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買い物と、桜
外はポカポカの日差しに、ちょっと冷たい風が吹きつける、春らしい気候だった。
「いい天気だね」
俺がそう言ってリンを見上げると、リンはちょっとだけ心配そうに言う。
「しかし風があります。寒くはありませんか?」
その気遣いが嬉しくて、俺は小さく笑って「大丈夫だよ」と答える。
リンの今の服は、蒼がニッパーで器用に飾りを落とした結果『ちょっと洒落た刺繍の入った上品な服』程度になっていた。
白地のパリッとした生地には厚みがあって、襟は詰め襟なので、どこかの制服のようにも見える。
手首と首回りに入った金と青の刺繍に、リンが昨日までは真っ青な髪だった事を思う。
今のリンの髪が黒っぽいのは、俺のためなんだよね……。
リンの腰には、剣もなければ剣を下げるためのベルトもない。
こんな姿はリンの誕生パーティーの時以来じゃないだろうか。
あの時ですら、ダンスの後には剣だけは下げていた気がする。
蒼は、出かける俺達を玄関で見送りながら、リンの剣を触るための了承を取っていた。
「セリクが何とかできるかもしんねーし、兄ちゃん達の帰りを待つ間、色々いじってみていーか? あー……戻んなくなったら悪いけど、諦めてくれ」
という無茶苦茶な要求に、リンは躊躇うことなく「はい」と答えていた。
正直、フロウリアでは蒼のリンへの信頼にも驚いたけど、ここへきてリンから蒼への信頼も相当すごいなと思う。
なんだかんだ俺を抜きにして2人だけで相談したり決めたりしてるし。
それに気づいてしまうと、何だか胸の中がモヤモヤとしてしまう。
待って待って、なにこれ嫉妬!?
まさか俺ってば蒼とリンの信頼関係に嫉妬してるの!?
いや……ちょっとそれは流石に……。俺の心、狭すぎるよね……?
はー……。馬鹿なこと考えるのやめよう。
2人の仲が良い事は、絶対的にいいことなんだからさ。
頭ではそう思うのに、一度生まれたモヤモヤはなかなか消えてくれない。
「ケイト、前方から何か大きな物が来ます」
住宅側を歩かせていたリンが、俺の前にサッと出る。
「車かな、さっき動画を見せたよね」
言いながら、俺はリンの腕を引いて道の脇に下がらせる。
一応家を出る前に車とバイクと自転車あたりについては動画を見せつつ紹介した。
そうじゃないと急に近づく何かにリンが斬り掛かるんじゃないかって、蒼が言ったからだ。
まあ剣は置いてきたけどね。
前から来たのは思ったとおり車だった。
軽トラかぁ。確かに俺の説明よりはちょっと大きいね。
というかリンは何で見える前からわかるの?
気配的なやつって車にも通じるの……?
それからスーパーに着くまで、車の他に自転車やら宅配バイクやら、散歩中の多頭飼いの大型犬達とその飼い主さんやら、色んなものに逐一警戒するリンを宥めたり道の脇に引っ張ったりしながら歩いた。
着いたスーパーでも、リンが早速自動ドアを警戒している。
真剣なリンには悪いんだけど、なんだか逐一ドキビクしているのが新鮮で可愛い。
俺の説明を真剣に聞く眼差しも、そうやって1つ1つを把握して克服しようとする懸命な姿も、全てが愛しく思えてしまう。
リンはこんなに文化の違うところに、俺と一緒にいたい一心で飛び込んできてくれたんだよね……。
スーパーのカゴを持つ俺に「お持ちします」と荷物持ちを引き受けてくれるところは、やっぱりスマートだと思ってしまう。
「リン、ありがとう」
色んな思いを込めて感謝を告げると、リンは嬉しそうに小さく微笑みを返してくれた。
本当は駅前の大型ショッピングモールに行って、服を買ってから薬局と食料品売り場に寄って帰るつもりだったんだけど、リンの様子を見る限りあんまり一気に色々教えてもパンクしちゃいそうだったので、今日のところは蒼に頼まれた買い物ができるように近所のスーパーと薬局にだけ寄って帰ろうと思う。
リンはスーパーの会計の様子も、その後の袋詰め作業も、真剣に観察して手順を覚えようとしている。
こんな熱視線を受けながら買い物したのは初めてだなぁ。
蒼の買って欲しいものリストには、スーパーではポテトチップスとチョコが、薬局ではセリク用の歯ブラシだとかが指定されていて、メーカーや色まで第三候補まで指定されているのが蒼らしいなと思ったりした。
ところで、この成長期用の背が伸びる系グミサプリは蒼が食べるつもりなんだろうか……。
いや、これに関しては何も聞くまい。と頭を振りつつカゴに入れる。
リンと一緒に薬局を出ると、ひらりと薄いピンク色の何かが目の前を横切った。
目で追うと、それは桜の花びらのようだ。
どこから飛んできたんだろう。
俺がきょろきょろと辺りを見回していると、リンが俺の少し向こうに落ちた花びらを、やっぱり警戒しつつ尋ねる。
「それは何ですか……?」
俺はふき出さないように気をつけながら、慎重に答えた。
「これは桜っていう木に咲く花の花びらだよ」
「サクラ……」
そっか、フロウリアに桜はないのかも知れないな。
一度も見かけなかったし……。
「うん。この季節だけしか咲かないから、帰りはちょっと遠回りして花を見てから帰ろうか」
俺の言葉にリンは微笑んで「はい」と答える。
スマホを見れば、時間はまだ昼だ。
元々昼食はショッピングモールのフードコートあたりで食べるつもりで午前中に家を出たけど、近所のスーパーと薬局ではそこまで時間はかからなかったなぁ。
まあ冷蔵品はあるけど冷凍食品は買ってないし、せっかくリンと2人なんだし、のんびり寄り道するってのもアリかな?
ん?
2人きりで買い物……って、これは買い物デートなのでは……?
いやでも買い物の内容的にはデートというより買い出しって感じだけど……。
俺は昼食代わりに昔馴染みのコロッケ屋さんのコロッケを2つずつ買い込んでから、家とは違う方向に向かう緩やかな坂をのぼりはじめる。
ポカポカの日差しの中、風はヒヤリと冷たくて、コロッケは熱々だ。
湿気らないよう口を開けたままの紙袋から漂ってくるコロッケの良い香りに、俺の腹が急激に空腹を自覚する。
「この先に公園があってさ、そこに桜が咲いてるはずだから、お花見しながら一緒に食べようね」
「オハナミ……?」
「うん、花を……主に桜の花を愛でながら、桜の木の下で食事をしたり宴会をするような感じかな。家族だったり恋人だったりの小集団から、地域の集まりや勤め先の団体とか大勢で行われることもあるよ。今みたいに日中行われることもあれば、夜に夜桜を眺める集まりをすることもあるね」
「なるほど……こちらではスタンダードな季節の催しなのですね」
「そうだね、たくさん誘われる人は3回も4回も行ったりするからね」
リンはやっぱり、俺の言葉を丁寧に飲み込もうとしている。
俺達の世界の事を懸命に覚えようとしているその姿勢に、俺はどうしようもなく胸が温かくなってしまう。
「ただ、これはこの世界でも主にこの国だけの習慣だから、他の国では通じないんだけどね……」
俺の言葉に、リンは瞳を大きく揺らした。
「他国……」
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