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ごめん兄ちゃん
俺の部屋に現れた母さんは、リンとセリクを見て驚いた顔になる。
「あ、あら? お友達が来てたの?」
蒼、せめてセリクは膝から下ろしとこうよ……。
母さんは、プラチナブロンドのセリクを膝に乗せたままの蒼に、なんて声をかけたらいいか分からない様子で口をポカンとあけている。
「ケイト様のお母様でしょうか」
先に言葉を紡いだのはリンだった。
リンは床に膝をついて、手を胸に当て深く頭を下げる。
騎士の最敬礼だ。
「ケイト様には大変お世話になっております。この度は突然の訪問、大変申し訳ありません。心よりお詫び申し上げます」
「え……、いやそんな、いいのよ気にしないで?」
うんまあ、そこまで深々詫びられたら困るよね……。
俺は蒼と顔を見合わせる。
多分無理だ。
リンがいる限り、俺達がいくら口裏を合わせたところでそれは、無意味だろう。
彼はいつでもまっすぐだから。
正直に話して、正直に謝って、俺達は2人がこっちで暮らせるように、正直に頑張るしかないんだろうな。
俺はベッドから立ち上がる。
「母さん、ちょっと大事な話があるんだけど……」
「な、なに圭斗、改まって……」
「長い話になるから、夕飯食べながらにしようか」
「え、え……?」
「全員一緒に食べてもいい? 俺達そんなお腹減ってないから、量は大人3人分くらいで足りるし」
「いいけど……」
「ありがとう。あ、これ夕飯のおかず? 下持ってくね」
俺は母さんが腕に下げたままのエコバッグを受け取る。
母さんは蒼が心配で、キッチンにも寄らずにこの部屋にまっすぐ来たんだなと思いながら。
「リンも行こう、あ、靴持ってきてくれる? 俺のも頼むよ」
「はい」
サッとリンが動き出せば、蒼も口を開いた。
「んじゃあ、たまにはオレも手伝うか。セリク、靴持ってこいよ」
「うん」
セリクがぴょんと蒼の膝から降りて、靴を手に蒼のあとを追う。
俺の部屋の前には、困惑顔の母さんだけが取り残された。
***
4人家族の食卓に、椅子を1つ運び込んで強引に5人掛けにする。
「飲み物は皆お茶でいい? 牛乳もあるよ」
俺の言葉にリンと蒼がお茶を希望する。
セリクが牛乳を希望すると、蒼が慌てて「オレも牛乳にする」と言った。
どうやら蒼は折角身長逆転したセリクに背を抜かれたくないみたいだ。
「お前お茶飲めよ」
「苦いのあんまり得意じゃないよ……」
「麦茶は苦くねーからさ、試しに飲んでみろよ」
いやいや、そこまでしなくても、こっちなら蒼もまだ背が伸びるからさ。
思ってから、俺は気付く。
そうか、これからは俺も、リンと一緒に成長していけるんだ……?
ん……?
