106 / 122
全幅の信頼(*)
「アオイ?」
セリクは戸惑うような声を上げながらも、ディアの剣をソファに置いて素直にオレの膝に乗った。
オレとセリクはあんま身長差がねーから、膝に乗せるとセリクの方がオレを見下ろすようになるんだけどな。
まあ、向こうじゃ2年近くセリクには見下ろされてきたから、別に今さら嫌というわけではない。
「アオイ、もう身体は辛くない……?」
セリクは確認するようにオレの額に手の平を重ねる。
ようやくセリクがオレに自分から触ってくれるようになったのは嬉しいが、ここは恋人同士らしく額を直接くっつけてもよかったんじゃねーの?
オレは今日、兄ちゃん達を見送ったあたりで発熱した。
セリクの説明では、魔力のない身体に魔力を流した事で、体の一時的な防衛反応として熱が出ることがあるらしい。
そーいやそんな事が兄ちゃんのまとめた元聖女用マニュアルに書いてあったな。とぼんやり思い出したものの、あっちの書類は現役聖女だった当時のオレには関係なかったのですっかり忘れていた。
幸い、目覚めたセリクの治癒と新しい術によってオレの熱はすぐに下がった。
「お前のおかげで、元気んなったよ」
言いながら、オレは指先でセリクの白い頬をゆっくり撫でる。
少しくすぐったそうに目を細めるセリクはマジで天使だ。
セリクの細い顎を引き寄せて、近づいてきたセリクの眉間に少し残った思考の跡に口付ける。
「えー、そこなの?」
キスだと思ったのか、セリクが何やら拗ねるような声で言う。
「お前、ずっとそればっかでオレの方見ねーからさ」
「アオイ……妬いてるの?」
反射的に「別に……」と答えかけてから、オレは言い直す。
「そうだよ。小さい男で悪かったな」
もうこいつに意地張ったって意味ねーんだよ。
こいつはオレのもんなんだから。
「アオイ……」
オレが素直に心を見せれば、セリクはそれだけで頬を染める。
お前がそれで安心できるんなら、オレの本音くらい、いくらでも見せてやるよ。
「んで、お前はどこにしてほしいんだよ」
さっきの不満も解消しといてやるか。と尋ねるオレに、セリクは薄く口を開いてねだった。
「ここに、入れて?」
おい、何を入れるんだ何を。
セリクの黄緑がかった瞳がオレの目をじっと覗き込んで、オレだけを求めている。
「お前……あんま煽るとベッドに逆戻りだぞ……?」
半眼で低く呻るオレの脅しに、セリクは嬉しそうにとろりと微笑んだ。
「うん、いいよ……。僕、アオイとだったら、何度でもしたい……」
いや、いいよじゃねーよ。
全然よくねーだろ。
何そんな幸せそうな顔してんだよ。
兄ちゃん達が帰ってきたら、それ見せて褒めてもらうんだろ?
こんなとこでオレを誘ってる場合じゃねーだろ?
そう思うオレの心を置いて、オレの体は勝手にセリクを抱き寄せて唇を重ねる。
セリクの口内へセリクの望むままに舌を入れてかき混ぜてやると、セリクは背を震わせて舌を重ねて、甘く悦びの声を漏らす。
「……ん……、アオイ……。ぅ……ん。もっと……して……」
ああくそっ、セリクが可愛すぎてヤバイんだよ!
こんな欲しがりに延々ねだられたら、日常生活なんか送れるわけねーだろ!!
頼む!! 早く帰ってきてくれ兄ちゃん!!!!
――その時、オレの願いが通じたのか、玄関から音がした。
ガチャ、と玄関の扉が開く音に続いて「ただいまー」と兄ちゃんの声がする。
……ん?
なんか、今の声……ちょっと元気がなさそうだったな。
何かあったのか?
