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永久機関(*)

「壁はどんくらい持つ?」 「30分くらい」  オレはセリクを部屋に入れると部屋の鍵を閉めてから、眉を顰める。  このサムターン式の鍵では、向こうからも10円玉1つで開けられるんだよな……。  父さんの性格なら、息子に部屋の鍵を一つ閉められたくらいじゃ諦めねーだろーしな……。 「扉が開かなくなるような魔法ってなんかあるか?」 「固定化があるよ。扉にかけようか?」 「ああ、頼む」  廊下からは「分かった! 蒼だけでいい! まずは話を聞かせてくれ!」としつこく叫ぶ声が聞こえていたが、セリクに遮音魔法の強度を上げてもらうとそれも静かになった。 「今の人がアオイのお父さんなんだよね……? 僕、ご挨拶もちゃんとできなかったけど、いいのかなぁ……」 「あんな無礼な奴は放っとけ。悪いな、変な奴で」 「え、うん。えっと……びっくりしたけど、大丈夫だよ」  オレはコートを脱いで部屋のハンガーにかけてから、折り畳みのローテーブルを出して、買ってきた弁当と飲み物を並べる。 「そろそろ腹減ったろ。食うか?」  セリクに弁当を見せると、セリクは瞳を輝かせた。 「わぁ、なにこれすごいね」  やっぱり弁当は見たことなかったか。  向こうじゃ軽食と言えばパンとかサンドイッチみたいなもんばっかりだったからな。 「オレが気に入ってる弁当屋の弁当だ」 「へえ、これベントーっていうの?」  あ。これ箸しかねーな。  かといって、下にフォーク取りに行きたくねぇしなぁ……。 「セリク、箸使えそうか?」 「んー……まだちょっとだけど……刺して食べれば食べられるよ」  セリクはオレを励ますように笑う。  ああくそ、こんなとこで気を遣わせるつもりじゃねーのにな。 「じゃあオレが食わせてやるよ」  パキン、と割り箸を割って、オレはセリクの弁当を開いて構える。 「えっ!? いいいいいいよっっっ! 1人で食べられるからっ!」  なんかすげー『い』が多かったな。  なんだ、そんな恥ずかしいのか?  弁当から視線を上げれば、セリクは真っ赤な顔をしていた。  へぇ? そんな顔すんだ……?  口移しって言ってるわけでもねーのにな。  いや、こいつの場合エロいことには大体耐性があんだよな。  むしろエロくない甘い行為に弱いんだよ、セリクは。  オレは俄然やる気になった。  これは是非とも、恥ずかしがるセリクの口に突っ込んでやらねーとな。オレの手で。  オレは素早くセリクの右隣に陣取ると、逃げ出しそうなセリクの腰を左腕でガッチリ掴んだ。 「ここの唐揚げがうまいんだ。ほら、口開けろ」 「だっ、だから自分で食べられるからっ」 「その手をどけて、口を開けろ」  自分の口を手で塞ぐセリクの瞳を、力を込めて睨む。  セリクがビクリと肩を揺らす。  オレが無言のまま視線で抗議し続けると、セリクは渋々その手を下ろした。 「ぅ、ぅぅ……強引だよぉ……」  真っ赤になった半べそのセリクに、オレは弁当の具の解説をしつつ次々食わせてゆく。 「これはプチトマト。ミニトマトとも言うな。酸味が強いぞ。噛むと中から汁が飛び出すから気をつけて食えよ」 「ん……」  セリクが咀嚼している合間に、自分も弁当を口に運ぶ。  そういやオレもフロウリアでは、見た目で味がわかんねー食材が出た日には内心ハラハラしながら食ってたな。  兄貴の残した聖女用ノートに良く出る食材はザッと解説が書いてあったが、巡礼先のもてなし料理だと普通に見たことねーもんがゴロゴロ出てきたからな……。  セリクは最初「うまいか?」と尋ねても「恥ずかしすぎて味なんかわかんないよぅ」と真っ赤な顔をしていたが、次第に状況に慣れたのか、最後は具材や加工について質問までしつつ、オレの手で弁当を完食した。 「量は足りたか?」 「うん、美味しかった。……えと……、ありがとう、アオイ」  恥ずかしそうに俯いて、それでもオレを見上げて礼を告げるセリク。  それな、……その仕草、くっっそ可愛い上目遣いになってっから、狙ってねーならやめとけよ……?  しかし、恋人に飯食わせてやるっての、結構いいな。  オレの意のままに、好きなモンを好きな量だけ相手の口に突っ込んで、相手の反応をじっくり眺めて、そんでまた何を入れてやろうかって考えるのは思ったよりも楽しい時間だった。  ペットボトル飲料の蓋を開けて見せて、セリクにも1本開けさせて、直飲みで飲んで見せてからセリクの使っている学習デスクに1本置いてやる。 