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暇だな

「暇だな」  もう何度目になるか分からないカラサディオのその言葉に、ダリスガンドはため息をついた。 「……でしたら町に戻りましょう」 「それはダメだ。私は彼女にここで待つと言ったのだから」 「でしたら、ここで黙ってお待ちください」  ダリスガンドが言うと、カラサディオは「うぐ……」と小さく呻いて黙った。  素直な主人の様子に、ダリスガンドは上がってしまいそうな口端を引き締める。  だが、しばらくするとまたカラサディオは口を開いた。 「やはりあの時に加護をもらっておくべきだったな。そうすればミノル様の馬車の隣まで行けただろうに。きっと彼女も騎士が戻るまで暇をもてあましているだろう」  そうだろうか?  あの聖女はいつ見ても忙しそうにしている。  おそらくあの教会で暇を持て余していたのは主人だけ……いや、主人と司祭くらいだったのだろう。 「大事な浄化の前なのですから、聖女様には心穏やかにお過ごしいただくべきではございませんか?」  そう言ったのは侍女のリサだった。  その通りだと、私も思う。 「……暇だな」  カラサディオの言葉に返事を返す者はなかった。  ただただ道の脇で聖女達の帰りを待つ我々の元に音もなく姿を現したのは、紺色の長い髪を一つに束ね全身を黒装束に包んだ細身の男だった。  諜報活動を主に行うこの男は、ダリスガンド程ではないもののカラサディオに長く仕えている。 「聖女が森で広範囲を浄化を行なったようです。森の入り口一帯の瘴気が薄まり、森の入り口までは安全に近づけるようになりました」 「おおそうか! ブラウご苦労、下がってよいぞ」  ブラウと呼ばれた男が一礼して姿を消す。  まったく余計な情報を……。  案の定、主人は意気揚々と馬車を降りると声を張り上げた。 「森の入り口まで浄化が済んだとの知らせを得た! これより我が隊は森の入り口へと向かう! 皆の者! 旅立ちの準備をせよ!」  カラサディオのよく響く声に、私兵達が慌ただしく支度を始めた。  しかし、全員でぞろぞろガタゴトと移動してようやく森の入り口に辿り着いてみれば、そこに残された馬車に聖女の姿は無かった。  馬車に残った御者に尋ねると「聖女様は騎士様方と森に入られました」と答えた。 「なんだと……? あんな可憐で儚い彼女が魔物の出る森に……?」  両手を戦慄かせるカラサディオの言葉にダリスガンドは内心首を傾げる。  果たして本当にあの聖女は可憐で儚いだろうか?  確かに見た目だけならそうかも知れないが、彼女の行動はいつも力強く、その瞳にはハッキリとした意志が宿っているように思う。 「どうしてそんな危険なことをさせたんだ! 浄化をするにしても、まずは戦闘が落ち着いてから森に向かわせるべきだろう!」  罪のない御者に掴み掛かりそうな勢いの主人を、ダリスガンドはなんとか宥めて御者に仕草で謝罪する。 「いえその、我々も騎士団長様も皆でお止めしたんですが、聖女様が強く望まれたんです。騎士達が怪我をしたらすぐに治してあげたいのだとおっしゃって……」 「……それは、真実なのか……?」  主人は、まるで信じられないという顔で尋ねた。  私ですら耳を疑うような言葉だった。  そんな事が本当にありえるのだろうか。  治癒術師ですらこうして森の外に待機しているというのに。  魔物にやられたばかりの血まみれの騎士を前にして、彼女は心乱すことなく冷静に治癒術を行使する事ができるというのか……?  魔物がいつ襲いかかるか分からないような森の中で……? 「ああ……それはきっと……彼女は本当の戦いを知らないからだろうな……」  主人が青紫色の瞳を伏せながら零した呟きに、こればかりは私も同意する。  御者も確かにと頷いており、我々は聖女の無事を祈りながら、仕方なくそれぞれの馬車へと戻った。  聖女達が森に入ってから、もう4時間が経とうとしている。  しかし森から出てきた者はまだ1人もいないらしい。  ……まさか全滅しているのではないだろうか。  動けない聖女を守ろうとして……。  そんな最悪の場面を想像してしまった私の隣で、主人はまるで良い事を思いついたという顔で口を開いた。 「ああ……彼女はきっと、初めての戦闘で怖い思いをして戻るだろう。彼女を守って散った騎士に深く心痛めているかも知れない……。そんな傷付いた彼女の心を、私が甘く優しく慰めてやれば……」  ……それは、慰める相手が生きていた場合の話だな。  私はそう思ったが、口にはしなかった。  私の父は今でこそ王国近衛騎士として王の専属護衛を務めているが、それ以前は聖女の護衛騎士だった。  父は、その剣の腕一つで城に引き抜かれ専属護衛へと抜擢された、本当に強い人だ。  その父が。  私がまだ一度も剣で勝てたことのないあの父が。  この国で一番強いのは、聖女様をお守りする護衛騎士団だと豪語するのを私は何度も聞いている。  酒が入って機嫌が良くなると、父はいつも護衛騎士団時代の武勇伝を話すからだ。  あの父がそんなに称える者達なら、たとえ不利な状況でも、聖女を守りここへ帰還するのではないだろうか。  私はそんな淡い期待を抱きながら、いまだ静かな森の入り口を馬車の窓越しに見つめる。 「うむうむ、これは間違いないな。傷心の彼女を優しく慰めたなら、彼女に急接近できるに違いない」  赤髪に所々青が入った三つ編みを揺らしながら納得顔で頷く主人の様子に、私は口を開いた。 