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赤い痕

ケイト達が襲撃された場所からそう遠くない森の中に、現在は使われていない狩猟小屋があった。 蒼とセリクはそこに運び込まれていた。 「ぅ……」 僕が目を覚ました時、目の前にいたのはあの男だった。 男の手は僕の頭に翳されていて、ああ、僕だけが意図的に起こされたのか。と気づく。 僕の両手は胸の前で手を組まされた状態で縛られてる。 これは攻撃魔法を使わせない為の一番簡単な方法だ。 左足首には冷たく重い懐かしい感触。 小さく動かせばジャラリと鎖の音がしてそれ以上動かなくなる。 その先は錘か部屋の何処かに固定されているようだ。 僕は見覚えのない木造の家の床に転がされていた。 床には僕が寝かされている部分にだけ、それなりに分厚く毛足の長いマットが敷かれている。 この男の顔はまだ覚えていたけど、名前はやっぱり思い出せない。 きっとあの頃もほとんど聞いたことがなかったんだと思う。 「よお、久しぶりだな。お前あそこにいたガキだろ? ずいぶんでかくなったじゃねーか。はじめ気づかなかったぜ……?」 男はそう言うと、ニタリと笑って僕の顎を掴む。 僕はハッと気づいた。 この男は教会の牢に入れられていたはずだ。 どうしてこの男が……牢から出ているんだろう。 そこまでで、さっきの出来事が蘇る。 そうだ。アオイの馬車に乗っていた騎士のシオン……あいつが敵と通じていたんだ。 この男が牢から出ているのもあの騎士の手引きがあったんだろうか。 あの騎士は騎士の中では類を見ない褐色の肌をしていた。 そんなどこからきたのか分からないような相手を、自分より幼いからと騎士だからと無条件で信用していたのは間違いだったんだ。 僕はずっと、シオンと一緒にアオイと同じ馬車に乗っていたのに。 もっと早く気づいていれば、こんな事には……。 「元から魔力量の多い奴だと思っちゃいたが、ちょっと見ねぇ間に随分増えてんじゃねーか。俺に寄越せよ」 男は僕の耳元でそう囁くとそのまま僕の耳に舌を入れてくる。 「……っ」 「なあ良いだろ? お互い知らねぇ仲でもなし。ほら……、あの頃は散々可愛がってやったろ……?」 男はそう言って無遠慮に僕の後ろへと手を伸ばした。 「やめ……っ」 僕は思わず身を捩ってそれを避ける。 「うん……? なんだその態度……」 男の灰色の瞳がスウっと冷酷に細められる。 マズイ、怒らせた! 僕の背筋が恐怖に凍りつく。 「ぁ……待っ……」 次の瞬間、身体中にビリビリと引き裂かれるような激痛が走った。 「ゔぁあああぁぁあああああっっ!」 全身に力が入ってギュッと体が縮む。 男の手と僕の間に、雷の名残がバチチッと音を立てて宙に舞う。 「素直じゃない奴隷には、お仕置きが要るよな?」 「や、待って……ごめんなさ……っゔぁああああぁぁっっ!」 男は痛みに喘ぐ僕を見て満足そうに口端を持ち上げる。 「ぅぁ。は……っ、ぅ、待って、言うこと、聞くからっ、ぁっゔっぐ、やぁっやだっあぁああああっ」 そのまま、男は僕が動けなくなるまで繰り返し雷を落とした。 ……どうしよう、もう、身体が痺れて動かない……。 意識が朦朧として、……集中できないよ……。 アオイ……、アオイを、守らなきゃ、なのに……。 男は腰からダガーを抜き取ると、ぐったりと動かない僕の身体からズボンを下着ごと破り剥いだ。 「ああ、身体もこんだけでかくなったんだ、もう奥までぶち犯しても裂けやしねぇなぁ……?」 僕のお尻を撫でまわす男の荒い息が生温かく肌にかかって、なんだか気持ち悪い。 