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金塊と宝石

 翌日。  俺の服を着たリンは、ちょっと窮屈そうだった。  身長差は10センチもないんだけどなぁ。  測ってみたところ、俺の身長は170センチで、リンの身長は178センチだ。  それでも、俺の服を着たリンは服から手首と足首が見えていた。  リンは俺より腕も脚も長いんだな。  指もスラリと長いしなぁ……。  と思った途端、リンの指の感触を体内に思い出してしまって、俺は思わず顔を覆った。 「ケイトさ…………っ、ケイト……?」 「いや、なんでもないよ……」  相変わらずリンは俺を呼び捨てるのに一苦労しているけれど、それでも懸命に俺を呼ぼうとしてくれるところが、なんだか嬉しい。  しかし、俺のLサイズの服でこれなんだから、リンにはXL以上じゃないとダメだな。  リンは筋肉がしっかりついてるから物によってはXLでも小さいかもしれない。  ちなみに、家には父さんの服もあるけど、父さんは俺より細い。  この家で一番体格がいいのは俺だった。  どこに買いに行こうかなぁ。  ひとまずある程度の枚数が欲しいし、やっぱり安いとこだよね……。  古着屋さんもありかな? いやでも、貴族出身のリンに古着を勧める勇気はないな……。  悩む俺の前に、リンが小箱を差し出してくる。 「これらを換金することは可能ですか?」  パカっと開かれた箱の中には宝石がぎっしりと詰まっていた。 「ええっ!?」 「こちらと向こうでは通貨が違うと聞いていたので、金と宝石は持てるだけ持ってまいりました」 「ちょ、ちょっと待ってね、調べてみる……」  俺はスマホで検索してみる。  宝石は鑑定書がないと安く買い叩かれることもあるらしいので、ひとまず金の方がいいのかな。  ちょうど今は金の価値が上がっているとかで、売る人も買う人も多いらしい。 「金を売るのがいいみたいだね」  リンを振り返った俺の前に、リンはキラキラと輝く金の塊を差し出してきた。  待って? それ、大きすぎない?  1リットルの牛乳パックの半分ほどはありそうな塊だ。  2人で洗面所に移動して体重計に乗せてみると、ゆうに10kgを超えている。  えーと、金が1gでこの値段だから、10kgで10000倍……ってこれ一つで一億円超えるのか……。 「……」 「ケイトさ……っ、ケイト……? 足りないようでしたら、後2つはありますが……」 「えっ、これと同じのが、後2つ……?」 「はい」 「待って待って、ちょっと待ってね?」 「はい」  これだけ資金があるなら、家とか就職先はそんなに慌てて探さなくてもいいんじゃないかな?  それどころか、金に宝石を合わせてしまうと5億円くらいありそうで、そしたらもうリン1人なら働かなくても一生暮らせる額なのでは……?  俺とリンとの間には子供は生まれないわけだし、そうすると養育費とか学費もかからないわけで……。 「兄ちゃん達こんなとこで何してんの?」  不意にかけられた声に振り返る。  蒼が洗面所にしゃがみ込む俺とリンを不思議そうに眺めていた。 「うーわ、何それ金塊? すげーでけーな」  いまだに体重計の上に乗せられたままの金の塊を蒼が覗き込む。 「うん、10キロ超えてた……、一億円以上の価値あるかも……」 「いちおく……。小遣いの額が半端ないな。流石は3大貴族ってやつか……」  確かに、リンの家はあの国でも最高峰の貴族である3家の中の1つだったからなぁ。  ……って、それなのに俺に付いてきて本当に良かったんだろうか……。 「ディアはひとまず兄ちゃんが大学出るまではその貯金崩して側にいればいーんじゃねーの? 社会人になってからじゃあんま会えねーだろうしな」 「ケイトさ……っ、ケイト、に、お会いできなく……なるのですか……?」  リンが不安そうにこちらを見る。 「えーと……、まあその、俺も仕事を始めてしまうと、忙しくはなるかな……?」 「……そうですね……」  何せリンは24時間365日、俺が死ぬまでずっと俺のそばにいる気でいるからね。  そのつもりでこっちにまで来ちゃったんだから、ほんの少しだって離れるのは嫌なんだろうな。 「ひとまず、今日はその金塊を少しだけ削って換金してみようか。あんまり一気に換金すると税金もかかるみたいだからね」 「でしたら小さなものを持ってまいります」  リンはそう言って金塊を布に包むと、颯爽と2階に戻ってゆく。  ええ……、まだその金塊3つ以外に小さい金まで持ってるんだ……?  本当にリンはこっちで働く必要ないんじゃないかな……? 「んー……。兄ちゃん、オレが株の勉強して、リンの資金を運用するってのどうよ」 「それで4人分の生活費を稼ごうって事?」 「おーよ」 「そしたら俺は何をしたらいいんだろう」 「兄ちゃんは兄ちゃんの好きなことすればいーよ」  俺の好きなこと……か。  俺は演劇の強い大学を選んで、受験勉強を頑張って、無事合格して。  大学に入ったら、すぐ演劇部に入ろうって、それを楽しみにしてたんだよな。  