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ディアリンドが調べていたこと

ディアにセリクの同席を勧められて、オレは部屋にセリクを呼び戻す。 「ロイスも一緒でいいか?」 オレの言葉にディアは「はい」と答えた。 3人がテーブルに着くと、セリクが「僕お茶淹れようか?」と尋ねる。 「後でララにやらせるからいい。座っとけ」 答えて、オレは立ち上がりかけたセリクの手に指を絡めて引き戻す。 「うん……」と少し恥ずかしそうに席に戻るセリクが可愛い。 「セリク……」 思わずその名を呼ぶと、セリクも「アオイ……」とオレを見つめ返す。 背後からロイスのうんざりした気配がちょっと漏れ伝わる。 ディアはオレ達の甘い空気を物ともせずに切り出した。 「私は今月で護衛騎士を辞する事にしました」 「へぇ……?」 こいつ、この性格で騎士じゃなくなって、一体何する気なんだ? お前に騎士以外の仕事ができるのか……? 「ああそれな、俺も気になってたんだよ、お前何考えてんだ?」 後ろからロイスも口を出す。 「私は、ケイト様と共に行こうと思っています」 「……は……?」 思ってもみない言葉にオレはぽかんとディアを見る。 オレの知らないうちに、ディアは騎士団どころか国を……いや、この世界を丸ごと捨てる決意を固めていたらしい。 「へぇ……? お前来れんの? こっちに?」 「過去の文献を調べたところ、こちらの世界の者が過去に聖女様と共にゲートをくぐったという記述がいくつかありました」 ただしそれは共にゲートに入ったという事実のみで、それからその人がどうなったのかは、何ひとつ分からなかった。とディアが続ける。 そこからさらに、過去の文献をありったけ調べてディアが掴めた情報は、ただひとつ。 1000年近く前にフロウリアから犬をオレ達の世界に連れ帰った聖女がいるという話だった。 その後聖女は元聖女としてフロウリアでの18年後に1度こちらを訪れていて、犬は向こうで元気にしていると言ったという記述が残されていた。 それと、犬は向こうでは色が変わったとも。 「犬ねぇ……。結局、人はどうなるかわかってないんじゃん」 オレは腕を組んで息を吐く。 んだよ、ちょっと期待して損したっつの。 それに18年ってのも微妙だよな……30年とか50年後ならまだ期待できんのにさ。 いやまあ犬は元々そんな長生きしねーか。 「はい。もしかしたら向こうへは出られないのかも知れません……」 「まあそんな鮮やかな色した青髪青眼の人とかあっちじゃ見ねーしなぁ……」 「ですから、ケイト様には言わないつもりです。あの方の望まぬ結果となってしまった時が申し訳ないので……」 「……そんでも挑戦しようっての?」 「はい」 「兄貴のために? 兄貴のためならディアは死ぬのも怖くないって?」 「いえ、ケイト様のためになるかは分かりません。ご迷惑となる可能性も十分にあります。もちろん喜んでいただけるなら嬉しいですが……」 「んじゃあなんでこんな分の悪そうな賭けに出ようとしてんだよ。お前はこっちで不自由なく暮らせてんだろ」 「それは単純に、私がもう彼のいない世界に残されたくないだけです」 ディアのまっすぐな眼差しと迷いのないその言葉は、オレの胸に深く刺さった。 オレはまだセリクに会いにこちらへ来るつもりでいるが、ディアにとっちゃ来月の儀式は兄貴との今生の別れになんのか……。 「……なるほどな」 オレは兄貴の部屋がある方へチラと視線を向けてから、戻す。 「兄貴の、人を見る目は正しいな……」 セリクは兄貴と離れたくなくて、兄貴をこっちの世界に縛って閉じ込めた。 けどディアは、兄貴を縛ろうなんてカケラも思わない。 かといって、無理に諦めようともしていない。 ただまっすぐに、世界を超えて、自分の足で兄貴の隣を歩こうとするんだな……。 「分かった。オレはディアを止めねーよ。好きにしろ。ただこれだけは言っとくけどな、向こうの世界で生活してくのは多分相当厳しいぞ? こっちみたいに四六時中兄ちゃんの側にいるなんてことはまず無理だからな」 ……つかディアは何の仕事ならできるんだ……? 戸籍もねーだろ? 身分証明とかどうすんだよ……。 家は……ひとまずうちに泊めて、賃貸の物件探して……って、良くわかんねーけど、あれって連帯保証人とかいるんだよな? いやその前にやっぱ戸籍の問題か……? ディアは頭を悩ませるオレを気にする様子もなく、真面目な顔で「覚悟の上です」と答えた。 *** その晩、オレはベッドの上で微睡むセリクのふわふわの髪を指で弄びながら呟いた。 「今頃、兄貴とディアもしてんのかな」 「んー……流石にもう寝てるんじゃないかなぁ、もう遅いもん……」 答えるセリクは眠そうにとろりと黄緑色の瞳を瞬かせていた。 「ちょい長すぎたか。悪ぃなセリク」 言ってオレはセリクのこめかみに口付ける。 ゆるりと閉じた瞼にも、鼻の先にも、頬にも唇を落とす。 どこもかしこも愛しくて、たまらなくなるんだよな。 