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ケイ様が泣いちゃうよ

「だ、ダメだよアオイっ、ケイ様が泣いちゃうよっ」 必死で叫んだせいか、セリクは息を詰まらせてケホケホと咳き込んだ。 「チッ」 オレは舌打ちしてダガーを床に捨てると苦しげなセリクの背をさする。 ……セリクの言う通りだ。 分かってるよ……。 オレが人を殺したと知ったら、兄ちゃんはきっと一生それに責任を感じ続けるだろう。 こんなに死に値するような腐った奴でも、きっと兄ちゃんはその死を悲しむんだ……。 「セリク、治癒できそうか?」 オレはセリクの傷のない方の頬を撫でて、こめかみに優しく口付ける。 それからセリクの両手をとって、セリクの胸へと向けて支える。 「ん、やってみる、ね」 セリクは数回に分けて治癒魔法を使って、なんとか体を動かせる程度に回復した。 オレじゃ切ってやれそうになかった足の鎖も、セリクは自分の魔法で外してみせた。 ……やっぱこいつってすげー奴だよな……。 まだ足元のおぼつかないセリクに肩を貸したはいいが、セリクの体はオレの小さな体じゃ支えきれなくて、2人でなんとかよたよたともつれるようにして小屋の外に出た。 外はもう薄暗くなり始めていて、小屋を包む森のざわめきに不安を煽られる。 ここに魔物とか野生動物とか出てきた日には、もうアウトだろ……。 電話も無いこの世界で、こっからどうやって兄ちゃん達に連絡とりゃいーんだよ……。 オレがごくりと唾を飲む間に、セリクは両手をあちこちの方向に翳して何やら複雑な術を使っている。 額に滲む汗を拭ったセリクが「ふぅ」と手を下ろして「ケイ様達はまだ近くにいるよきっと僕達を探してくれてるんだ」と言った。 ああ、兄貴のブレスレットの位置を探ってたのか。 「アオイ、聖球持ってる?」 オレはポケットから兄貴にもらった丸くてうっすら白く光る水晶玉を取り出す。 「念のため持っておいてね」と兄貴に言われたその玉は、いつでも優しい光を放っていた。 セリクはそれを受け取って地面に何度か置き直す。 ……何してんだ? 「ふふ、僕が最初にケイ様に教えてもらった魔法を見せるね」 セリクはほんの少し懐かしそうな顔をしてから、そう言って笑う。 セリクが両手を翳して簡単な術式を展開させると、水晶球はシュッと風を切る音だけを残して、勢いよく飛び上がった。 パァンと破裂音がして、高い空にキラキラと白い光が舞う。 それはまるで、花火のようだった。 「わぁ、綺麗……」 自分でやったくせに、セリクも驚いたような顔をしている。 ……こいつ、花火とかみたことねーのかな。 確かにあんだけ派手な式典でも、花火とかスモークとかそーゆーのは無かったな。 ああそうか、銃火器も爆弾とかもねーみてーだし、この世界にはまだ火薬ってもんがねーのか。 多分、魔法でそれに近いことをできるから、そっち方面が発達してねーんだな。 ……こいつに、空いっぱいの花火を見せてやったら、どんな顔をするだろう……。 花火大会とか……連れてってやりてーな……。 うまいもんもいっぱい食わせてさ、欲しいもんも買ってやってさ、きっと可愛い顔して言うんだ。ありがとうって。 オレは消えてゆく白い光の最後の一粒が見えなくなるまでじっと空を見上げているセリクの横顔を見つめていた。 ……ああ、やっぱもう顔色が悪いよな。 「セリク、迎えが来るまで座っとけよ」 今の光が兄貴達に届いたかどうかは、兄貴達のうち誰か1人だけでも、あの瞬間にこの方向の空を見ていたかどうかにかかってる。 花火のような豪快な音もしなかったから、本当に一瞬の閃光弾のような物だった。 もう聖球に予備はない。 けど、オレはこいつを不安にさせるような事は、一言だって口にしたくなかった。 