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推し色は青です
宿に戻って、アンナの淹れてくれたお茶でくつろいでいると、部屋の扉の前に座ったヒアッカが声をかけてきた。
「聖女様は、なんであのヘラヘラした男に気ぃ遣うんスか」
たまたまだけど、今日の日中の部屋番は4班なんだよね。
朝からドルーグとクロイスが部屋に来てくれた時は、ヒアッカは部屋のドアの外に立っていたらしい。
ただ、今日は日中の戦闘も長かったので10代の2人はせめて座っていられるようにと室内担当のドルーグがヒアッカと変わってくれたようだ。
「あの人は教会の大事なお客さんだからね、失礼な事はできないんだよ」
「はぁー。全くあの司祭のおっさんもロクなことしねーな」
そう言ってため息をつくヒアッカに、同じく部屋番をしているクロイスがコクコクと頷いている。
「さっきはありがとう。4班の皆が側にいてくれて心強かったよ」
「つっても俺ら何もできなかったスけどね」
ヒアッカの言葉に、クロイスがしょんぼりした顔でコクリとひとつ頷く。
「ううん、いっぱい勇気をもらえたよ」
俺が感謝を込めて2人に言うと、ヒアッカはニッとイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「つーか、聖女様あの顔にめっちゃ弱いっスよね」
「う……。分かる……?」
「モロバレっス。あの男がキラーンッて笑う度に真っ赤になってんじゃないスか」
「わあああ、言わないでぇぇぇぇ……」
俺が自分の情けなさにどうしようもなくなって顔を覆うと、背後でリンの気配がヒヤリと冷たくなった。
「つか、聖女様があの顔に弱いのって、兄さんと同じ顔だからっスよね?」
「う、うん……」
そうは言っても、別人なのに……。
別の人だってわかってるのに、似てるってだけでこんな風に反応してしまうのは、正直リンにも申し訳なくて……。
「っはー……。兄さんめっちゃ愛されてんスね……」
ヒアッカはそう言って、眩しそうにリンを見上げた。
振り返ると、リンは驚いた顔でヒアッカを見返している。
「だってそーっスよね? あの男ってヘラヘラベタベタしてきて絶対聖女様のタイプじゃないのに、それでも兄さんと同じ顔ってだけで、あんなに真っ赤になっちゃうんスから」
「……」
リンが大きく息を吸った音だけが聞こえる。
「聖女様はあれッスね。兄さん好きすぎてそのうち青い色見るだけで顔赤くなっちゃうんじゃないスか」
「そ、そこまではいかないよ………………多分…………」
ヒアッカは、ブハッと吹き出すと「全っ然自信ないじゃないっスか!」と腹を抱えてゲラゲラ笑った。
「ケイト様……」
後ろから聞こえた声には熱が滲んでいて、俺は恐る恐る振り返る。
宿について兜を脱いでいたリンが俺を見下ろすと、彼の青い髪がさらりと揺れる。
その奥から、深い青の瞳がじっと俺を見つめていた。
「……そうなのですか?」
うっ。
そ……、そう、だけど……。
その……、わざわざ確認されると、恥ずかしいと言いますか……。
じっと俺の答えを待ち続けるリンに、首を振るわけにもいかなくて、俺は大人しく頷いた。
青い瞳が見開かれて、それからゆっくり細められる。
「そうですか……。それでは、これからはケイト様があの男に見惚れている時には、あの男を通して私を見ているのだと思うことにします」
いや、そ……。
う……?
そう、なのかな……?
んん……? そうなのかも……??
うーん……?
まあいいか。それでリンが心穏やかでいられるなら。
「そうしてもらえると、助かります……」
俺はそう答えて苦笑した。
俺としては、できれば、カディーには反応しないでいられるようになりたいんだけどね。
だって、何だか無駄に気を持たせてしまうみたいで、相手にも悪いし……。
「結局、聖女様と兄さんってデキてんスか?」
ひとしきり笑い転げたヒアッカが、目尻に滲んだ涙を擦りつつ尋ねる。
今更聞くんだ……? と思いながらも俺が頷くと、ヒアッカは満足そうに笑った。
「いいっスね! 最強カップルって感じっス!」
「最強って……」
俺は別に強さを目指してはいないけど……?
