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夏空とゲート

その日は青く澄み切った空に夏雲がもくもくと積み上がった、夏の始まりにぴったりな日だった。 フロウリアの夏は日本ほどじめじめしていないのが救いだな。 そんな風に思いながら、俺は教会の裏手にある神殿へと続く石段をのぼってゆく。 俺の少し前には、咲希ちゃんと玲菜が仲良く肩寄せ合って楽しそうに話しながら歩いている。 俺はこれまで何度も繰り返した祈りを、もう一度捧げる。 2人が無事向こうに出られますように。と。 俺の後ろ、左右にはリンとエミーがピッタリついて歩いている。 なんだかリンの荷物が凄い量なんだけど、それ全部俺へのお土産なのかな? そんなに沢山持てるかな。 ちなみに俺の荷物のボストンバッグはシルヴィンが持ってくれている。 儀式の日は毎年日付が決まってるので、今日は休息日でもないのにわざわざお休みを取って俺を見送りに来てくれたらしい。 腕が1本のシルヴィンに荷物持ちをさせるのはちょっと申し訳なかったんだけど、シルヴィンは何やら朝から俺の部屋の前で待ってたらしいし、是非ともって言われて、断りきれなかった。 振り返った俺の視線に気づいたのか、シルヴィンはにこりと静かで優しい笑みを返してくれた。 ありがとう、シルヴィン。 俺は心を込めて笑顔を返す。 シルヴィンの後ろから来ているのが本日帰還予定の聖女である蒼と、その後ろにセリクとロイスだ。 セリクも今日は見送りのためにお休みを取ってきたのかな? 蒼は持ってきた荷物こそ無かったけど、お土産はこっちで色々と買い込んだみたいで、ロイスもセリクもそこそこの量の荷物を抱えていた。 蒼、そんなに全部持って帰るのかな? 中身は何なんだろう。食べ物……にしては多いし、雑貨? 服とか? まあ俺のボストンバッグもリンが俺に作ってくれた服でパンパンだし、結局入り切らずに手提げにも2着入れてエミーが持ってくれてるので、人の事は言えないか……。 ……ああ、楽しかったな……。 フロウリアでは苦しい時や大変な時もあったけど、いつでもこうして皆が側で俺を助けてくれた。 初めてここに聖女として呼ばれてから、もうこっちでは9年間になるのか。 そのうちの5年はこっちで過ごしたんだから、俺はこっちで長くお世話になった方なんだろうな。 初めて会った時はまだ俺より年下で15歳だったリンも、もう24歳だ。再来月には25歳になっちゃうんだもんな……。 あーあ、イケメンのリンがイケオジになってくところも見たかったな。 でも蒼や咲希ちゃんはまだこっちに来れるんだし、頼めば写真くらい撮ってきてくれるよね。 そっか、動画を撮ってもらうこともできるのか。 俺はちょっとだけ持てた希望を大事に握り締める。 リンとの幸せな日々を思い返すと視界が滲んでしまいそうになって、俺はもう1度空を見上げた。 空はやっぱり、澄み切った夏空だった。 *** 「じゃあ私達帰りますね、向こうに着いたらLINEしますっ」 「圭斗も蒼も、色々ありがとう」 咲希ちゃんと玲菜の言葉に俺は応える。 「2人が無事に向こうに出られるよう祈ってるよ」 「まー頑張れ」 「お気をつけて」 「サキ様、レイナ様、ありがとうございました」 数々の言葉を背に、咲希ちゃんと玲菜がしっかり肩を組んで、ゲートの前に並ぶ。 「行きますよっ、せーの!」 2人は息ピッタリにゲートへと飛び込んだ。 あの2人ならきっと大丈夫だ。 なんとなく、そんな気がした。 俺は紫色の光を放つゲートの少し手前で振り返って、皆に別れの言葉を告げる。 「エミー、今まで本当にありがとう」 「とんでもございません」 「エミーがいなければ、俺はこんなにフロウリアで心地よく過ごせなかったよ。