なのに……、大学入学までのほんの数日で、俺には演劇よりも大事な存在ができてしまった。 「ケイトさ……っ、ケイト、持ってまいりました」  一番小さいものを持ってきたというリンの手の中には瓶の中に丸っとした金の粒がいくつも入っていた。  1粒が大体1gほどなので、1粒で1万円以上はしそうだ。  服代としては十分だな。 「ディアは兄ちゃんの事呼び捨てにするように言われたんだ?」 「はい」 「めっちゃ苦戦してんじゃん。ひとまず100回くらい唱えたらどーよ。もーちょい慣れんじゃねーの?」 「ご助言、ありがとうございます……」 「オレにも、これからは敬語禁止な」 「そ、それは……」  蒼は狼狽える様子のリンを楽しそうに眺めてから「ま、おいおいでいーから」とハードルを下げている。 「んで、今日兄ちゃん達はその金を換金しに行くのか?」 「あ、うん。ちょっとリンの服を買いに行こうかと思って……」 「ああ、ディアが着れそうな服とかうちにはないもんな。ついでにオレの買い物も頼んでいい?」 「いいけど……」  俺は、蒼の後ろを見る。やはりどこにもセリクの姿は無い。 「……セリクは……?」  蒼が、すいっと視線を逸らす。 「……あー……その、昨夜ちょっとやりす……」 「ごめん! 今の質問は無かったことに!」  ……やっぱり、聞かなきゃよかった……。  なんでなの?  なんでその2人っていつもそうなの?  蒼ってそんな絶倫タイプには見えないんだけど??  それともセリクがおねだり上手なのかなぁ。  あー……確かにセリクって拾ってすぐの頃は、俺も毎晩……。 「兄ちゃんストップ」  目の前に、ビシっと蒼が手を突き出してきた。 「ん?」 「今兄ちゃんセリクのこと考えてただろ」 「え……?」  た、確かに考えてた、けど……。 「セリクのそーゆーの考えていいのはオレだけだから」  怖っっっっ。  待って?  蒼それちょっと、……怖すぎない??  独占欲? って言っていいのか分からないレベルじゃない? 「あ、蒼……?」 「オレさ、これまでは我慢してたけど、もうやめたから」  えっ、待って、何を我慢してたの?  今まで蒼がセリクに我慢してたようなことあったっけ?  聖女の私室では2人が四六時中イチャイチャしててもう砂吐きそうって、ロイスが本気でぐったりしながら愚痴ってたけど?? 「えっと……、我慢しなくなったら、どうなるの……?」  どうにも想像が追いつかなくて、俺は蒼に尋ねてみる。 「セリクに、オレがどんだけ大事に思ってるか、思い知らせてやれる」  うわぁ……。  ……え、今まで以上に?? 「蒼ってさ、結構愛が重いタイプ……?」 「当然」  うわ、あっさり認めてきた……。  これは、セリクも苦労しそうだなぁ……。  まあでも、セリクもベッタリ依存したいタイプだしちょうどいい……のかな? 「わ、私も、ケイトさ……っ、ケイト、を大切に想っておりますっ」  うん、いいから。  リンはそこに対抗しなくていいからね。  見上げれば、リンが青みがかった黒い瞳で俺をじっと見つめていた。 「ありがとう、分かってるよ」  微笑んで応えれば、ホッとしたようにリンも微笑む。 「ディアは先に呼び捨てに慣れねーと、締まんねーだろ」  蒼に言われて、リンがシュンと落ち込む。 「あ、そだ。ディアは外に出る時は剣置いてけよ、捕まるぞ」 「え」  リンが驚いた顔をする。  ああそっか、そうだよね。  リンが腰に剣を下げてるのがあまりに日常過ぎて、危うくこのまま出掛けてしまうところだった。  危ない危ない。 「どうして……ですか……」  リンは愕然とした様子で声を震わせている。 「ま、くわしーことは兄貴から聞いて。兄ちゃん、買い物どこ行く? スーパーと薬局寄れそう?」 「あ、うん。寄るよ」 「んじゃ買って欲しいもんLINEで送っとく。送金はPayPayでいーか?」 「お金はリンの金があるからいいよ。要るのってセリクの物とかなんでしょ?」 「ん、まあそんなとこだな」  そんな会話をして、蒼はリビングに向かった。  リビングの向こうはダイニングキッチンだ。  俺とリンは朝から母さんと一緒に食事をしたけど、2人はこれからなんだろうな。  セリクが動けないんだとしたら、蒼が用意して、ベッドまで届けてやるんだろうか。  ロイス曰く、蒼はセリクの世話なら嬉々としてやるらしいからな……。 「俺達は一度部屋に戻ろうか。銃刀法について確認してみよう」  リンは俺の言葉に、少しだけ緊張した顔で「はい」と答えた。  そうだよなぁ。  自分の腕一つで俺を守り抜こうと覚悟してくれてるリンにとっては、見知らぬ土地で、騎士の命とも言える剣を手放して外を歩けと言われるのは酷なんじゃないだろうか……。  布で包んだりとか、そういう感じでなんとかならないかなぁ……。  なんて思った俺は、ハッキリ言って銃刀法を甘くみていた。

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