カチャカチャという音は、男のベルトの音だろうか。 僕はまだ首どころか指の一本も動かせない。 男は僕の右足を持ち上げると、僕の後ろに触れる。 身体中じんじんと痺れているのに、不思議とそこに触れられていることだけは分かった。 あ……。 ……嫌だ……。 あの頃は、誰に触られても嫌だと思ったりはしなかったのに。 優しくしてくれる人なら、誰でもよかったのに。 ……アオイが……。 アオイが、アオイだけにしろって言うから……。 僕も……。 ……僕も、アオイじゃないと嫌だよ……っ。 じわりと滲んだ涙が、静かに一筋伝って落ちる。 「……っ、ぁ……」 男が僕の後ろへ洗浄魔法をかけたのに気づいて、心が凍る。 ……どうしよう、このままじゃ入れられちゃう。 ……どうしたら……。 「……アオイ……っっ」 僕の口から、縋りつくようにアオイの名が零れた。 突然ガッと振ってきた強い衝撃に頭が揺れる。 「おいおい、ヤる時に相手以外の名前を出すのはマナー違反だろ?」 遅れてジンジンと頭と頬が痛んでくる。 ああ、僕殴られたんだ……。 殴られたのも、なんだか久しぶりだな。 ……そっか。 ケイ様に助けられてから、僕はこんなにも長く、こんなにも沢山の人に大事にされてたんだ……。 あそこには、僕を殴る人は1人だっていなかった。 「お前には……もっとキツーイお仕置きが必要だなぁ……?」 ひたりと男の物が僕の入り口に当てられた気配がして、僕は覚悟をした。 ……約束したから。 僕は、アオイ以外の人と、もうしないって……っ。 右手はもう諦める。 僕はアオイのくれた指輪のついた左手だけを残すことにして、左手から風の刃を生み出して僕の右手ごと男を切り裂こうと、ありったけの魔力を込めた魔法の術式を構成する。 *** 気がついたら、オレは重そうな木製の椅子に座らされていた。 どうやら、丁度その上から椅子ごとオレの手足を縛ろうとしていたところらしい。 だがそれはセリクの術で弾かれたんだろう。 オレがこんなに早く目覚めるとは思っていなかったらしい男達は「どうして」とか「治癒をかけなきゃ目覚めないはず」だとか口々に喚くので、オレはひとまず全員黙らせた。 床に倒れてグースカ眠る男達の中から一番弱そうな奴を選んで、両手両足を縛る。 口に猿ぐつわをさせてから睡眠魔法を解く。 驚きもがく男に真偽魔法をかけてからオレは問う。 ここに運び込まれたのはオレだけか、セリクもいるのか、セリクはどこか、他に仲間はいるのか。 男が首を振ろうが頷こうが、そこに真なる青と偽なる赤を組み合わせれば答えは明白だ。 オレは全部をバラしてくれた馬鹿な男に礼の代わりにもう一度睡眠魔法をかけて、セリクが囚われているはずの部屋に向かった。 狩猟小屋はほんの三部屋しかない作りで、その部屋がどこかはすぐにわかった。 何せ扉の下から、見慣れたセリクの綺麗な青緑色をした魔力が漏れ出てていたから。 あいつが何か無茶をしようとしていることはすぐわかった。 「やめろセリク!」 大声で叫んで、部屋の扉を蹴破る勢いでオレはその部屋へと飛び込む。 セリクは今にも犯されようとしているところだった。 「はぁ!? オレのセリクに何してんだテメェ!」 オレはそのままの勢いで走りながら術式を組んで男に叩きつけ、男を一瞬で寝かせる。 男はセリクの脚と身体を抱えてたせいで両手が塞がっていて、オレへの対応が間に合わなかったようだ。 男に離されたセリクの身体はそのまま床に崩れ落ちた。 ……セリクは身体が全く動かないのか? 一体何をされた……!! 「セリク、無事か!?」 