俺の生活を支えてくれたエミーには本当に感謝してもしても足りないほどだよ」 「もったいないお言葉です……」 「ロイスも、長生きしてね」 「ケイト様、まだ私はそんな歳じゃありませんよ?」 「娘さん達が元気に成長して、ロイスが素敵なおじいちゃんになる日が来ることを祈ってるよ」 「……ま、まだ私には、可愛い娘達を手放す心の準備はできておりせんが……」 ロイスが本当に複雑そうな顔で言うので、俺は思わず笑ってしまう。 「あはは、そうだよね」 ロイスはいつも俺たちの事をよく見ていて、時にはこうして和ませてくれて、俺は本当に感謝してるんだよ。 「シルヴィンも元気でね。困ったり悩んだりした時は、ロイスに相談したらいいよ」 「はい。ケイト様に救っていただいたこの命、尽きるその日まで人々のために尽くすと誓います」 シルヴィンは静かな声でそう答えた。 相変わらずだなぁ。 「ロイス、シルヴィンの事お願いね、あとエミーにも素敵な人が見つかるように、よければ助けてあげてね」 ロイスが片眉を上げた横で、エミーが半眼で口を開く。 「お言葉ですがケイト様、教会で働く女性は生涯未婚の者ばかりですよ? それはまあ、時には結婚して退職する者もおりますが……」 「あれ、結婚したらエミーって仕事って辞めないといけないの?」 「神に仕える仕事ですから」 「ああ、そうなんだ。それならエミーがどうしたいか次第だね」 俺の言葉にエミーはキッパリと答える。 「私はこの先もこの仕事を続けるつもりです。この仕事を選んだおかげで、私は素晴らしい聖女であるケイト様のお側に5年もお仕えできましたので……」 俺は、初めて俺についてくれていた間に20歳を迎え、今年28歳になったエミーを見つめる。 僅かに眉を寄せたエミーの眼差しは、できることならばもう少し俺の側に居たかったと伝えていた。 「エミー……」 「兄ちゃんが連れて帰ればいいんじゃねーの?」 通りすがった蒼の言葉に、俺は注意する。 「そんな人攫いみたいなこと言わないの!」 俺の言葉に、小さく肩を揺らしたのはリンだった。 俺はまだ、リンに別れの言葉を伝えられていない。 それを告げてしまうと、どうしても涙が……堪えきれなさそうで……。 後回しにしたって仕方ない事ではあるんだけど、せめて先にセリクに……、とセリクを探すと、セリクは蒼の後に続いてゲートの手前まで進んでいた。 「兄ちゃん、オレ先帰るからなー」 蒼が俺に手を振って言う。 気をつけて、と言うほどの距離でもないか。体感では、ほんの一瞬だ。 「うん、また向こうでね」 「んじゃ行くか。ほら、来い」 蒼が差し出した手をしっかり握ったのはセリクだ。 「うんっ」 セリクはいまだかつて見たことのない、幸せそうな顔で微笑んだ。 何だか、いつかどこかで目にした結婚式の新郎新婦みたいだ。 そんな風に思った瞬間、2人はゲートに飛び込んだ。 「え…………?」 ま、待って……? そのゲートって、こっちの世界の人も通れるの……? 消えてしまった2人の姿に驚いて、思わずそこに本当に誰も居ない事を見直している間に、リンが俺へと距離を詰める。 「我々も参りましょう、ケイト様」 振り返れば、リンはシルヴィンとエミーから俺の荷物を受け取って、両手いっぱいになっていた。 「それ、どういうこ……」 俺の言葉が終わらないうちに、リンは両手いっぱいの荷物を抱えたまま俺をヒョイと抱き上げる。 「私の我儘をお許しください」 リンは心からの祈りを込めて俺に囁いた。 ――それって……。 次の瞬間、リンは俺を抱き上げたままゲートに飛び込んでいた。

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