オレがリビングから「おかえりー」と答えれば、セリクはオレの膝の上からぴょんと飛び降りて「おかえりなさいませ」と玄関に向かった。
その足取りはしっかりしている。
そうなんだよな。
実はセリクは、オレが早朝に肌寒さで目を覚ました時には起きていた。
そして「あっ、アオイ見て、スタミナ回復と疲労軽減を合わせて両方同時に治せる術式を作ってみたんだ。今から使ってみるね?」とか言って、自分にそれをかけてみせた。
そして何やら立派な三重構造陣を展開した上で「一応成功みたい」と微笑んだ。
確かに、セリクの目の下に浮かんでいた隈は消えていた。
けどセリクの指先は僅かに震えていて、オレはこいつが一晩中試行錯誤するのに魔力を相当使ったことに気づいた。
「ったく、こっちに来て初日から勉強ばっかしてんじゃねーよ。罰として、お前はオレがいいって言うまでそこで寝てろ」
セリクは新魔術の成功にキラキラ輝かせていた瞳をしょんぼりと暗い色に変えて、オレに示されたオレのベッドに潜り込む。
「ごめん、僕……」
何やら謝りだしそうなセリクのふわふわの頭を、オレはぐしゃぐしゃとかき混ぜる。
「わーってるよ。けどな、オレはお前に無理させたくねーんだよ」
「アオイ……」
セリクはすっかり反省した顔で、しゅんとオレを見上げる。
「わかればいい。オレを安心させるために、しばらく眠ってくれるな?」
「うん」
「起きたらちゃんと成果も見てやるし、たっぷり褒めてやるよ」
オレの言葉に、セリクが破顔する。
ったく現金だな。こいつは褒められたがりだからな。
オレが、しっかりキープしている顰めっ面のままでセリクに手を差し出すと、セリクはオレの意をすぐ理解してオレの手に手を重ねて魔力を渡した。
そうして、オレはセリクの魔力でセリクに睡眠魔法をかけた。
一瞬で眠りについたセリクを眺めながら思う。
セリクなら、オレに魔力を渡せば強制的に眠らされると分かっていたはずだ。
それでも、セリクからは睡眠魔法の発動にちょうど良い量の魔力が、ブレることなくピッタリ注がれた。
……なんか、セリクなら、オレがセリクを殺すために魔力を寄越せって言っても、素直に渡してきそうだな。
全幅の信頼。か。
ずっしりと重たいこれを、それでも手放さずに、一生抱えてゆけるように。
オレも気合い入れなきゃな。
オレは、今朝の出来事を振り返りながら、セリクの置いていったディアの剣を手に玄関に向かった。
玄関では兄ちゃんとディアが靴を脱いで上がったところだった。
結局ディアの靴は買わなかったのか。ディアは持参していた革のブーツのままだ。
服も買った様子がないし、結局ショッピングモールへは行かなかったのか?
「あれ、セリク元気そうだね。よかった」
兄ちゃんの言葉に、セリクがペコっと頭を下げて言う。
「ありがとうございますっ。ケイ様聞いてください、僕、スタミナ回復と疲労軽減を合わせた術式を作ったんですっ」
「ああ、それでそんなに元気なんだ?」
「はいっ、ケイ様にも術式をご説明しますねっ」
「うん、ありがとう。セリクは本当に頑張り屋さんだね」
兄ちゃんはそう言ってセリクのふわふわした頭を撫でる。
「えへへ……」
心から嬉しそうな顔をするセリク。
ジリっと胸を灼く嫉妬心に、兄ちゃんくらい許してやれよ。とオレは自分を宥める。
ほんわかと微笑みあう2人は本当に可愛い。
けど、兄貴はその術がセリクの「無限にヤりたい」という欲求からできていることを知らない。
セリクが兄貴に積極的に教えようとしてるのも、それが使えるようになれば兄貴が喜ぶはずだと思っているからだ。
……いいかセリク。
誰もがお前みたいに無限に抱かれたいとは思ってねーんだからな?
そんなの兄貴が知ったら真っ赤になるに決まってる。
まあ、以前ならそんな兄貴の顔も見てぇなと思うとこだが、今は兄貴にはディアがいるからな。
オレがその顔を朱く染めてやるのは、セリク1人で十分だ。
「おい、それより先にこっちだろ」
オレはセリクが余計なことを言い出す前に、セリクの渾身の作をディアに突き付けた。
ともだちにシェアしよう!

