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ダメだこいつ

木々の緑が生い茂り、初夏の風を感じ始める頃。 オレ達はまた見慣れた教会へと戻ってきた。 しかしまあ、こんな建物を見慣れたと感じるなんてな……。 ったく、どうかしてるぜ。 帰還式典は教会内の会場に見物人が収まらなくて、オレは例外的に教会の外壁にまで顔を出して手を振らされたりしたが、気合の入ったヒラヒラの式典衣装に兄貴が大喜びだったので、まあいいかと思ったりした。 セリクもオレに見惚れてたしな……。 思い返しただけで緩みそうな口元を、オレは手で覆う。 何せ、今部屋にはセリクもいるからな。 式典は基本的に休息日に合わせて行われる。 帰還式典が終わった日の午後を、オレは聖女専用の部屋でソファーに寝転がって過ごしていた。 いや衣装ってやつはさ、ああ見えて結構重いんだよ。 軽やかなひらひらした布にも、実際は全部針金入ってっからな? スカートもボリューム出すのに何枚重ねんだよって感じだしな? オレの細い身体は今日の式典の間中その重量に必死で抗っていたが、最終的には敗北し、腰を痛めて部屋に引っ込んだとこだったりする。 ……恥ずかしいから兄貴には内緒だけどな。 知ったら絶対治すって言うだろうし。 いーんだよ別に、こんくらい休めば治るからさ。 オレはクッションを両腕に抱えたまま、窓の外に視線を投げる。 下から覗いた窓には、空だけが見えていた。 ……にしても、オレがあんだけ世話になった睡眠魔法が、あの男の魔法のパクリだったなんてな……。 後からセリクに話を聞いて、オレは正直うんざりした気分になった。 あの時は、真偽魔法にも随分助けられたな……。 オレにこの魔法を教えてくれたのは、司祭のじーさんだった。 オレはどうやら歴代聖女の中では聖力が少ない方らしい。 まー確かに自分が心優しく清らかかなんて問われれば「はぁ?」って思うもんな。 それに引き換え兄貴は聖力が過去イチあったとかで、兄弟という関係上どうしても期待がかけられるだろうオレに、教会の奴らのあたりが強いんじゃないかと心配してくれたようだ。 オレは別にそんなん気にしねーよって答えたんだが、司祭のじーさんは心の強いオレには精神魔法の素養があるんじゃないかと言って、聖力のコントロールより先にオレにこの魔法を教えてくれた。 いつも練習する中庭じゃなく、この部屋で、こっそりと。 実は自分もちょいちょい使ってるんだとかそっと教えてくれてさ。 オレの敵味方がハッキリすれば、オレが少しでもこっちで居心地良く過ごせるだろうと思ってくれたんだろう。 書物に残されてない口伝の魔法だとかで、そんな貴重なモンを会ったばっかのオレに教えていーのかよとも思ったが、そこは多分、司祭のじーちゃんの中に兄ちゃんがここまで積み上げてくれてた信頼があったんだろうな……。 「アオイ……? 何考えてるの……?」 「別に、なんでも……」 ねーよ、と答えようとしていたオレは、オレの顔をひょこっと上から覗き込んだ黄緑の瞳の美しさに思わず息を止めた。 んだよ、いきなり可愛い顔出してくんじゃねーよ、襲うぞ。 「………………オレが、お前の事考えてたって言ったら、どうする?」 「え…………っ…………っっ!?」 その段階的に照れんのやめろよ。 だんだん赤くなってオロオロすんの、可愛過ぎんだろ。 「どうすんだよ、答えろよ」 オレはセリクからその答えが聞きたくなって、催促する。 「ど、どうって……別に……どうもしないって言うか……」 「へぇ……?」 「……ぅ、嬉しい……」 セリクの言葉に、つられてオレの顔まで熱くなる。 オレは腕を伸ばしてセリクの白い頬を指先で軽くつまんだ。 「っバーカ、冗談だよ。お前のことなんて全然考えてねーし」 んだよ、相変わらずスベスベしてんな。 見た目よりもしっとりと柔らかい肌はオレの指に吸い付くようで、なんだか背筋をゾクリと熱くさせる。 「は? えっ!? なにそれ酷くない!?」 驚いた顔から顰めっ面に変わるとこまで、その表情の全部が可愛くて仕方がない。 あーくそ。 コイツのこんな顔が見れんのも、あとひと月弱なのかよ……。 オレはたまらなくなってその顎を引いた。 「アオイ……」 セリクはオレの誘いに気づいてそっと唇を重ねてくる。 オレはふわふわしたその髪を両腕に包むようにしてセリクの頭を抱きしめる。 ……あー……、コイツ離したくねーな……。 半眼で声をかけてきたのはロイスだ。 「おーい、お前らいつまでイチャイチャしてんだよ。ディアが来たからちょい話聞いてやれよ」 「はぁ? 