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『聖女』の理由(*)
スマホが睡眠モードに切り替わって、オレはスマホから顔を上げた。
シンと静かな部屋には、セリクがペンを走らせる微かな音だけが続いている。
セリクはオレのシャーペンがいくらでも書けることに感動し、レポート用紙の紙がツルツルで全くペンが引っかからないことに感動していた。
……にしても根詰め過ぎだろ。
レポート用紙は、既に50枚近くがセリクの手によって埋められている。
100枚入りのを下ろしたばかりだったんだから、半分になってりゃそんくらいだよな。
「おいセリク、もう21時半だぞ。兄ちゃんに言われただろ」
「……あ……もうそんな時間……? わかった……一回寝る……」
セリクの声はずっと黙っていたせいか、それとも疲れからか、ヘロヘロだ。
セリクがデスクライトを消すと、部屋は窓の外から入るカーテン越しの街明かりのみの、ぼんやりとした薄闇に包まれた。
「一回じゃねーよ。朝まで寝ろ」
「……んー……」
セリクは目をシパシパと瞬かせながら、ベッドに仰向けていたオレの身体の上に、崩れるように倒れ込む。
「オレの上で寝る気なのかよ。こんなとこで寝れると思ってんのか?」
お前、今夜も襲われてーのかよ。
もう3夜続けてだぞ?
「アオイ……」
セリクはオレの肩口にスリスリと顔を擦り付けて、甘えた声で言った。
「僕、アオイの匂い……好き……」
すぅーっと静かな音を立てて、セリクが息を深く吸い込む。
はぁ……?
なんだそれ。オレの匂いを吸ってんのか、お前。
っ、なんなんだよ、可愛すぎんだろ!?
オレは思わずゴクリと喉を鳴らしてから、小さく首を振る。
流石に今日は、このまま寝かした方がいい。
何ならすぐに、強制的にでも、寝かしつけた方がいい。
オレがそう判断するほどに、オレを見つめたセリクの顔には余裕がなかった。
「ね、アオイ……しよ……?」
セリクがぎこちなく微笑む。
「……んでだよ。なんでお前はそんな辛そうな顔で、そんなこと言うんだ」
「え……僕そんな顔してる?」
セリクは意外そうな声で言うと、自分の頬を自分の両手で包んでもにもにと揉んでいる。
「何を考えてる。全部吐け」
オレは、セリクの黄緑がかった瞳を強く睨んで、低い声で言う。
「オレに隠し事できると思ってんのか……?」
オレの手首にはセリクの魔力入りの石が巻き付いている。
その気になれば、真偽魔法も睡眠魔法も使える。
もちろん、セリクを傷付ける魔法だって使うことができる。
セリクはどこか泣き出しそうな顔で、へにゃっと苦笑した。
「そんな脅かさなくても、アオイに隠し事なんてする気ないよ……」
セリクはオレに抱きついて、オレの耳元で言った。
「……僕の体で、仮説を検証したいんだ……」
「はぁ?」
「でも、これを言ったら、アオイが嫌な気分になるかなって思って……。だから、ちゃんと立証できるまで、できれば言いたくなかっただけなんだよ……」
「それはゲートに関することか?」
「そうと言えばそう、かな……」
遠回しな言葉に、オレはセリクの真意をはかりかねる。
顔を見て話したいと思いはするが、オレに顔を見せようとしないセリクは、既にいっぱいいっぱいなんだろうし……。
しゃーねーな。もうしばらくこのまま聞いてやるか。
オレは相槌の代わりに、セリクの背に腕を回してそっと撫でてやる。
「僕達のゲート利用の際にかかってる条件……つまり制限項目を上手いことかわして向こうに行くだけなら、そこに集中して解けば二日もあれば完全に書き換えできると思う」
「はぁ!?」
「こっち側からの入場の際に、一番外側にかかってる制御陣をいじるだけだから、正直簡単だよ」
こいつ、サラッと言いやがったな……。
「でも僕は……、それより先に完成させたい術式があるんだ」
はぁ? つまりこいつは今までその条件外しには着手せずに、別のことをしてたってことなのか。
正直ゲートの魔法陣は、セリクが書き写したそれをオレが見てもまるで意味不明すぎて、横から覗いたところでセリクが何をやってるのかサッパリわかんねーんだよな。
「僕は……元聖女がゲートを通る際に、もう一度聖女の体を作りたいんだ。ケイ様にもアオイにも、僕は絶対、死んでほしくないから……」
「セリク……。お前、そんな事考えてたのか……」
それが叶えば、オレと兄貴はある意味無敵じゃねーかよ。
原理は全然わかんねーけど、実際オレは向こうでは魔力が使える体に入ってたわけだしな。
「うん……、でもごめん。まだ僕……その生成領域がほとんど解読できてなくて……」
オレの肩口でセリクの声が揺れる。
横目でチラと覗くと、セリクは酷く悔しそうに顔を顰めていた。
「焦んなって。オレはいくらでも待つからさ」
オレはセリクの背をなだめるようにゆっくり撫でる。
「でも……、ケイ様が他の人から別の方法を聞いちゃったら、ケイ様きっとすぐ行っちゃうでしょ? だからそれより早く解かなきゃって思ったら、どうしても、焦っちゃって……」
……別の方法……?
そうか!!
咲希とか、行き来できる奴にひっついて、そいつのゲートから一緒に入ればいいのか!?
セリクは最初からそれに気づいてたのか……。
じゃあ兄ちゃんは……?