セリクはオレの方に首を向けることすらできないようで、ただ細く涙をこぼして掠れた声で言った。 「アオイ……僕、ちゃんと……約束……守っ……」 「アホか! 自分に向かって攻撃魔法を使う奴があるか!」 霧散したあの術式を見れば、オレにも分かった。 オレがもうあと少しでも遅かったら、セリクは自分ごとあの男を切り裂く気だった。 ……オレとの約束を守る、そのためだけに。 「いいか、約束ってのはお前の命より優先するようなもんじゃねーんだよ!」 あと一歩で、オレの不用意な言葉がこいつの命を、未来を奪うところだった。 オレは今更震え出す手足に気づかないフリをして、眠った男の両手をグルグル巻きに縛って、身体もガッチリ簀巻きにする。 「この世にお前の命より大事なもんなんてねーんだよっ! 覚えとけボケが!!」 「……アオイ……」 「……なあ、セリク……指輪でもなんでももう1個買ってやるからさ、お前を守る魔法も入れてくれよ……」 セリクが指輪に入れていたのは、オレを守るための魔法だった。 オレの周囲に結界を張る。 大概のものならオレに触れると弾かれる。 それは、セリクがその指輪に魔力を込めている間発動し続ける。 あの広範囲魔法の時も、セリクは自分の意識が途切れる寸前までオレに結界を張り続けていた。 だからオレはセリクが倒れた後のほんの少しのダメージしか喰らってなかったんだろう。 その結果、オレは男たちの想定よりずっと早く覚醒した。 セリクはオレが寝ている間にセリクを犯そうとしたこの男に覚醒させられてから、またすぐ指輪に魔力を流し始めたんだろう。 おかげでオレは結界に阻まれて拘束を免れた。 でもその間セリクはずっと辛い思いをしてたんだろ……!? 「お前の気持ちは嬉しいよ……。けどさ、オレだけ守られて、お前ばっかり痛い目見るなんてのは、オレは許せねーんだよ!!」 オレは部屋からなるべく綺麗そうな布を引っ張り出すとバサバサはたいてから浄化する。 ちょっと考えてから、セリクも丸ごと浄化する。 「アオイ……?」 「消毒だよ。あの男に触られてたろ」 セリクは肌の色も白いのに体毛も淡い色してるからか、こういう薄暗い場所だと薄闇の中に肌が白く浮かび上がって見えて、目の毒だ。 オレは浄化した布で剥き出しになったままのセリクの下半身を覆った。 「ぁ……、ご、ごめん……」 「いーんだよ。……いや、良くねーけど。お前が無事ならいいんだ」 オレの言葉にセリクは黄緑色の瞳を緩める。 しかし、その白い頬には殴られた後がくっきり残り、血も滲んでいる。 よく見りゃ頭もぶつけたのか髪の一部も赤く染まっている。 そしてこの、セリクの身体中を何本も這い回る赤い筋はなんだろうか。 オレはセリクの両手の縄を男のダガーで切りながら、なるべく平静を装って尋ねる。 「お前なんで身体動かねーの? まだ魔力残ってんだろ?」 「電撃を……いっぱい……喰らっちゃった、から……」 「はぁ!?」 じゃあセリクの身体に残った赤い筋は全部……電気が走った火傷痕なのか……!? こんなに沢山……、っ、どれだけ痛かったか……。 強烈な怒りに、視界がじわりと赤くなる。 ……っこの野郎……、オレのセリクになんて事してくれてんだ……。 腹の底から、ふつふつと明確な殺意が湧き上がる。 「…………やっぱこいつ、殺しとくか……」 オレの手には、まだずしりと重い男のダガーがある。 これを寝こけている男の顔面に思い切り振り下ろせば、この聖女の腕力でもまあ殺せるんじゃねーか? オレは怒りに任せてダガーを振り上げた。

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