いやでも俺は向こうでもこっちと同じ成長スピードだったんだから、リンとセリクが向こうと同じ速度で成長した場合……。
「セリク、ちょいここ立て」
蒼に指示されて、セリクが壁に背を付けて立つ。
蒼の手にはテープが握られていた。
「髪押さえとけ、印つけんのに邪魔だ」
「こう?」
「よし、これでいいだろ。もういいぞ」
「うん」
「蒼、それって……」
「こいつらの成長速度、確認しねーとわかんねーからさ」
「わかんないの!? わかんないまま来たの!?」
「圭斗、大きな声出さないの」
「はーい……」
「あ、兄ちゃんスマホ持ってる?」
「うん、あるけど……」
「ディアとセリクはこんな風に手ぇ出せ、ここにな」
蒼の指示で、蒼とリンとセリクの手が3つ並ぶ。
「兄ちゃん写真撮って」
「う、うん」
言われた通りに撮影する。
「爪の伸びる速さも目安になんだろ。お前ら勝手に爪切るの禁止な、伸びたらオレに報告しろ」
「はい」「うん」
そんな3人に、俺はダイニングの時計を見て言う。
既に時刻は19時半を回ろうとしていた。
「でもさ、フロウリアと同じ速度で成長するんだとしたら、もう半月だよ? 2人とも爪はもう切らないといけないくらい伸びてるんじゃない?」
2人の爪はまだそんなに伸びているようには見えない。
まだ安心とは言えないけど、ゆっくり夕飯を食べながら母さんに事情を話す時間くらいはありそうだ。
「さあ、あんたたちも席についてちょうだい、ご飯にしましょ」
母さんの声に、俺達は食卓についた。
手を合わせる俺達に、リンとセリクが戸惑う。
「食事前の挨拶なんだ」「オレと同じようにしろ」
俺達の言葉に従って、素直に手を合わせる2人がなんだか可愛い。
「「「いただきます」」」と声を重ねた3人に、少し遅れて2人が続く。
こんな言葉を、これからはリンとも重ねていけるんだろうか。
俺はそんな未来を願いながら、母さんに話した。
ゲートをくぐった俺とリンが初めて会った日から、ここに戻ってくるまでの、たった5日の、9年間の話を。
最後の2年分は蒼が「こっからはオレから話すな」と代わってくれて、俺はスマホで撮った写真を見せたりした。
母さんは俺達の話にちょこちょこ質問を挟みつつも、最後まで聞いてくれた。
「はぁー。それで2人はここにいるわけなのね」
「いや、母さん、オレ達の言うこと全部信じたわけ?」
蒼の言葉に母さんは言う。
「逆に聞くけど、私にそんな壮大な嘘ついて何になるのよ」
「そ、そっか……?」
「現に、こんな日本人離れした顔の子が2人も目の前にいるのに、その話が本当じゃなかったらどこから連れてきたのって、そっちの方が問題になるわよ」
俺は、思い切って頼む。
「それなんだけど……、母さん、2人に住むところとか仕事が見つかるまで、2人をしばらく家においてもらえないかな……」
母さんは苦笑して答えた。
「そんなの、ダメって言えるわけないじゃない。ひとまず寝るところはどうしようかしらね、リビングのソファと父さんのベッドにそれぞれ寝てもらう?」
「セリクはオレの部屋に寝かす。父さんのとこから布団だけもらっていい?」
「うーん、そっちのディアリンド君? がベッドを使う方がいいんじゃない?」
確かにリンはガタイがいいからソファだと辛いだろうな。
うちに予備の布団があったら良かったんだけど。
「私は野営の装備を持参しておりますので、寝具はございます」
答えるリンに、だから荷物があんなに大きかったのか……と納得する。
というかうちに泊まれなかったら、リンはそこらにテント張って生活するつもりだったんだ……?
「それにしても……、2人はそれぞれ圭斗と蒼の恋人ってことよね?」
「ぅ、うん……」
恥ずかしさを堪えて頷いた俺の後から、リンが「はい」と誠実に肯定する。
「そーだけど?」と平然と答えた蒼には、セリクが嬉しそうに「はい」と声を弾ませる。
「……2人とも、男の子なのよね?」
これには4人とも黙って頷いた。
「そうかぁ……皆男の子かぁ……。いや、こんなご時世だし、そういうこともあるかもしれないとか、うちの子が女子じゃなくて男子を恋人に紹介してきても、受け入れようみたいな心構えはあったんだけど、2人揃ってってのはちょっと想定外だったわねぇ……」
母さんの言葉にずしんと胸が重くなる。
それは……その通りだと思う。
「それってやっぱ、孫の顔見たい的な意味で?」