「集中すんのはいいけど、時々水分も取れよ」  オレの言葉にセリクは頷いてから、おずおずと尋ねた。 「その飲み方って、人に見られてもいいの? 行儀悪いって言われないの……?」  うんまあ、確かに……良く考えたら行儀悪いよな。  うちの国では今現在、大人も子どもも外でペットボトル飲料を直接飲むのが当たり前ではあるが、一昔前なら行儀の悪い行いだったんだろうな。 「こっちの世界では、これをこうやって飲むのは人前でも屋外でも許される。よっぽど偉い人の前じゃなきゃ大丈夫だ」 「そうなんだ……」とセリクは呟いて、ペットボトルの感触を確かめるようににぎにぎと握る。 「この素材、軽くて薄いのに丈夫ですごいね。こんなに透明で、こんなに均一に加工できるんだね」  ふぅん。セリクは材質そのものにも興味があんのか。  向こうにはそもそもプラスチックはなかったしな。  こいつに、もっとこっちのことを分かりやすく順序よく教えてやりてーな。  きっとセリクは知らない事を知る度に、こんな風に瞳をキラキラさせんだろうしな……。 「これなら零れなくていいね」なんて嬉しそうな顔をするセリクが実に可愛い。  その時、扉の外に気配を感じた。  あー……。障壁の効果が切れたか……。  つーかまだ粘ってたのかよ。  折り畳みのローテーブルを片付けながらオレはセリクに作業の続きを促した。 「セリクは作業に戻っていいぞ」 「あ、うん……」  セリクは机に向かうも、気になるのか振り返って扉をチラリと見る。  どうやら父はオレの部屋の戸を叩いているようだ。  多分何かせっせと訴えているんだろう。  遮音魔法のおかげで音は聞こえないが、気配がちょっと……分かるんだよな……。  ったく、そろそろ諦めてくれよ……。  オレが見れば、セリクはもう一度扉を振り返っていた。  あー……、これはセリクに不要な心配させてんな。  椅子に座るセリクの隣まで行くと、オレはセリクのふわふわのプラチナブロンドを優しく撫でた。 「大丈夫だ。兄ちゃんとディアが帰ってきたらオレらの代わりに質問攻めに遭ってくれっから。父さんは変な奴だが悪い奴じゃないし、オレとの仲も悪くねーよ」  ただ、今はオレが、セリクに勝手に触れた父の顔を見たくないだけだ。  こんな子どもじみた理由を口にする気はさらさらないが。  うかがうような視線でオレを見上げるセリク。  黄緑色がかった瞳からは、そうなのかな、大丈夫なのかな……とまだ少しだけ不安がのぞいている。  オレは屈んで、セリクの髪に額に目元に頬に唇を落とす。  優しく撫でるように愛を込めて口付ければ、セリクの細い肩から緊張が抜けた。 「お前が心配するような事は一切ねーから。分かったら作業に戻れ。急いでんだろ?」 「うん……。ありがとう、アオイ」  淡く微笑んで感謝を告げるセリクの頬を撫でると、セリクはオレの手に手を重ねた。  お。  よしよし、ちゃんとセリクからも、触れたい時にオレに触れるようになってきてんな。 「いい子だ」  ニッと笑って褒めてやれば、セリクはとろんとした顔でオレに見惚れる。  ……本当に可愛い奴だな。  オレの中で、さっき使った聖力がまたじわりと回復する。  セリクに弁当食わして、こうやってセリクに触れて、もうこれで障壁2枚分と浄化分は取り戻したな。  オレは兄ちゃんのような聖人君子には程遠いから、聖力の総量が少ない。  けど、こんな風にセリクと一緒にいれば、回復は容易だった。  昨夜もこいつが『もういい』って言うまで聖力を体液に混ぜ込んで注いでやったけど、可愛いこいつを見てれば、聖力に関してはマジで永久機関だったからな。  むしろこいつでも『もういい』なんて言うことがあるんだな。とそっちの方が意外ではあった。  正確には『もういい』じゃなくて『もうダメ』だったけどな。  しかも尽きたのは体力でも魔力でもなく、精神力だったしな。 「もう僕……、これ以上アオイに愛されたら、僕が溶けて消えちゃいそうだから、もうダメ……、今日は、ここまでにして……」  ……ってさ、ふにゃふにゃの蕩けた顔で言うんだよ。  くっっっそ可愛過ぎんだろ。 「お腹たぷたぷになっちゃった……」と腹に手を当てていたセリクを思い出してしまうと、つい下半身に熱が集まりそうになって、オレはセリクから目を逸らす。  オレに見惚れていたセリクも、それでようやくハッと我に返って机に向き直っていた。

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