「お気づきだったんですね」 「ん? 何がだ?」 「聖女様にろくに接近できていない事実にです」  カラサディオは私の言葉に青紫色の瞳を泳がせる。  そんな素直で可愛らしい顔は私の前でだけにしてほしいものだ。  最初はあんなに舞い上がっていたカラサディオだが、どうやら聖女との距離が初対面からほとんど縮まっていないという事には気づいていたようだ。  これまで、カラサディオには生まれつきの容姿と家柄が揃っており、何もせずとも女性が向こうから寄ってきていた。  そこに元来の優しく人を優先する性格が重なれば、いくらでもモテる男が完成していたわけだ。  しかし、自分に元から気がある相手を落とすのと、その気がまるでない相手を落とすのとでは、そもそもスタートラインが全く違っている。  だが、少なくとも、主人が自身でそれに気づいていた事は評価したい。  ダリスガンドはそんな風に思いながら、まだ静かな森の入口をもう一度見つめた。  ***  俺は、すっかり満タンになった聖力で、森中の魔物を一匹残らず探知し駆逐した上で、森とその周囲一帯の浄化を完璧に終えた。  団長さんも、まさか一日でここまで完全に浄化が終わるとは思っていなかったらしく、空いた口が塞がらないという顔をしていた。  驚かせちゃってごめんね。  これはほら、慣れもあるからさ。  えっと、他の聖女さんはここまでできないので、来年の巡礼スケジュールに今回の成果を反映するのはやめておいてね……?  俺がこっそり言うと、団長さんは「当然です」と複雑な顔で答えた。 「今日で森は全部浄化できたので、明日は街の方をちょっと詳しく回らせてもらってもいいですか?」  俺は町に立つ結界柱を浄化してクロイスに触れてもらうために、当初の予定と少し違う警備配置を提案する。  団長さんは少し考えてから、頷いた。 「分かりました、聖女様の仰る通りに警護班を配置いたします」 「色々口を出してしまってすみません」 「構いませんよ、聖女様をお支えしお守りするのが我々の仕事ですから」  今年の団長さんが柔軟な方でよかった、と俺は胸を撫でおろす。 「しかし、聖女様のお力でしたら、2日かけて念入りに町を回ったところで1日は余ってしまいそうですね」 「そうですね。予定より早く行っても受け入れる村が困っちゃいますしね」  俺の言葉に団長さんはニッと笑って言う。 「その場合は1日休暇としましょう」  途端、後ろから野太い喜びの声が一斉に上がる。  ちょっとちょっと、皆喜ぶのが早いよ。  2日で町の浄化が全部終わるか分かんないのに……っていうか、この声は2日で絶対終わらせろって意味……?  焦る俺に、団長さんは余裕たっぷりの笑みで言った。 「この森が1日で済む聖女様なら、町は2日もかかりませんよ」  そうかなぁ?  そうだといいけど……。  俺は、急な休日に何をして過ごそうかと盛り上がる騎士達の間を抜けて4班の元に戻る。  もう森の中は魔物も消えたし、このまま団長さん達と先頭を歩いても良かったんだけど、なんとなく共に戦った皆と帰りたかったから。 「あれ、聖女様戻ってきたんスね」  ヒアッカが、きょとんとした顔で俺に言う。 「うん、皆と一緒に帰りたかったから……、ダメだった?」 「ダメな訳ないじゃないスか! 大歓迎っス!!」 「ありがとう、ヒアッカ」  ヒアッカがニカッと笑って答える。  この人懐こい笑顔は彼の魅力だよね。 「くうっ。聖女様が可愛い……。ちゃんと元の姿を知ってるのに、それでも可愛く見えるのはどうしてなんですかね?」  少し後ろではドルーグがなぜか頭を抱えている。 「私も聖女様とご一緒できて光栄です!」 「私もです」 「ありがとう、あ、2人の名前を聞いてもいいかな?」  4班の20代くらいの2人の騎士さんは、それぞれ青髪を刈り上げた爽やかな人がカイル、薄茶色の髪を後ろで括ってる優しそうなタレ目の人がフォーンと言うらしい。 「カイルとフォーンだね。これからもよろしくね」 「「はいっ」」  俺達はワイワイと雑談しながら森の入り口へと向かう。  何だろうこの感じ。  お祭りの帰り道とか、映画を見た帰りとか、あ、本番の後もこんな感じだな。  終わって、スッキリして。  でももうちょっとだけ余韻に浸っていたい、みたいな、そんなちょっぴり名残惜しい気分。  誰も死ななくてよかったね、皆本当にお疲れ様。  また次の討伐も頑張ろうね。  そんな思いで俺達は歩く。 「ヒアッカも大分陣形を保てるようになったね。大進歩だよ」 「うっス!」  ニカッと笑うヒアッカの笑顔が、透き通る空気の森に眩しく輝く。 「まだまだですけどねぇ」 「聖女様のおかげです」 「団長の言うことすらろくに聞かない奴ですから」  ドルーグとフォーンとカイルも、そうは言いつつ良い顔をしていた。 「クロイスも今日一日で随分動きが良くなったよね」 「本当ですか、ありがとうございますっ。ケイト様のおかげですっ」  嬉しそうに微笑むクロイスも、木漏れ日にロイス譲りの金髪と碧眼がキラキラしている。 「あはは、俺は何にもしてないよ、クロイスが頑張ったからだよ」 「いいえっ、ケイト様のおかげです」  そうかなぁ?  俺は本当にクロイスには何にもしてないんだけど……。  俺の呟きに、4班の皆が俺のおかげだと口を揃えて言うので、俺は苦笑した。

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