「もうすぐ兄ちゃん達が来るからさ」 セリクは差し出したオレの手を握って座り込むと「うん」と答えて小さく微笑む。 オレの手にセリクの体重はほとんどかからなかった。 ……せめてもうちょっとだけでもオレの体が大きけりゃ、こいつを抱えてやれるのにな……。 オレが胸中で息を吐きつつセリクの隣に腰を下ろしたその時。 不意に、ゴト、と背後で物音がした。 オレとセリクは狩猟小屋を振り返る。 セリクの表情が恐怖に染まっていたのを、オレは視界の端に見てしまった。 小屋にいた奴らには1人残らず、たっぷり2日は起きないくらいの睡眠魔法をかけた。 それなのに、起き出した奴がいんのかよ……。 そんな事ができそうな奴がいるとしたら、1人だけ……。 セリクを犯ろうとしてた、あいつだけだ。 オレは座るセリクと小屋の間に立って両手を小屋に向ける。 兄ちゃんを二度も攫って、オレとセリクを攫ったあいつだけは、やっぱり息の根を止めておく方がいいんじゃねーか……? そうだ。兄ちゃんに知られなきゃいい。 男が姿を現すまで待ってるのは危険だ。 先手必勝で……。 オレは、自分の撃てる最大級の攻撃魔法の術式を手の前に構成し始める。 「っ、アオイ!? 大きすぎるよ!」 分かってる! 「……だ、ダメだよアオイ……っ」 いいんだよ!! セリクは立ち上がれない身体でなんとかオレに近づこうとしたのか、オレの後ろで健気に草の上を引き摺る音がした。 躊躇うな……。 オレが下手に躊躇えば、きっと、セリクがもっと辛い目に遭うだろ……。 どれだけ強固に意思を固めても、指先の震えは止まない。 「蒼!!!」 静かな森に響き渡った大きな声は、兄ちゃんの声だった。 あまりの声のデカさに、兄ちゃんが駆けてきてるらしい方向から一斉に鳥が飛び立っている。 「騎士団の皆と来たよ! もう大丈夫だからね!」 はっきりと聞き取りやすいその声は、ざわざわと周囲の木々を揺らして響いた。 ……いや、走りながらそんだけ大声で叫べるって、どんな肺活量だよ……。 と思ったが、少し遅れて馬の蹄の音が聞こえてくる。 馬に乗って来たのか。 いやだから、馬の足音より先に届く声ってどんだけだよ。 小屋の中の男の気配が大きく揺らぐ。 じっと目を凝らしていると、男の魔力らしいものはオレ達の居る入り口とは反対へと動き出した。 そうか、裏口があんのか! 「兄ちゃん! 反対から奴が逃げる!」 オレ達の顔を見て、兄貴を前に乗せて馬を走らせてきたディアは馬脚を弱めてしまった。 その後ろから「任せろ!」と応えてオレ達の横を駆け抜けてったのはロイスだった。 ディアは裏口から逃げるつもりだった敵が反転した場合に備えて、兄貴を下ろしてすぐに剣を抜き小屋とオレ達の間に立ちはだかる。 良く見ればディアは高そうな服のあちこちが裂けたり引き攣れたりしていた。 怪我自体は兄貴が治した後みたいだが、こいつも頑張ったって事か。 「お下がりください」 ディアの声に従って、オレ達は後ろに下がる。 セリクには兄貴が肩を貸していた。 「……セリク、あの時の魔法覚えててくれたんだね」 「はい。忘れません。ケイ様が最初に教えてくださった魔法ですから……」 よしよしと兄貴に頭を撫でられて、セリクはようやく安堵したような表情を見せる。 ああ、その顔は、オレがさせてやりたかったのにな……。 オレは小さな手で悔しさを握りしめる。 それでも、オレの心にもう棘は刺さらなかった。 セリクが安堵してくれたなら、それでいいなんて。 こんな殊勝な心がオレにもあったなんてな……。 小屋の向こう側で男の悲鳴らしきものが上がって、オレ達はようやくすべてが終わったのだと知った。

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