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いくつもの事実
俺は2階の渡り廊下から、中庭の涼しい日陰にテーブルを並べてお茶をする2人を微笑ましく眺めていた。
帰りの馬車で3か月間ずっと一緒だった咲希ちゃんと玲菜はずいぶんと仲良くなっていた。
何やら音楽の趣味が合うとかで、俺にもユニットだかバンドだかの名前をいっぱい挙げてくれた。
「えーっ、この曲知らないんですかぁ?」
と、咲希ちゃんは次々に色んな曲を歌ってくれて、歌が上手いなぁ。とは思ったが、残念ながら俺に理解できるものは無かった
その点蒼はいくらかわかるようで、音楽の話で3人はちょこっと距離を詰めたように見えた。
これだけ話が弾んでいるなら、もしもあの2人だけで時空の間に閉じ込められてしまったとしても、きっと大丈夫だろう。
あの調子で2人楽しく話をしているうちに一年が過ぎて、どちらかには出られると思う。
こればっかりは誰がやっても結果がどうなるか分からないので、俺は向こうでしっかりスマホを見て、咲希ちゃんからの連絡を待つしかないよな……。
そんなことを考えていた俺の元へ、珍しく俺のそばを離れていたリンが戻ってくる。
「ケイト様、ただいま戻りました」
「おかえりリン、もう用事は終わったの?」
「はい。もう二度と、お側を離れることはありません」
いやいや、もっと自由に動いてくれていいよ?
教会内は俺の知る限り一番安全だし……、と思ってから、褐色の肌に銀色の髪をしたシオンの姿が胸をよぎる。
約5か月以上を共に過ごしたあの子は、俺達の情報を敵に流すのが役目だったようだ。
歳の割に無口な子だなと思ってはいた。
けれど大人しそうなその様子から、それは性格であるんだとばかり思ってしまっていた。
彼はきっと、ここに潜入してからずっと肩身の狭い思いで、いつバレるだろうかとビクビク過ごしていたんだろうに……。
気づいてやれなかった事に、俺は自責の念を感じていた。
病で床に伏せっている母親の薬代が必要で、それを工面する代わりにとあの黒装束の奴らにここへ送りこまれたのだと、後から蒼の調べで分かった。
蒼はあの一件の後、捕まえた黒装束への尋問を一手に引き受けて、蒼の掴んだ情報を元にあの犯罪組織は下部組織まで全部合わせて一網打尽となったらしい。
その途中で攫われていた元聖女も4人見つかったと聞いている。
その子達はまだ今現地で療養をしていて、体力がついたら教会に来る手筈になっているらしい。
……今まで長い時間を……どんな思いをして生きていたんだろうか。
それを尋ねることすら、許されないような思いをしていたんだろうな……。
もっと早く、見つけてあげられたらよかったのに……。
見つかった元聖女達の名前は咲希ちゃんがメモしていたので、帰り次第コミュニティで呼びかけてみるそうだ。
それに関しては、咲希ちゃんが直ぐに戻れなかった場合には俺が行うことになっている。
俺や蒼を攫った男は、どうしてそんなに聖女を憎んでいたんだろうか。
蒼はその答えを知っていたみたいだったけど「面白い話じゃねーから。兄ちゃんは知らなくていいよ」と言われてしまった。
はぁ……。
全く俺の周りには俺を大事にしてくれる人達ばっかりで……。
捕まっていた元聖女さん達のことを考えると、申し訳なくなってしまう。
「ケイト様……」
思い詰めたようなリンの声に、俺はリンを見上げる。
リンは深い青色の瞳を僅かに潤ませて「お願いがあります……」と言った。
***
俺はリンに手を引かれて部屋に戻った。
何やらリンは外では口にできないお願いがあるらしい、一体なんだろうか。
部屋に戻ると、エミーがお茶を入れてくれる。
俺は2階から2人のお茶会をしばらく眺めていたので、もうお茶の時間は大分過ぎているけど、俺も一息つこうかな。
エミーとリンも誘ってお茶にしようかと思ったが、リンは随分と思い詰めたような顔をしていた。
「どうしたの? 何でも遠慮なく話してね」
リンの心を解せるようにとなるべく柔らかく微笑めば、リンはどこか縋るような瞳で俺を見た。
リンは、元聖女がこちらの世界に来るには、心も身体も清らかでなければならない。という話をする。
うん、それは俺も知ってるよ……?
「ですので、ケイト様が私と……その、関係を持った場合、こちらにはもう、来られなくなってしまうのですが……」
……うん? それって……。
「どうか私に、ケイト様のお身体をお許しいただけないでしょうか……」
リンは真っ赤になりながら、青い瞳を揺らしながら、それでも必死で俺にそう伝えた。
ああそうか……。
俺には分かってしまった。
彼がなぜ儀式を控えたこの時期になって、こんなことを言い出したのか。
俺はもう気づいていた。
自分の身体が既に、清らかではないだろうことに。
ただそれを俺が気づいてしまうと、皆の笑顔を曇らせてしまうと思ったから、気づいていないふりをしていた。
でもそれだと、俺はまたこちらに来られると思っている事になるんだよね。
リンはなんて優しいんだろう。
俺の心を傷つけないために、彼は俺を抱こうとしてくれているんだ……。
どうしよう……。
この求めにただ頷いてしまうことは、彼を騙しているようで心苦しい……。
俺はリンの青い瞳をまっすぐ見つめて問いかける。
彼の心なら、この瞳を覗き込めばきっと分かると思うから……。
「リンは本当に、本心から、俺が欲しいと思ってる……?」
リンは俺の問いに恥ずかしそうに睫毛を揺らしてから、うっとりと微笑んだ。
「はい」
その答えに、ホッと肩の力が抜ける。
よかった……。
彼が本当に俺を求めてくれるなら、俺もそれに応えたい。
俺はこれを最後の思い出に、持って帰ろう。
この先の人生をずっと1人で過ごすとしても、いつでもリンを側に思い出せるように……。
「ありがとう、すごく嬉しいよ……」
俺は涙が滲まないように、そっと微笑んだ。
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