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ディアならやりゃできんだろ
私は知らぬ間に肩を落としていたのか、ケイトがそっと側に来て私の腕を撫でてくださった。
「リン、落ち込まなくて大丈夫だよ。聖女は浄化を絶対に成功させないといけないから、普通の魔法技師よりずっと制御訓練が厳しいんだ。司祭様がおっしゃるには、中級の技師と同じ程度の制御力が身に付くような指導内容らしいよ」
つまり、私の魔力制御は中級の魔法技師に遠く及ばないという事ではないか。
「ま、頑張れ。ディアならやりゃできんだろ」
声と共に、アオイ様が私の背をバシンと叩く。
私は不覚にも、そのお言葉に強く励まされる。
彼がやれば出来ると言ってくださるのなら、きっとそうなのだろう。
アオイ様は今よりずっと小柄な聖女の頃から、どんな状況でも凛と立ち、有言実行を続けてきた方だ。
彼には周囲にそう思わせるだけの実績があった。
私がアオイ様のお言葉を胸に刻んでいると、ケイトが私の隣で小さく苦笑してからおっしゃった。
「セリク、魔力制御と吸収なら俺でも教えられると思うから、俺がリンに教えてもいいかな?」
「はい、それはもちろん……。ケイ様のご迷惑でなければ……」
言いにくそうに答えるセリクの言葉に、私はハッとする。
ケイトはこれから新生活が始まるのだ。
新たな環境で、様々な新しい学習に挑戦するのだとおっしゃっていた。
それなのに、そんな大事な時期に私が彼の大事な時間を奪うわけにはいかない。
「い、いいえ、私は大丈夫ですっ」
私が慌てて断りの言葉を口にすると、ケイトはまるで困った子をあやすかのような苦笑を浮かべて、私の顔を覗き込まれる。
「それは遠慮? それとも俺に教わるのは嫌?」
「……っ」
優しさに満ちたその眼差しに、私は心の澱みまで吸い込まれてしまう。
彼にこうやって問われてしまえば、私は正直に話す以外の選択肢を持たないのだ。
「ケイトに……ご迷惑をおかけしてしまうわけには……」
「俺もリンに教えることで復習になるから、リンが嫌でなければぜひ俺に教えさせてくれるかな。リンのためにできることがあるって、俺にとってはすごく嬉しいことなんだよ」
そこまで言われてしまっては、到底断るなどできそうにない。
「は、はい……。ですが、どうかご無理はなさらないでください」
私はせめてもの思いで、そう伝えた。
「うん、ありがとう」
言葉と共にケイトが柔らかく微笑む。
それだけで彼の周囲の空気がキラキラと輝くようだ。
彼の微笑みはまるで女神のようで、後光が差すような神々しさを纏っている。
ああ……、この方はなんとお優しく美しい方なんだろうか。
私はこの方のお心に応えるためにも、一刻も早く魔力制御を身につけようと固く心に誓う。
「ほらディア、腰に下げてみろよ」
アオイ様が言葉と同時に私の剣を投げ寄越す。
「その鎖の先に柄を引っ掛けて腰に巻いときゃ、いつでも持ち歩けるぜ」
そうおっしゃるアオイ様の仕草を見ながら、指示通りに腰に巻く。
なるほど、今までの帯剣の仕方では片側に重心が多少寄りがちだったが、これならそこまでではない。
まあ、なまじ今までの重心に慣れているせいか、この形に慣れるまでの方が少しかかりそうだが。
鞘が無い分今までよりも軽くすむのもありがたい。
「リン、良く似合ってるよ。これなら一見チェーンストラップとかチェーンベルトっぽく見えるし、日常的につけていられそうだね」
ケイトには見た目も好評なようだ。
とても嬉しい。
「それに関しちゃオレのアイデアだからな」
「蒼の案だったんだね。色々考えてくれてありがとう」
「……撫でなくていーって」
「あれ? 手を振り払わなくなったね。蒼も大人になったんだなぁ」
「んだよそれ……」
「ケイ様、僕も撫でてくださいっ」
「よしよしえらいえらい、セリクが一番の功労者だよ、本当にありがとうね」
「はいっ、ケイ様のお役に立てて嬉しいですっ」
……。
羨ましいと思うのは確かなのだが、私にはケイトに頭を撫でていただけるような成果がない。
私は腰に下がった剣の柄を握り締める。
胸に湧くのは果てない焦燥だった。
早急に力をつけなければ……。