動きを止めたオレの顔を、ようやく体を離したセリクが見つめた。
「ねえ、アオイはなんで聖女は全員女性なんだと思う?」
セリクの黄緑がかったつぶらな瞳が、オレを必死で見つめている。
ああくそ、可愛いな……。
「そりゃあ……、『聖女』だからだろ?」
「じゃあ、なんで『聖女』じゃないとダメなんだと思う?」
「『聖女』じゃないと……?」
なんだ。何が言いたい?
「うん。男性には出来て、女性に出来ないことってなんだと思う?」
女性だけって話なら、妊娠とか出産が思い浮かぶけどな。男性にだけ……?
「つまりあれか。オレがお前にしたくてもできなかったこと。か」
「うん。多分、それをされると迷惑な人がいたんだ。だから聖女は全員、女性の姿で呼ばれたんだと思う……」
迷惑な奴……って誰だ。
それってもしかして、教会の奴らじゃなくて、オレが一度も会った事のないような立場の奴って事か……?
フロウリアが王政の国家なのかは知らねーけど、少なくとも2年間で国の重鎮っぽい奴に挨拶されたりしたことはなかった……よな?
……てことは、セリクが理解しかけているそれは、おそらくセリクの身を危うくさせる内容だ。
それをこいつが分かってしまったら、こいつはもう向こうに戻さない方がいい。
確信にも近い危機の予感に、オレの肌がジワリと粟立つ。
くそっ……。
頭の良すぎる奴ってのも厄介だな……。
「そんじゃ、こっちにきてからお前がオレに毎日ねだってたのは、その仮説を検証するためで、オレが欲しかったんじゃねーってことだな?」
オレはわざと論点をズラすと、セリクを半眼で見据える。
「えっ!?」
セリクはオレが思うよりも大きく動揺した。
さあっと顔色を変えるセリクに、オレは気を良くしつつも不機嫌な態度で続ける。
「ふぅん。よーくわかった……」
「ちょっと、アオイ!?」
オレはセリクを抱えたまま身体を入れ替えて、セリクの背をベッドに押し付けると上から両腕で囲い込む。
「ヤってやるよ。お前の研究のためにな」
感情を乗せない声で告げると、セリクはさらに慌てた。
「待って、そんなわけないじゃん! 僕はアオイが、本当に欲し――っんんっ」
必死で言い繕うセリクの口を、オレの口で覆う。
ったく、ほんと可愛いな。
こんなじたばた慌ててさ。
オレがこんくらいの事で腹を立てるとでも思ったのかよ。
いや……、思わなかったからこそ、オレが怒り出したのが想定外で慌ててんだよな?
顔を少しだけ離せば、セリクは戸惑いを浮かべたまま、オレに縋るような瞳を向けていた。
オレは愛しい想いを堪えきれずに、愛を滲ませた眼差しでセリクを見つめ返す。
「アオイ……」
セリクはオレが怒っていない事に気づくと、嬉しそうに微笑む。
ああ……本当に、可愛い奴だな……。
「たっぷり注いで欲しいんだろ……?」
囁きながらもう一度口づければ、セリクは小さく体を震わせる。
「ん……」
ゆっくり顔を離したセリクの瞳が、オレを求めるようにとろりと潤む。
「……アオイのが、いっぱい欲しいよ……」
オレは可愛いセリクの頬をそっと撫でる。
オレの手に頬をすり寄せて幸せそうに目を細めるセリクが可愛過ぎて、どうにもたまらない気分になる。
細い肩も愛しく撫でて、腕、腰と順に撫で下ろす。
肩は凝ってねーのか?
腕は書き過ぎで右腕だけパンパンじゃねーか。
「あんま無理ばっかすんなよ。お前が頑張ってんのは皆分かってんだからな。ほら、まずは疲労回復かけとけよ」
「うん」
「そのあとは洗浄な」
オレの言葉にセリクは破顔して「うんっ」と答える。
ったく、お前から誘っておいて、そんな無邪気な顔すんのは反則だろ。
オレはセリクの服を脱がしながら、欲を込めて囁く。
「そんじゃあ、可愛い恋人の期待にたーーーっぷり応えてやんねーとなぁ?」
「う……、またそんなこと言う……」
恥ずかしそうに視線を逸らしたセリクが、それでも耳まで朱に染めてしまう様が、たまらなく可愛い。
たっぷりヤんのはいいのに、可愛い恋人ってとこには照れんのかよ。
ったく可愛すぎんだろ。
露わになったセリクの肌に唇を落とせば、セリクがピクリと身体を震わせる。
「セリク……可愛いよ……」
舌先でセリクの鎖骨の窪みを辿ると、セリクは肩を揺らして白い喉をオレに晒す。
「も……、そんな恥ずかしい事、言わないでよぉ……っ」
言葉通りに、セリクの顔だけじゃなく首までもが羞恥で朱色に染まる様子がたまらない。
これってあれだろ?
身体への刺激じゃなくて、オレの言葉に反応してんだろ?
オレは体を起こすと、敢えてセリクに触れずにその顔を見つめた。
セリクはなんだか不思議そうな顔をして、オレをじっと見上げる。
次第にセリクの顔色が美しい白に戻ってゆくのをじっくりと観察して、それから囁いた。
「セリク、愛してる」
「っ!」
ボンッと音が聞こえそうなほどに、目の前で一気に茹で上がったセリクがたまらなく可愛い。
このままずっとずっと……、オレの部屋に永遠に閉じ込めておけたらいいのにな……。
オレはこの晩、セリクの回復魔法の力を借りて、セリクの求めにこれでもかというほど応じてやった。
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