109 / 122
ロイスの気持ちがちょっと分かった
「もしよろしければ、僕にケイ様のお部屋にあるゲートの調査許可をいただけませんか?」
セリクは、おずおずと許可を願い出た。
ゲート……というとあの姿見だ。
毎日2回、7時と19時に光るだけの一見何の変哲もない鏡からも、何かわかるんだろうか。
……ん? そういえば今朝は光っているところを見ていないような気がするけど、時間が合わなかっただけか、気づかなかっただけか……。
いや、俺はもう向こうに戻る条件を満たしていないんだから、あの光が見えなくてもおかしくないのかも知れない。
「セリク、お前……」と小さく呟いたのは蒼だった。
俺を見上げたままじっと返事を待っているセリクの肩に、蒼の腕が回される。
そのまま蒼はセリクの耳元に口を寄せて、何か耳打ちする。
セリクは小さく瞬いてからコクコクと蒼に頷いた。
あれは……。
何かわかっても俺に言うより先に蒼に報告しろとか、そういう事かな?
なんて思っていたら、蒼は顔を離す直前にセリクの頬に口付けた。
途端にセリクの頬がほんのり染まる。
顔を離した蒼も、セリクを見つめたまま小さく口端を持ち上げて、何だか2人だけ甘い雰囲気になってしまった。
俺は苦笑を浮かべてしまわないように頬を引き締めながら、まだ蒼をうっとり見つめたままのセリクに答える。
「うん、いいよ。よろしく頼むね。部屋にはいつでも入っていいから」
「んー。むしろ兄ちゃんの鏡、オレの部屋に運んでいいか?」
ちょっとだけ考えてそう言った蒼に、俺は「いいよ」と頷く。
しばらく俺は玄関の姿見か、洗面台の鏡を使うことにしよう。
「それで、この七凪さんの話は咲希ちゃんと玲菜にも共有しておこうと思うんだけど、どうかな?」
俺の言葉に蒼は片眉を小さく上げた。
「玲菜はいいけど、咲希はまずくねーか? アイツちょっと単純だし『じゃあ助けに行かないと!』とか言って即フロウリアに突撃すんじゃね?」
「うーん……。それは……無いとは言い切れないな……」
咲希ちゃんはいい子だ。責任感も正義感もあるし、行動力もある。
けど、こういう状況ではそれが裏目に出てしまいそうでもある。
「玲菜にだけ伝えて、玲菜にも咲希には言わねーように言っとくのが無難だろうな」
蒼は指をピッと立ててそう言った。
「そうだね。そうするよ」
「んで、フロウリアの前は、あそこはなんて国だったんだ?」
蒼に視線を向けられて、リンが首を横に振る。
「聞いてなかった……」と俺が答えると、蒼が嫌そうな顔をする。
「そこは聞いとけよ。検索しようがねーだろ」
検索……。
そっか、フロウリアの前時代を知っている人がこちらにいないとは限らないのか。
相変わらず蒼は頭の回転がはやいなぁ。
「フロウリアコミュにいる1番召喚年の古い聖女って誰だ……?」
「さあ……聞いてみようか?」
俺が尋ねると、蒼は俺をチラと見てから、ポケットから出したばかりのスマホに視線を落とす。
「いや、その辺はオレがやる」
トトト、とスマホをタップする蒼の操作を、セリクが横から興味津々な顔で覗き込む。
それに気づいた蒼が、各操作や画面上のアイコンの説明を始める。
「……でもさ、先に言っとくけど、オレは兄ちゃんにはもう危ない場所には行ってほしくねーんだ」
蒼は画面を見たまま淡々と言う。
「できれば、他の人に任せてこっちで大人しくしててほしい」
「アオイ……」セリクが蒼の横顔をじっと見つめる。
「でも、んな事に兄ちゃんに言っても無駄だよなってのも分かってるから。オレもなるべく協力するし、なんでも話してほしい」
「……うん、ありがとう蒼」
蒼にはいつも、心配をかけたり迷惑をかけてばかりで、本当に悪いと思っている。
それなのに、いつもこうやって俺を助けてくれて……。
俺の事を俺以上に理解してくれている弟に、俺は胸の奥がジンと温かくなるのを感じる。
「ただ、さ……、セリクを貸せって言われたら……」
蒼の声が重くなって、その指が動きを止めた。
「言わないよ」
だってセリクは蒼の大事な人じゃないか。
「いや、本当に行くとしたら、セリクを連れてった方が何倍も、全員の生存率が上がる……。それは、分かってる……」
スマホを見つめる蒼の表情は、長めの前髪と眼鏡に隠されて見えない。
「……でもオレ、もうこいつが痛い目に遭うのは……嫌なんだよ……」
絞り出すような苦しげな声は、いつも飄々とした蒼にはあまりにも不似合いだった。
蒼のその気持ちは、俺にも分かるよ……。
リンを傷つけたくないと思う。
けれどリンは、俺がどう動いても必ず傍にいてくれるから。
俺が危ない事をしようとすれば、リンも危ない目に遭う。
リンや蒼達のことを思えば、俺は何もしないのが一番なんだけどさ……。
「アオイ……」と優しく囁いたのはセリクだ。
「僕はずっとアオイと一緒にいるよ。そのためにこっちにきたんだもん」
セリクは立ち上がって蒼の前に回ると、蒼の頭をそうっと胸に抱えた。
「たとえケイ様に誘われたとしても、僕はアオイを置いて勝手に行ったりしないよ」
蒼はセリクの背中に腕を回して、セリクをぎゅっと引き寄せる。
「……ん。そーだな……」
それから、2人は何やらヒソヒソと会話を交わして、互いに小さく笑い合う。
途端に、2人の周りに甘い空気が漂う。
セリクの背に回っていたはずの蒼の手は、いつの間にか下りてきてセリクの腰を撫で回しているし、もう片方の手はスマホを投げ出してセリクの頬を撫で始めている。
見つめ合う2人の視線は熱く絡み合っていて、こちらを気にする様子が微塵もない。
えっと……これって、俺2人を置いて部屋に戻ってもいいのかな。
それとも声をかけてから戻るべき?
声をかけるにしても、いつ?
どのタイミングなら声かけてもいいの……?
あの頃の聖女部屋ってずっとこの調子で2人が引っ付いてたのかな……。
そう思うと、死んだ目をして愚痴をこぼしていたロイスの気持ちがちょっと分かった。
どうしたものかな……と様子を見ているうちに、蒼の親指がセリクの唇を軽く押さえる。
するとセリクは頬をほんのりと染めた。
俺はなんだか見てはいけない瞬間を目にしてしまったような気がして、思わず視線を逸らす。
正直、蒼とセリクの力が借りたいと思う気持ちは強いけど、それでも……やっぱり、蒼とセリクにはこちらに残ってもらったほうがいいよね。
うちの親だって、息子が二人そろって消えたら心配だろうし。
状況を考えると、無事に帰ってくる保証もないしなぁ……。
リンにも……また辛い思いをさせてしまうだろうな……。
隣に視線を向けると、リンは青みがかった黒い瞳で俺を見つめていた。
その眼差しには気遣うような労わるような気配を感じる。
俺の事を心配してくれてるんだ……。
それに気づくと、心がじんわりと温まってくる。
大丈夫だよ。と視線で伝えて微笑むと、リンもぎこちなく小さな笑みを作って返してくれた。
ともだちにシェアしよう!

