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新たな剣
アオイ様に渡されたのは、確かに私の剣だった。
「これは……」
今までと変わらないのは柄だけで、剣身は綺麗さっぱり無くなっている。
が、手にした重さは今までと変わらないように思えた。
無くなった剣身の代わりに鍔の中央から、ずしりと重みのある鎖が二本伸び、その先で輪を作っている。
「使用時には、柄を握って魔力を流してください」
セリクの言葉に、私は柄を両手で握って魔力を流す。
すると柄の側から順に鎖が手元に集まって、瞬く間に今まで通りの使い慣れた剣身が現れた。
「わぁっ、すごい!」
ケイトのお言葉に、私も深く頷く。
本当に、すごいとしか言いようがない。
私達が買い物をしていたほんの数時間で、セリクはこんなことができてしまうのか。
セリクの魔法技術は、すでに魔法研究所のトップにも匹敵するのではないだろうか。
「ありがとうございます」
アオイ様に頭を下げると、アオイ様は「礼ならセリクに言え」とおっしゃった。
私はセリクをまっすぐ見て、いくらかの葛藤を飲み込んでから礼を伝えた。
「ありがとうセリク。これでケイトを守ることができる」
「お役に立てたならよかったです」
セリクはそう言ってニコッと笑った。
私は思わずその顔を見つめる。
この子は私にこんな素直な顔をする子だっただろうか。
セリクがケイトに引き取られたころからずっと、私に向けられるセリクの視線には不信感や不満が混ざっていた。
妬みの感情も見えたし、敵意だけでなく、殺意に近い感情を向けられたこともある。
それでも私はそれを無視し続けていたし、あの事件の時以外で、その視線に同等の物を返したことはなかったはずだ。
とはいえ、好かれていない事はわかっていたし、それは仕方ないと思っていた。
彼にとって私は、彼の唯一の拠り所であるケイトを散々傷つけ、さらには奪った悪者以外の何者でもないのだから。
「剣にするのは簡単なんですが、鎖に戻すにはちょっとコツがいるんです。ディアリンド様は魔力吸収はできますか?」
「いや」
「そうですか。一度試してみましょうか」
さらりと言われたが、私はケイトの魔法発動に必要な魔力譲渡ですらあまり上手くできない。
いや、もう、できないでは済まされないのだ。
この先は私しかケイトの側を守る者はいないのだから、私がやるしかない。
「剣に流した魔力は、剣の中で木の根のように広がっていると思ってください。隅々まで張り巡らされたそれを、細い根の1本すら千切れないように細心の注意を払いつつ抜き取る。そういったイメージで魔力を手元に集めるようにしてください。一気に引き抜かず、少しずつゆっくり行ないます。速度を出すのは慣れてからにしてくださいね」
「わかった」
私は途中で魔力の細い糸が途切れないよう、言われた通りに細心の注意をはらって魔力を引き寄せる。
じわりと引き寄せる度に次々と引きちぎれそうな箇所が現れて、それを見つけては力を調節する、それを延々と繰り返す。
やってもやっても終わりの見えない精密作業。
頭の使いすぎで、頭が熱くなってくるような感覚に眩暈がする。
じわりと手のひらに滲む汗に柄を強く握り直す。
気づけば背にも額にも汗が滲んでいた。
ああ、そういえばケイトやセリクも、難しげな魔法を使っては額に汗を浮かべていた。
動いたわけでもないのに汗だくになる2人を私は少しだけ不思議に思っていたのだが、それは私の魔法修練が半可なためにこれまで汗をかく程の魔法操作をした経験がなかったということか……。
改めて自身の未熟さ、至らなさを突きつけられる。
やはり剣だけではダメだ。
剣の腕は維持しつつ、魔力も扱えるようにならなくては。
ここまで、何度ケイトの隣で自身の無力を悔いたか分からない。
こんな事では、たった1人の守るべき人すら守りきれない。
私はもっと、強くならなければ!!
気合いを入れた途端、手元からブチっと魔力が千切れた感覚が伝わった。
「ディアリンド様のお力はわかりました。ではまず簡単なところから魔力吸収の練習をしましょう」
セリクの声がなだめるような気配で、そっと優しくかけられる。
「……っ」
顎を伝った汗が、ぽたりと落ちる。
「えっと、リン元気出してね。リンがすごく頑張ってたのは、皆わかってるから、ね?」
ケイトにも同じように慰められて、私は自身の不甲斐なさに奥歯を噛み締めるしかなかった。
「剣をお借りしてもよろしいですか?」
尋ねるセリクに剣……の剣身が中途半端に崩れたものを渡そうとすると、アオイ様が間に手を出した。
何をするのかと思ったら、サッと浄化をかけられる。
セリクはそれをそっと受け取った。
……アオイ様にとって、私の手汗は、セリクに触れさせたくないほど不浄な物だったのだろうか。
何だか少しだけショックな気がする。
「ディアリンド様が魔力制御できるようになりましたら、このようにお使いいただけます」
私の顔を見て説明を口にしながら、セリクは何ともない顔で剣をまっすぐに戻した後にジャラリと鎖に変えてみせた。
こんな……こんな一瞬で、セリクはあの数の魔力の糸を1本残らず切らずに引き抜いたということなのか……。
呆然とそれを眺めているうちに、ケイトが「俺もやってみていい?」と尋ねて私の剣に手を伸ばす。
「はい。こちらは聖力だけで同じように行えますよ」
セリクはそう言って私の剣をケイトに手渡した。
「あ、リンの剣ってもっと重いのかと思ってたけど、そうでもないんだね。牛乳パック2本分くらいかなぁ……? 2キロくらい?」
少し驚いた顔をしたままに、ケイトは鎖を剣の姿に変える。
「わぁすごいねぇ。楽しいな、これ」
「だろ。セリクはマジですげーよな。天才だろ?」
「うんうん、すごいよセリク」
「えへへ、ありがとうございます」
「じゃあえっと……」と言葉を途切れさせたケイトが真剣な表情で剣に意識を集中させる。
見る間に剣の先からジャラジャラと鎖に変わってゆくが、手元までもう少しというところで変化が止まる。
「こういうこともできるんだね」
「そうですね、さすがケイ様ですっ」
「この形なら、こうやって敵を確保したりもできそうだな」
「もう少し鎖部分を短くしたら武器も抑えられそうです」
「蒼もできるの?」
「ん、まあ兄ちゃんの倍くらい時間かければな、オレだってディアほどザル制御じゃねーよ」
アオイ様の言葉に、一瞬目の前が暗くなる。
そうだったのか。
私の魔力制御は、ザルだったのか……。
護衛騎士の中では剣の腕は立つ方だったし、魔法剣士ではなかったため、私が普段使うのは鑑定や疾走、肉体強化という定型魔法程度だった。
定型魔法は決まった陣さえ書ければ発動するため、魔法が失敗するという経験はほぼなく、私は魔法制御も人並みであると思い込んでいた。
けれどそれは違ったのだ。
フロウリアで5年を過ごした勤勉なケイトはともかくとして、ほんの2年を聖女として過ごしただけのアオイ様ですら、私よりもずっと魔力を制御していらっしゃった。
となれば、これは間違いない。
3人が優れているというのを差し引いたとしても、私の魔力制御はザルなのだ……。
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