蒼の言葉に母さんはゆっくり首を傾げて何やら考え込む。
「うーん、そう……なのかしら……?」
どうやら母さんの発言にそこまでの意味はなく、ただ想定外過ぎた現実に戸惑っているという様子だ。
そりゃまあ……。
誰かと付き合っているなんて話すらなかった息子達が、いきなり2人揃って男を恋人だと連れて来た日には……。
うん……、誰でも驚くよね。
「セリク、お前女子になってりゃ良かったのにな」
「ええっ」
「オレだって向こうじゃ女子だったろ?」
「それは……そーだけど……」
セリクは心細そうな様子で蒼を見上げる。
その不安げな顔に一瞬声をかけようか迷うも、蒼はしっかりとセリクと視線を絡めて、先を促すように言った。
「だけど?」
「……アオイは……、僕が男だと、嫌……?」
「ばーか、んなわけねーだろ」
蒼は眼鏡の奥でツリ目を少しだけ緩めて、セリクの腰を優しく抱き寄せる。
「ああ、別に反対してるわけじゃないのよ。ごめんねセリクくん」
母に謝られて、セリクは「いいえ」と恐縮する。
母は「ふぅ」とひとつ息をつくと、両手をパンと鳴らして解散を示した。
「今日はもうこの時間だから、皆お風呂入って寝ちゃいなさい。これからの事は父さんとも相談して決めましょう」
時刻は22時が近付いている。
俺達は夕食の片付けを手伝ってから、食事前の時点から背と爪が伸びていない事だけ確認して俺の部屋に戻った。
部屋に入ると、俺は早速3人に、俺にこの計画を黙っていた理由を尋ねた。
ずっと気になっていたんだよね。
あの沈黙がどういうわけなのか……。
リンから、過去にこっちに来たらしい犬の話を聞いて、俺は唖然とした。
犬……。犬の情報だけで……?
「……たったそれだけの情報で、こんな事したの……?」
「申し訳ありません!」
リンが額に床をつける勢いで謝る。
蒼がセリクに何やら小声で囁いている。
セリクは何やら魔法術式を展開して俺の部屋に空間魔法をかけた。
……ん?
「お。できんじゃん」
蒼の声にセリクが「でもなんかすごくやりづらかったよ……。なんていうか、魔力がゆっくりしか動かないって言うか……」
「そうか……、じゃあ無理しないようにしねーとな。具合は悪くねーか?」
「んー……、うん、大丈夫そう」
「んなら、オレらは風呂入ってくるか。兄ちゃん、話の続きは明日でいーよな?」
蒼がどうもウキウキしてるように見える……。
「待って。この4人だと、フロウリアに戻れるのは蒼だけってことだよね?」
俺の言葉に蒼は言った。
「ごめん兄ちゃん、オレこいつとヤるから無理」
「ちょっ、蒼は未成年なんだから、あと2年はダメだよ!」
「はぁ!? そんなに待ってられっかよ!」
「いやいや、だって誰も向こうに行けなくなっちゃうだろ!?」
「咲希がいるだろ。コミュニティの人とかにも頼んでみりゃいーじゃねーかよ」
えええええ……。
蒼、それ本気で言ってる……?
困惑する俺の目の前で、セリクは期待を滲ませた瞳で蒼を見つめている。
蒼もそんなセリクを熱く見つめ返していた。
ダメだ……これは2人とも本気だ……。
「兄ちゃんの部屋、遮音魔法かけといたからな」
「あ、さっきの……」
どうして、と尋ねようと思った時、その理由に気づいてしまった。
俺が、この部屋でリンとその……、する、時に、母さんに声を聞かれないため……って事か。
気づいた途端、どうしようもなく顔が熱くなってくる。
え、この部屋で?
この、俺の部屋で、リンと……?
「んじゃおやすみ、兄ちゃん、ディア」
「あ、ああ、おやすみ蒼、セリク」
俺は蒼の挨拶に思わずおやすみを返してしまう。
って違うよ、そうじゃなくて。
せめてもう少しだけでも蒼には我慢してもらわないと……。
「いや、だから蒼……」
「おやすみなさいませ、ケイト様」
セリクは蒼に肩を抱かれて、幸せそうに微笑んで言った。
う。めちゃくちゃ嬉しそうだ……。
「アオイ様、ごゆっくりお休みください」
リンも、セリクと同じように蒼にだけ返事をする。
リンとセリクって、最初の頃からそうだったけど、今もまだ微妙に距離があるよね。
相手の存在は認めているけど、会話する気はまるでない、というか……。
そう思う間に、蒼とセリクは姿を消してしまった。
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