別にイチャイチャなんかしてねーし」 「べっ、別にイチャイチャなんてしてませんっ」 オレ達の声が重なって、ロイスの後ろにピシッと直立していたディアがくっと笑いを堪えた。 ……おい……お前がオレ達を笑うなんていい度胸だな……? 言っとくが、普段からお前の方がよっっっぽど笑いどころ満載なんだからな? ディアはオレの視線に姿勢を正し直すと、青い頭をスッと下げた。 「お話中に大変申し訳ありません。アオイ様に……その、ご相談をさせていただきたく、参りました」 オレと、ねぇ。 どうやらセリクを避けようとしているらしいディアの言葉に、オレは何を相談されるのかをなんとなく察する。 「セリク、ちょっとロイスと向こうの部屋行ってな。すぐ済むから」 オレの言葉に2人が「はい」「へーい」と返事をして隣へ移動する。 ディアが相談してきたのは、予想通り兄ちゃんのことだった。 どうやら兄貴は「また来るね」といった発言を時折していて、ディアはそれに心を痛めているようだ。 まあそりゃそうだよな。 兄貴にはあん時の記憶がないんだから、心と身体が清らかな限り、こっちにまた来れると思っているはずだ。 とはいえ実は兄貴は犯されてました。なんて話、ディアができないのは当然だ。 オレだってそんな話兄貴にできるかよ。 つーか、オレからするとお前の相談自体が逆に不思議なんだが……? なんでお前らみたいな周知の相思相愛バカップルがさ、もう1年もの間、四六時中手の届くような距離で一緒にいて、なんで事に至ってねーんだよ。 「ディア……お前さ、兄貴じゃ勃たねーの?」 「いっ、いえっ、そんな事は……」 「じゃあなんでヤらねーんだよ。お前が抱く側でも抱かれる側でも、兄ちゃんなら絶対優しくしてくれるって」 オレの言葉に、ディアは顔を真っ赤にして俯いた。 「そっ……そのような事……っ」 「どのようなことだよ。それが一番自然じゃねーか。そうすりゃ兄貴は誰に何を言われなくても、もうこっちには来れねーんだって思うだろ?」 「ア……アオイ様のご許可なくケイト様に触れることは、あってはならないと思いまして……」 ディアの言葉にオレは引き攣った。 「あんなぁディア……そこはな……」 はぁぁと息を全部ため息にして吐いて、それからめいいっぱい吸い込んで、叫んだ。 「そこはオレに相談しなくていいとこなんだよ!!」 ディアは青い瞳を揺らして、驚いたようにオレを見る。 いやお前が驚くなよ。 こっちが驚いてんだよ。 「そこは、本人がいいって言えばいいに決まってんだろ!?」 「も、もちろんケイト様のご許可なく触れるようなことは決して致しません!」 「ああ知ってるよ! お前がどんだけクソ真面目なのかくらいは、もう十分分かってんだよ!」 ダメだこいつ。 まさかこんなとこで足踏みしてんだって分かってたら、もっとさっさと背中を押してやるんだったのに。 なんでこんなに何でも出来ますみたいなデキる男の顔とオーラを醸し出してるくせに、こんなに恋愛ポンコツなんだよ!! 「あーくそ! 正直嫌だけど!!」 ディアがオレの言葉に小さく肩を揺らして、それでもまっすぐオレを見つめる。 「……オレは……兄貴が幸せならいいんだよ……」 そうなんだよな。 結局オレは、兄貴が幸せならそれでいい。 兄貴に恋人ができたって、オレと兄貴は兄弟なんだから、縁が切れることなんてない。 まあ兄貴の相手が誰でもいいとまでは言えないが、ディア、お前はオレが「まあいいか」と思ってやれる数少ない男なんだよ。 もうちょいしっかりしてくれよな。 それに、今のオレには、兄貴に負けないくらい大事にしたい奴がいる。 オレにとって、オレ自身がその幸せを叶えるべき相手は、セリクだった。 オレはディアの青い瞳を力一杯睨み付けて言う。 「そのかわり、絶対優しくしろよ!」 ディアは決意のこもった眼差しで「当然です!」とはっきり答えた。 はー……。 そっか、兄ちゃんもとうとう人のもんになるんだな……。 なんてぼんやり思っていると、ディアはオレをどこか心配そうな顔で見つめて言う。 「失礼ですが……、アオイ様はセリクを愛してらっしゃるんですか?」 「……はぁ!?」 なんなんだよ薮から棒に……。 つーかお前はさっきオレたちがイチャイチャしてたとこ見てたんだろ!? そんくらい聞かなくても察しろよ!! いやダメだ、こいつこっち方面に関してだけは全っっ然察せない奴だからな。 オレは観念すると、胸中でため息をつきながら「……まーな」と同意してやった。 「……でしたら、ここからの話は彼にも同席してもらう方が良いかと思いまして……」 ディアはどこか深刻な様子でそう言った。 オレはディアの様子に首を傾げる。 「……なんの話だ?」

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