174 / 185
ルームメイト
「そうですね……治療院や孤児院への慰問が予定されている町もありますが……」
でもそれは、日程に組まれている所へは事前に訪問許可がとってあるわけだよね。
「急に押しかけてはご迷惑にならないでしょうか」
「……仰る通りですね」
うーーーん。と考える俺に、クロイスがそっと声をかける。
「お休みとおっしゃっても、聖女様は明後日はカディー様とのお約束があるんですから、半分はお仕事のようなものではありませんか」
俺は休日の半分も彼に使うつもりはないけどね。
クロイスの言葉に「確かに」と団長さんまで納得しているけど、俺は半分も使うつもりはないからねっ!?
「でしたら、明日くらいは1日ゆっくり、聖女様のお好きな事をして過ごされるのはいかがでしょうか?」
「クロイスの言うように、それがよろしいでしょう。明日は聖女様の護衛を務める者以外は町の外で対襲撃訓練をさせますので」
騎士達は2連休にはならないぞと宣言されて、後ろの方で騎士達のがっかりした気配がしたけど、俺の周りを囲む6班の人達は訓練へのやる気を見せていた。
……もしかして、対襲撃訓練って、襲われやすい俺のためにかな……?
じゃあ明日は俺がずっと部屋に篭ってれば、部屋番の班以外は全員訓練参加になるんだろうか?
「それじゃあ私は、明日は1日部屋で聖球を作っておきますね」
にっこり笑顔で言った俺に、クロイスが慌てて突っ込んだ。
「それはお休みじゃないですっ!」
「ぇえ……、でも、まだ聖球作りのノルマが終わってないから……」
俺が困った顔で言うと、クロイスも団長さんも周りの皆も何とも言えない顔になる。
どうやら巡礼に行く聖女で、聖球作りのノルマまで抱えているのは俺が初めてのパターンらしい。
確かにあの司祭も元聖女にしかこの仕事は振ってなかったみたいだからね。
これは、俺が実力を十二分にアピールしてしまったがための弊害だなぁ。
もうちょっと控えめにしておけばよかった。
できればこの巡礼が終わるまでに残りの150個を作り終えておきたいんだよね。
帰ってからゆっくり……なんて言ってたら、きっと父さんに予定を崩されてしまうだろうから……。
なんだかんだと巡礼参加が決まってからは準備もあったりで、あんまり数が増やせてないんだ。
この聖球の行方も気になるとこだよね……。
聖球の寄付先がこの町にもあればぜひ行くとこだったんだけど、残念な事に寄付先のリストにこの町は入っていない。
主にキリアダン側に近い、教会から離れた地域ばかりだ。
確かに魔物の被害を受けがちなのはその辺りの地域なので不自然ではないんだけど、教会から離れているせいで査察に向かうこともできず実態が掴みきれていないと漏らしたケヴィンスさんの言葉を思うと、そういう理由も含んでそうな気がするんだよな……。
あーあ、分からないことばっかりだ。
少なくとも、明後日のカディーとの話で彼の目的だけでも掴めればいいんだけどな。
そんな、スッキリしない気分で宿に戻った俺の元へ、夕食後にやってきたのはアークとヒアッカだった。
ノックの音に対応に出たアンナが「ヒアッカ様と……騎士の方です」と伝える。
うん。アンナは次に護衛騎士さん達の顔と名前を全員覚えようか。
教会に戻ったら、聖騎士さん達もね。
取り次ぎ業務の多い侍女さんや侍従さんは、勤務先の人達の顔と名前くらいは覚えていたほうがいいだろうからね。
俺はアンナに言って2人を部屋に招き入れる。
「2人ともどうしたの?」
今日の部屋番は4班でも6班でもないし。
そう思って尋ねた俺に「その……実は……」と躊躇いがち口を開いたのはアークだった。
話によると、アークにはこの町に親族がいて、叔父が児童学習院を経営しているらしい。
孤児院ではなく、日中仕事中の親に代わって子ども達の面倒を見ている場所で、つまりは保育園や学童のような物なのかなと理解する。
フロウリアでは一般庶民に義務教育課程がない分、そういったところで読み書きを教わる子ども達が多いのだそうだ。
アークは今日の任務終了後、空いた時間でその叔父の所を訪ねた際に、俺の話をしたらしい。
そこで「もし明日聖女様にお時間があるならぜひきていただきたい」と猛烈にアピールされてしまったという話だ。
そこまでで、今度はヒアッカが口を開く。
「けどこいつ、そんなの聖女様にお願いすんのは悪いって、聖女様はお忙しいのにとか、ゆっくり休んでいただきたいとか言うばっかりで、全然聖女様のとこに話しに行こうとしねーから、俺が連れて来たんスよ」
確かに。部屋に入ってきた時の2人は、今にも逃げ出しそうなアークの首根っこをヒアッカが掴んでいたようだった。
「別に聖女様が面倒なら却下してもらえばいーんスけど、黙ったままにしようっつーのはなんか嫌じゃないスか」
そう言って唇を尖らせるヒアッカは、やはりいつでも自分の考えに素直に動く人なんだよな。
「ヒアッカはアークと仲がいいの?」
「んー? 特別仲良しってこともないっスけど、宿舎が同じ部屋だし、歳も近いんで結構話はするっスね」
言いながらヒアッカはアークの肩に腕を回してぐいと体重をかけて引っ張った。
なるほど。この2人はルームメイトなのか。
「おい、やめろって、聖女様の前で失礼だぞ!」
「アークの方が失礼だろ? 俺は聞いたぞー? アークが聖女様に告白したって」
「はぁ!? 誰が言いふらしてんだよっ!!」
「多分もう皆知ってるって、アークが白昼堂々聖女様に愛の告白をして、護衛の兄さんにめっちゃ睨まれたって」
「そ、そんな睨まれてねーし……」
「いや睨まれてんだろ、今もめっちゃ睨んでんじゃん」
2人の会話に俺は後ろを振り返る。
兜を外したリンは俺と目が合うと小さく微笑んだ。
気配からして、リンはアークの事はそれほど気にしてなさそうだなぁ。
リンって、小さい子とか後輩にちょっと甘めなとこあるよね?
