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ひとまず靴脱げ (5巻 新生活の幕開け) ←第2部ここから

 え!?  ちょっ、これってどういう事!?  混乱する頭を整理する間もなく、俺は自室に着地した。  正確には着地したのはリンで、俺はその腕に抱かれたままだ。 「お。来たな、ひとまず靴脱げ」  蒼は、男の声でそう言った。 「脱いだ靴はひとまずそこに敷いてる紙の上に置いとけ」 「はい」 「ディアはその甲冑も脱いどけよ」 「わかりました」  リンは俺をそっとベッドに下ろしてから、甲冑の胸元にガントレットの甲を当てて短く呪文を唱える。それだけで甲冑は簡単に取り外せるようになるので、フロウリアの騎士達は皆、甲冑の着脱が早い。  俺も靴のまま入ってしまったので、慌てて靴を脱ぐ。と、リンが受け取って紙の上に並べてくれた。 「リン……?」 「はい」  答えたリンは今までのような青い髪ではなかった。 「おーし、まずは現状把握するぞー」  そう言う蒼は、俺の勉強机の前で俺の椅子に座っていて、膝に乗ってるのは……まさか、セリク……? 「え、セリクちっちゃくなってない!?」 「あ、はい……」 「ふふん、可愛いだろ」 「なんで蒼が自慢げなの……?」  20歳だったセリクは、なぜか15歳ほどの見た目になっていた。  まだ細さの残ったスラリとした体躯に、髪色も淡い金色に戻っている。  目の色は黄緑色の名残をほんのり残したようなヘーゼルカラーだ。 「背もオレよりちょい低いんだぜ」  そういう蒼があまりに嬉しそうで、そっか、向こうでは蒼の方がちっちゃかったもんなぁ、小柄女子の細腕に大分文句言ってたもんなぁ、なんて苦笑する。  それで、わざわざセリクを膝に乗せてるんだ?  いやでも蒼は元々細い方だし、今のセリクともほとんど体格差はなさそうだけど……。  俺は久しぶりに見た弟の、見慣れた眼鏡姿にちょっとだけ安堵する。 「アオイはその……すごく、かっこいいね……」 「まーな。しっかり惚れ直せよ」 「うん……」  セリクはうっとりと蒼を眺めている。  いやいや、蒼はまあ不細工ではないけど、そう取り立ててかっこいいわけでもないよ? 俺と一緒で平凡顔だよ? まあ俺より若干整ってはいるけどさ……。  どうやら、心に合わせて姿が変わるのはこっち側にも適用されるみたいだ。  これも、聖女の姿と同じで初回特典みたいなものかもしれないけど……。  俺は改めてリンを見る。  リンは鮮やかな青い髪と瞳の色のどちらもがほぼ黒に近い色に変わっていたけれど、それ以外はそのままに見えた。 「リンは変わらないね」  リンは自身の姿をゲートでもある姿見に映して確認している。  姿見からはすでに紫色の光は消えていた。 「ディアは、心も体もそのまんまって感じだもんな」  蒼の言葉に俺もそうだなと思う。  その時、俺のスマホがピコンと鳴った。  ハッと取り出せば、通知は咲希ちゃんのLINEだと伝えていた。  慌てて開くと、自室らしきところで撮った写真が添えられている。  そこには、顔を寄せ合ってカメラ目線で笑っている咲希ちゃんと玲菜の姿があった。 「よかった! 咲希ちゃんと玲菜、無事にこっち出てこれたって!」  俺の言葉に3人も安堵を浮かべる。 『2人とも無事で良かった、また後で連絡するね』  送った俺の返信に、すぐ返事が戻る。 『そっちはこれから修羅場ですか? 頑張ってください!』  読んだ途端、俺は目の前の現実にサアッと血の気が引いた。 「……そうだよ! この後2人をどうするつもりなの蒼!? これじゃ本当に人攫いじゃないか!!」 「んなことねーよ、どっちもちゃんと仕事も引き継ぎ終わって、退職してきてんだぜ?」 「へ!? そうなの!? 全然知らなかったよ!? っ、でも向こうのご家族が心配………………」  そこまでで気づいた。 「ぁ……」  あのリンの誕生パーティーで、リンの家族から伝えられた言葉の数々は、そういうことだったんだ。  リンをお願いしますって、この先ずっとお願いしますって、俺はあの時ご家族の皆さんに頼まれてたんだ……。  だって、俺を抱えたリンに言われたあの言葉は……。  俺の意に沿わない我儘を1度だけと乞われたのは、リンの誕生日よりも前だったんだから。 「えぇぇ……、いつからそんな……」  俺は思わず頭を抱える。 「こんな事ができるって分かってたんだったら、もっと早く言ってくれたら良かったのに……」  そうしたら、あんなに必死でリンと別れる覚悟をしなくても済んだのにさ……。 「……」 「……」 「……」  待って?  なんで誰も何も言わないの? 「まあ、その話はおいおいするとして、まずは母さんに2人をなんて紹介するか考えよーぜ?」  言われて俺は時計を見上げる。  母さんはもういつ帰ってきてもおかしくない時間だった。 「蒼は留守の言い訳考えてるの?」 「兄ちゃん達に混ざって遊んでたってのでどーよ」 「うーん……、ちょっと苦しいけどそれしかないか。あ、俺のとこに蒼見てないかって母さんからLINEきてるじゃん」 「開いたの今だし既読スルーでもねーから、気づかなかったで通そうぜ」 「だとしても、この2人はどうするんだよ」 「それなんだよなぁ……」  今まで俺達の話を黙って聞いていたリンがおずおずと言う。 「本当の事をお伝えするのは、いけないのですか?」  本当のこと……。  うーーーーーん……、本当のことを言って……、信じてくれるもんかなぁ……?  信じられても……それはそれで……、親としては心配じゃない?  その時一階の玄関から音がした。 「ただいまーっ。蒼帰ってるのー? 圭斗はー?」  俺達は思わず顔を見合わせる。 「あーもー、1周まわってそれでいこーぜ。全部話して、母さんの反応次第で」 「ええっ!?」 「兄ちゃんだって、母さんに嘘ばっかつきたくねーだろ?」 「それはもちろん……、そうだけど……」 「んだよ、じゃあ他にどんな手があるんだよ」 「いやそこはちゃんと考えてから実行しようよ!?」  俺達が言い合う間に、「2階にいるのー?」と母さんが階段をのぼってくる音がする。 「蒼!? どこ行ってたの!」  母さんはそう叫びながら俺の部屋の扉を開いた。

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