セリクはオレの口付けを受けて、幸せそうに微笑む。 くそ、嬉しそうな顔しやがって……。 だからついつい可愛がり過ぎてしまう。 まあコイツも欲しがりだからな。 もっともっととねだられれば、オレが断る理由なんてどこにもない。 いやまあ、明日こいつは仕事だし、朝が早い時はもうちょいセーブすべきなんだけどな。 「アオイが……来年もいてくれたらいいのに……」 セリクはそう言ってオレの腰に顔を擦り寄せる。 その言葉があまりに寂しげで、オレは口を開いた。 「……なぁセリク」 「なに? アオイ」 「オレが……、お前も来いって言ったら……お前、ついてくるか?」 ほんの少しの沈黙の後、セリクは声を震わせて言った。 「……僕も……行っていいの?」 あまりに素直な反応に、オレは苦笑をもらす。 んだよ、もうちょい躊躇えよな。 こっちはこれだけ言うのにどんだけ勇気振り絞ったと思ってんだよ。 「こことは全く違う世界だぞ。魔法もないし、住む場所にも飲み水にも全部金がかかる。面倒なルールも多いし、お前はここよりずっと辛い生活しかできないかも知れない」 そこまでで言葉を切って、オレはセリクの瞳を覗き込んで言う。 「……それでも来るか?」 セリクは嬉しそうに微笑んで答えた。 「うん。僕アオイがいてくれるなら、どこでもいいよ」 くっそ可愛いこと言いやがって。 オレは自分の頬が熱を持つのを感じながら、セリクの髪を撫でた。 「んじゃあ、あと1年だけ待ってな。ディアの様子見て、大丈夫そうならお前を迎えに来るから」 「……ダ、ダメだったら……? アオイはもう……来ないの…………?」 明らかな怯えを見せるセリクの頭をオレは小さな胸に抱きしめて慰める。 「ばーか、んなわけねーだろ。ダメでもまた1年後に来てやるよ。だから1年だけいい子にしてろよ?」 けれど、オレの言葉にセリクは涙を浮かべて首を振った。 「っ、やだ……。やだよ……。僕、途中で消えちゃっても、そっちですぐ死んじゃうのでもいいから……。だからお願い、アオイ……、置いてかないで……」 黄緑色の瞳に懇願されて、オレは目を見開いた。 正直意外だった。 頭の良いこいつなら、下手にリスクを冒すことなく、オレの言葉を素直に聞いて、無茶せず再来年を待ってくれると思っていた。 ……けどそうだよな。 オレが寝てるだけであんなに寂しがってたこいつが、オレも兄貴もいないのに、1年も待てるわけねーか……。 「アオイ……僕も連れてって……お願いだよ……」 オレに必死で縋り付いてくるセリクを、オレは突き放せなかった。 今にも溢れそうな涙を拭って、ぎゅっと抱きしめて、耳元で囁く。 「後悔したって知らねーからな……?」 オレの言葉が承諾だと理解して、セリクの身体が喜びに熱をもつ。 「アオイ……っ」 オレを抱きしめ返してくるアッシュブロンドを、オレは愛しく撫で返した。 セリクの髪は夏が近づくほどにまた淡い色になりつつある。 ……しゃーねーな。 オレはそんな楽観的じゃねーからさ、つい失敗した時の事を先に考えるんだよな。 セリクがもし、向こうに出られなかったら。 出られないだけなら、そんときゃオレもこっちにまた戻るよ。 でももし、そうじゃなくて。 オレの目の前で消えてしまったら。無惨にも息絶えてしまったら。 向こうに出て、ほんのひと月ほどで寿命をむかえてしまうとしたら……。 そんなの、考えただけでオレは死にたくなるよ。 けどさ、そん時には、ディアもそうなるって事だろ? あいつは本当に分かってないよな。 そうなった時に、一番辛い思いをするのは兄ちゃんなのにさ。 それなら、そん時兄ちゃんだけが後悔するよりも、オレも一緒に悔やむ方が、まだマシな気がすんだよな。 オレが隣で凹んでれば、きっと兄ちゃんはオレを励まそうって思うはずだから。 兄ちゃんが1人で思い余って自殺したりとか、防げそうだろ。 オレが死ぬほどまいってんのに、兄ちゃんがそんなオレを放っとくはずないからな。 セリクなら、兄貴の命を救うためなら消えたっていいって言うだろ? オレの腕の中で死ねるなら、1人取り残されるよりずっと幸せだって、思うだろ? ……いいよ、それで。 オレはお前を看取る時、お前がすげー幸せだって思えるくらい、お前の顔見てちゃんと笑ってやるからさ。 「ったく、しゃーねーな……」 セリクのふわふわの頭に顔を埋めたまま落としたオレの呟きに、セリクは「ありがとアオイ……、大好きだよ……」と答えた。 ……ああ、もしかしたらこいつも分かってんのかも知んねーな。 頭も勘も良い奴だからな……。 「セリク……」 オレはセリクの頭を離して、その顔を見る。 セリクはゆっくり顔を上げてオレを見つめた。 「アオイ……」 そのちょっと痛そうな顔は多分、オレと同じ気持ちを抱えてくれてんだろうな。 ごめんな、愛してるよ……。 そんな思いで唇を重ねれば、セリクからも同じ思いを返された気がした。

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