あれ、でもクロイスには最初ちょっと威嚇してたけど、どこが違うんだろう。
「リンは真顔の目つきが鋭いだけだから、そんなに警戒しなくて大丈夫だよ」
俺がそう言って笑うと、皆は微妙な顔をした。
うん?
リンって元々、普段は無表情な人だよね?
シヴァルとかラドムみたいな感じで……。
「そんで、聖女様はどうするんスか?」
俺はアークの持ってきてくれた誘いにありがたく乗ることにして、明日の出発時間の候補を3つ出す。
アークはすごく恐縮していたけど「俺もそういう施設は見たことがなかったから楽しみだよ」と言うと、ようやくホッとした顔を見せてくれた。
「ありがとうございます!」と頭を下げまくったアークは、すぐ団長に明日の俺の予定変更を伝えてくると言って部屋を出た。
来た時とは逆に、今度はアークの方が、まだここでダラダラしたいというヒアッカの首根っこを掴んで出ていくという図だった。
これでひとまず、カディーにも1日部屋に篭っていたと思われずにすみそうだな。
アークも喜んでくれたみたいでよかった。
俺はアンナの入れてくれたお茶を飲みながら、これを飲み終えたら、今夜のうちになるべくたくさん聖球を作っておこうと思った。
***
町を夜の闇が包む。
カラサディオの部屋ではカラサディオが机に向かい、明後日のお茶をどこで飲もうかと数種の茶屋の案内を見比べては思案していた。
その勤勉さを、もう少し勉学にも向けてほしいものだ。
ダリスガンドはそんな事を考えながら彼の背を眺めていた。
ふと窓の外に黒い影の気配がして、ダリスガンドは窓を開ける。
音を立てないよう慎重に開けた窓からは、これまた音一つ立てずに黒尽くめの細身の男が入ってきた。
長い紺の髪が男の後を追うように揺れるのを見ながら、こんなに長い髪では仕事の邪魔にならないのだろうか、と余計な心配をする。
「これを」
ごく小さな声で囁かれ、ダリスガンドはブラウが差し出す報告書を受け取り、袖の中へ隠す。
「カラサディオ様、ご報告があります」
声をかけられてようやくカラサディオはブラウが部屋にいる事に気づいたようだ。
「うおっ!? いつもながら、ブラウは神出鬼没だな。どうした?」
別に降って湧いたわけではない。
貴方が気づかなかっただけで、私が開けた窓から入ってきただけだ。
ダリスガンドはそう思いながらも黙って部屋の隅に控える。
ダリスガンドとカラサディオの間にそっとリサが入ってきたので、ダリスガンドは心の中で礼を告げつつ、彼女の陰で受け取ったばかりの報告書に目を通した。
「明日、聖女は少数の騎士と共に学習院へ慰問に行くようです」
「ふむ、学習院? そんな予定はあっただろうか?」
「いえ急な予定変更のようです。4日間の日程で組まれていたこの町での浄化を聖女は2日で行いました」
「なんと……、ミノル様はそれほどまでに優秀な聖女だということか」
カラサディオはなぜか自分の事のように得意げな顔をする。
ダリスガンドは報告書に書かれていた予想通りの内容と、予想していなかった内容の二つを飲み込むと、書類を内ポケットにしまった。
「それで、彼女が向かう学習院の調べはついているんだな?」
「はい」
「おお、流石ブラウは抜かりないな。御者に伝えておけ、明日は私も行こう。ただし後からこっそりとな、同行すると言っては遠慮深い彼女に遠慮されてしまうかもしれないからな」
それは遠慮ではなく、普通に嫌がられているんだろう。
しかし、カラサディオも申し出を断られる可能性が高いとわかっているだけ最初よりはマシか。
頭を下げたブラウに「下がってよい」と答えて、カラサディオは三つ編みを揺らすと青紫色の瞳を満足気に細めた。
どうやら明日聖女に会える事が嬉しいようだが、それはデートではない、尾行だ。
これ以上聖女から嫌われない為にも、ここは止めるべきだろうか。
全く。ブラウのもたらす情報にも困ったものだ。
今後はカラサディオに直接伝えず私を通すよう言っておく必要があるな……。
チラとリサの様子を見れば、小さく眉を顰める仕草で、困ったものだと同意を示す。
本当に困ったものだな……。
ダリスガンドは報告書にあった予想外の内容をもう一度胸の中に浮かべて、果たしてこれをどのタイミングでカラサディオに伝えたものかと思案した。
ともだちにシェアしよう!