ヒアッカの言葉にはクロイスにアンナまで頷いている。
というかここまでアンナが口を挟んでこないことに、俺は内心ちょっとだけ感動している。
これは侍女の自分が口を挟むべき会話ではない。と判断できているのは偉い。
俺はそっと視線でアンナを褒める。
「聖女様はめっちゃ強いんで、俺、そんじょそこらの奴じゃ釣り合わねーなと思ってたんスけど、兄さんめっっっちゃめちゃ強いじゃないスか! あんなドデカい魔物を一閃でズバーーーーーーっスよ!?」
どうもあの一戦から、ヒアッカを含む騎士団の皆さんがリンを見る目が変わったんだよね。
団長さんやドルーグといった熟練の皆さんが一目置いてくれるようになったのは嬉しい。
若い騎士の中にはヒアッカのようなキラキラとした憧れの瞳を向けてくる者もいる。
「俺、兄さんになら聖女様を任せられるって思うっス!」
ビシッと親指を立てて拳を突き出したヒアッカに、俺の後ろでリンが苦笑する。
「ああ、任せてくれ」
リンがとても頼もしい笑みでヒアッカに答えるのを見てしまった俺は、やっぱり顔を真っ赤にしてしまうのだった……。
***
宿の部屋に戻ったカラサディオは、もう何度目になるか分からないため息を長々と吐き出した。
「なあダリス、ミノル様は今頃どうしていると思う?」
ダリスガンドは、それを私に聞くのか、と内心苛立ちながらも口を開く。
「あれだけの術の行使後です、おそらくもう休んでいるのではないでしょうか」
「リサはどう思う?」
「私もダリスガンド様と同意見です。聖女様のお力は私にはよくわかりませんが、お話を聞く限りは倒れてもおかしくない程のお働きをなさったようですし……」
「そうか……。そうだろうか……? もしかしたら、今頃は恐怖に震えておひとりで泣いているのではないだろうか……?」
なぜそうなる。
彼女は、やり遂げた男達と同じ晴れやかな顔をして森から出てきたではないか。
それに彼女の後ろに常に立つあの男……。
カラサディオと同じ顔をしたあの男を、彼女は非常に信頼している。
おそらく彼女がカラサディオの顔に度々見惚れるのは、単にあの男と同じ顔だからなのだろう。
「……私の見立てでは、彼女が涙する事があったとしても、おひとりではないと思いますが……」
私の呟きに、リサも同意する。
「私の見立てでもそうですね」
カラサディオは青紫色の瞳を半分にして、不服そうに私とリサを睨む。
拗ねたような顔が可愛い。
「何なんだお前達、知っていることがあるならさっさと言え」
私とリサは視線を交わす。
『任せた』と視線で伝えれば、リサが頷いて口を開いた。
「これは私の推測ですが、ミノル様は、あの護衛と恋仲なのではないでしょうか?」
やはり私と同じことを感じていたらしいリサの言葉に、しかし、カラサディオは笑って大きく首を振る。
「ハハハ、そんなまさか、それはあり得ないさ。護衛が聖女に手を出せるはずがないだろう?」
まるで取り合う気のなさそうな彼の態度に、私とリサはもう一度だけ視線を交わしてから口を噤んだ。
もうすぐあの護衛についての調査結果が届く、対策を考えるのはそれからだ。
あの護衛についてリディアナ妃に問い合わせた内容は、教会から城に届くまでにそれなりの時間がかかっているはずだ。
その上でリディアナ妃がルクレイン家に問い合わせ、そこから帰ってきた返事をさらにリディアナ妃の元から旅先の我々まで届けるとなると、ある程度時間がかかる事はわかっていた。
彼は一体何者なのか。
少なくとも腕はかなり立つようだと、今日、互いの主人の後ろで相対して感じた。
もし、私の主人がうっかりあの聖女を傷つけてしまった場合、果たして私で彼を抑えることはできるのだろうか。
私にも、彼らのように思い切り剣を振れる場所があればいいのに。
これでは腕がなまってしまう。
この任務についてからというもの、主人から片時も目が離せない状況が続いている。
ダリスガンドは、毎日の鍛錬すらもままならない日々に、剣の柄を強く握り締めた。
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