 なんだか胸が苦しくて、僕は息を詰まらせる。 「セリク。お前、オレの事好きになれよ」 アオイが口にした言葉は、僕には衝撃的過ぎた。 「え……?」 「兄貴の事、好きなままでいーからさ、オレの事も好きになれよ」 僕は驚きに目を丸くしたまま答える。 「ぼ、僕……、アオイの事好きだよ……?」 「――……はぁ!?」 小さく叫んだアオイが「……マジかよ……」と口の中で呟いた。 アオイが本当に信じられないみたいな顔をしてるので、僕は段々おかしくなってきた。 なんでだよ。 まさか本当に、全然分かってなかったってこと……? 「そんなの、好きでもない人に撫でられたって、嬉しくないじゃないか」 自分で口にした言葉に、僕は少し遅れて自分で驚く。 昔はそうじゃなかったのに。 誰に撫でられたって、嬉しかった。 どこを撫でられたって構わなかった。 僕を優しく撫でてくれる人なら。 僕に優しくしてくれる人なら、誰でもよかった。 相手が誰かなんて、気にしたこともなかった。 だって、相手の名前だって分からないし、自分の名前だって無かったから。 ……なのに、今は違う。 今、僕は、……こんなにも違うんだ……。 驚きに固まる僕の前で、アオイがククッと笑う。 本当に、アオイって悪い顔して笑うよね。 こんな可愛い女の子の見た目でこれだけ悪い顔なんだから、元の男の姿になったら一体どれだけ悪い顔になるんだろう。 アオイは紫色の瞳をゆっくりと細める。 アオイが、僕だけを見てる。 ああ、嬉しそうな顔してるなぁ。 アオイは、僕がアオイの事を好きなのが、そんなに嬉しいんだろうか。 アオイはこんなに可愛い聖女様で、この国にはアオイの事を好きな人が、それこそ山ほどいるんだよ? それなのに、アオイは僕がいいの……? 僕は夕日に染まるアオイに、ここまでずっと聞けなかったそれを口にした。 「アオイは……僕のことが好きなの?」 アオイは口端だけを上げて、僕に手を伸ばす。 僕が頭を下げると、アオイは僕の耳元で小さく答えた。 「んなの、決まってんだろ」 カアッと顔が熱くなって、僕の頬が夕陽に負けないくらい赤く染まったのが自分でも分かる。 えええ……、そんなの……。 そんなの知らなかったよっ。 胸中でそう叫んでしまってから、アオイもさっきそう思ったんだ、と気づく。 僕達は、もしかして、互いに確かめていなかっただけで、もうずっと想い合っていたんだろうか……? 出会いからここまでを振り返ってみても、どこから好きだったのかなんて分からない。 それどころか、最初は確かに嫌いだったはずなのに。 でもいつからか、どこからか……、気づいた時には、アオイが大事だった。 アオイを失いたくなくて、そばにいたくて仕方なくなってしまった。 「アオイ……」 屈んだままの僕がアオイに顔を向けると、アオイは僕に優しく口付ける。 アオイはいつも口は悪いけど、僕に触れるアオイは、いつでも優しかった。 そっと顔を離したアオイに、僕は心を込めて伝える。 「僕、アオイの事大好きだよ」 アオイは、今まで見たことないくらい可憐に、花のように微笑んだ。 ああそうか。この小柄で可愛い少女は、アオイの心そのものの姿なんだ。 それに気づいてしまった僕は、思わずその細い体をぎゅっと抱きしめる。 「セリク……」 優しい声が僕の名前を呼んでくれる。 そこに込められているのは僕の事が好きだって気持ちだった。 あーあ……。 アオイが皆の注目の聖女様だっていうのは分かってるんだけどさ……。 それでも、アオイを僕の腕の中に閉じ込めて、このままずっと誰にも見せないでいられたらいいのにな……って、僕は頭の隅っこで願ってしまった。

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