今日公園で会った元聖女の言葉を思うと、こんなところで足踏みをしているわけにはいかないのだ。
ケイトがどんな選択をしようとも、私は彼の傍で、彼を害そうとする如何なるものからも彼を守り抜くと誓ったのだから。
***
俺は、買ってきたものを蒼に渡したり冷蔵庫にしまったりとひと通り片付けてから、リビングに皆を集めた。
我が家のリビングはダイニングと繋がった1つの部屋で、壁面収納の中央に大きなテレビが埋まっている。
ソファはテレビの正面に3人掛けが1つと、その両脇に1人掛けが1つずつに、スツールが1つ。
そこにローテーブルが1つという状態で、夜には大体母さんがここでテレビを見ながら過ごしている。
今はテレビは消したまま。
蒼が三人掛けのソファに座って、セリクがすぐ隣にピタっとくっついている。
俺が一人掛けのソファに座るとリンが後ろに立とうとするので、リンにも向かいのソファに座るように言う。けど、テーブル越しでは遠かったのか、リンは俺の隣にスツールを引っ張ってきて座った。
飲み物をそれぞれに出してから、俺は3人に今日会った七凪さんの話をした。
俺の感じた印象や、俺の推測も含めて。
リンは俺と一緒にいたけど、実九ちゃんにずーーーーーっと話しかけられ続けていたので、多分そこまで七凪さんの話は聞けていないと思うし。
俺の話が終わると、蒼がカップをテーブルに置いて眼鏡の向こうで目を眇めた。
「そんで? 兄ちゃんはどうする気なんだ。まさかまたフロウリアに行こうとか言うんじゃねーよな?」
蒼に確かめるような視線を投げられて、俺は苦笑しながら返す。
「行こうと思っても、すぐには行けないっていうのは分かってるよ」
俺だってもう新学期も始まるし。せめて時間割を決めて、どこがどこまで休めるか確認しない事には動きようがないし……。
でも、もし……。
エミーやロイスやシルヴィン達に命の危機が迫るなら、俺は日常生活を投げ打つとしても、助けに行きたいと思っている。
なのに、俺にはそのための手段がない。
俺にできることなんて、自宅で聖球を作って咲希ちゃん達に預けることくらいだろうか……。
俺の視線の先、マグカップを包む自分の両手には、知らず力が入っている。
蒼は、はぁぁ……。と大きなため息をついてから口を開いた。
「……仮に行けたとして、兄ちゃんは何をどうしようと思ってんの?」
顔を上げると、蒼と目が合った。
俯いていた俺をずっと見ていたんだろうか。
黙ったままの俺を見据えて、蒼は話を続ける。
「たとえ結界柱のどっかに聖女が捕まってるとしても、それを助けたら今度はフロウリアが魔物に食われて終わるわけだろ? それに、助け出したってその人が生きてるのか死んでるのかも分かんねーしさ」
ソファにあぐらをかいていた蒼は、片膝を立てるとそこに肘をついて頬杖をついた。
「兄ちゃんが感じたように、その七凪って奴はフロウリアに終わってほしいんだろうけどさ。兄ちゃんはそうじゃないだろ。聖女もフロウリアも両方守るなんて事、できんのかよ」
蒼の視線は厳しかった。
自分でも、無謀なことを願っているのは分かる。
「そこまでは、まだわからないけど……」
俺はまだ、その答えを持っていなかった。
蒼はハッと瞳を揺らすとリビングの出窓に視線を投げつつ後頭部をガシガシと掻く。
「いや、悪ぃ。兄ちゃんを責めてるみたいになっちまったな。そーじゃねーんだ」
「大丈夫、分かってるよ」
蒼が俺を心配してくれてるのは分かってる。
「オレもあいつらには、死んでほしくねーからさ……」
「蒼……」
視線を逸らしたままの蒼の眼裏には、今誰の顔が浮かんでるんだろう。
……やっぱり、もう一度七凪さんから話を聞かせてもらわないとダメだな。
妊娠中の彼女の心を揺らしてしまうのは、……とても、申し訳ないけれど……。
隣に座るリンを見ると、青みがかった黒い瞳としっかり視線が合う。
リンと目が合うのは、俺にとってはいつもの事だ。
むしろ、リンを見た時に視線が合わないことの方が珍しい。
リンはいつでも俺をまっすぐ見つめているから。
しん、と静かになったリビングには、遠くで小さく鳴く鳥の声が届いている。
「あの……」と口を開いたのはセリクだった。
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