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褒められたがりの諜報員
学習院に向かう聖女達の馬車は、学習院のある区画の一つ手前で止められる予定らしい。
そこから先は道幅が狭くなるので、聖女達はそこから徒歩で向かうとの事だ。
そんな情報を持ってきたのは、いつものブラウだった。
主人のカラサディオがまだブラウの登場に気づかぬうちに、ダリスガンドはブラウを捕まえて隣の部屋に引き込んだ。
「おいブラウ。お前の情報は直接カラサディオ様に伝えるには問題のある内容が多すぎる。もう少し考えろ」
「はー? オイラ考えんの担当じゃねーし。それはダリスの仕事だろ?」
「だから言ってるんだ。今後、お前が得た情報は私を通して渡すようにしろ」
ダリスガンドの言葉に、細身の男は不機嫌そうに唇を尖らせた。
「んだよ、ダリスだけがいいとこ取ろうっての? 危ねぇ目に遭うのはオイラなのに? ダリスだけが褒められようっての?」
ダリスガンドは、褒められたがりの諜報員に内心頭を抱えつつも口を開く。
「そうではない。それに情報が有用なときは私がお前を褒めてやる」
「うぇえ? ダリスは口だけじゃん、お前に褒められても全然嬉しくねぇんだよ。それにさぁ、それじゃあカラサディオ様がご機嫌斜めになるんじゃねぇの?」
「それは……無いとも言い切れんが……」
結局、ブラウの情報は先にダリスガンドかリサが確認した上で、許可できる内容ならブラウから直接カラサディオに伝えるということになった。
今回の情報に関しては問題のある内容ではなかったため、そのままブラウが報告した。
「ご報告は以上です」
「うむ、ご苦労だったなブラウ。下がってよい」
カラサディオの労いの言葉に、ブラウが覆面の下で口角を上げて部屋を出るのを、ダリスガンドは面倒な気分で見送る。
私の周りはどうしてこう面倒な奴ばかりなのか。
「カディー様、いかがなさいますか?」
尋ねれば、カラサディオは澄ました顔で「うむ、それでは我々も途中からは徒歩でいこう」と答えた。
ゼェハァと肩で息をするカラサディオを感情の篭らない言葉で励ましながら、ダリスガンドはリサと共に学習院へと辿りついた。
兵は腕の立つ者を3人だけ連れて来ている。
聖女は小柄な割に健脚な様子で、息を乱すことも立ち止まる事もなく騎士達と共に颯爽と建物の中へ入って行った。
最後の角を曲がる前に一度、聖女の専属護衛が兜の下から鋭い視線を投げてきた。
どうやら彼は我々の気配に感づいたらしい。
リサが事前に探知や鑑定を妨害する魔法と認識を阻害する魔法を我々にかけてくれていたのだが……。
それでも気配の察知に長けた者には気取られるのかと、私は内心反省した。
彼は一体どこまで気づいたのだろうか。
聖女に、我々のことを伝えるつもりだろうか。
残念ながら、これ以上は距離を詰めぬ方がよさそうだな。
私はカラサディオに「聖女の側に勘の良い者がいます。これ以上近づくと察知されてしまうようです」と伝える。
カラサディオは残念そうではあったが、このまま学習院を囲む柵の外から、中の様子を窺うということで手を打った。
そんなに聖女の姿を見たいのか……?
私は意外に一途なカラサディオの様子に内心一驚する。
一度は学習院の中に入った聖女だったが、20分程待つと外の庭へと姿を現した。
子ども達はボール遊びに興じるらしい。
うん? 待て。
参加するのか!?
聖女が!? ボール遊びに!?
子ども達は気後れする事なく聖女の手を引いて輪の中に引き込む。
聖女は嫌な顔をする様子もなく、楽しそうにニコニコと子ども達に応えている。
あれよあれよという間に、慌てる教師を置き去りにして、ボール遊びは始まってしまった。
よく見れば、騎士達の中でも年若い騎士が3名参加している。
15歳ほどの子と18歳ほどの子と20歳くらいの……いや後ろ2人は遠慮するべきだろう。
子ども達はせいぜい13歳ほどが上限だというのに。
子ども達がわーきゃーと声をあげる中、2つのボールが宙を切る。
待て待て……それは……ボールを相手にぶつける遊びではないか!?
しかも年上の騎士2人が大人気なくボールを外野で回し、子ども達は次々に倒れてゆく。
「大丈夫!? 痛くなかった? 怪我したら言ってね、治すからね」
子ども達は転んだ子も元気に立ち上がって聖女に笑顔を見せている。
「そっかぁ、よかった。皆強いね」
それに対して聖女もまた屈託のない賞賛の笑顔を向ける。
その間に、また内野の子どもがバタバタと騎士達の連携の前に倒れる。
「こら! ヒアッカ、アーク、大人気ないでしょ!? 2人はそっちで反省です!」
おお、見かねた聖女が叱責しているな。
これだけ離れているにもかかわらず、聖女の凛と通る声は私の耳にはっきりと届いた。
我々に対する言葉遣いとは随分違ったその言葉は、素直で耳に心地良かった。
騎士2人が聖女に指を指されたあたりに大人しく正座すると、聖女は少しだけ苦笑するような顔でうんうんと頷いて、遊びは再開された。
聖女は意外にも俊敏に動き回り、味方を励まし、敵までも鼓舞して、ボールも積極的に拾いに行った。
全ての子ども達に気を配り、逃げるのが上手い子にはそれを伸ばし、受けるのが上手い子にはそれを勧め、投げるのが上手い子へとボールが渡るように誘導する。
そうして、皆が自分のできないことではなく、自分の得意な部分に気づいてそれを活かし始めると、さらに連携ができるよう助言をする。
いつの間にか、あまりやる気のなかった子ども達までもが皆夢中になって走り回っていた。
…………一体、彼女は何者なんだ……?
『優しい女性の愛ある声かけ』で片付けてしまうには、指示があまりに的確すぎる。
これはまるで……戦場で瞬時に状況を読み最適な判断を下す、指揮官のようではないか。
小一時間もする頃には、聖女は子ども達のみならず周りの教師達までもをすっかり夢中にさせていた。
遠くから響く鐘の音に、ハッと大人達が我に返る。
おそらくこんなに長いことボール遊びをする予定ではなかったのだろう。
遊びの終わりを告げる教師達の言葉に、聖女は皆の笑顔に囲まれて、ワイワイと建物へと引き返してゆく。
「楽しかったね。また遊ぼうね」
子ども達とそんな言葉を交わす彼女の声は弾んでいて、耳にした私の胸をも温めた。
おっと、いけないな。
これでは私までもが彼女を夢中で追っていたようではないか。
私は気を取り直して隣に立つ主人へ視線を向ける。
さて、カラサディオはどんな顔をしているだろうか、すっかり見惚れていたのではないか?
そう思って眺めた隣は、予想を上回る惨状を呈していた。
「う……美しい……っ。ミノル様は……っ、まさにっ、聖女様だ……ううう……」
青紫色の瞳からぼろぼろと涙を零すカラサディオに、リサがハンカチを渡す。
「あんなに……っ、あんなに、輝く笑顔というものを……っ、私は、これまで……っ、見たことがない……っ」
それは……まあ、そうだろうな。
この国の第二王位継承者であるカラサディオに、ああも屈託のない笑顔を向けられる者はこの世にいないだろう。
母親のリディアナ妃は貴族として優れた方で、感情を表に出されるような事はないし、実の妹ですら屈託のない笑顔を見せていたのは3つか4つの歳くらいまでだろう。それを歳の近いカラサディオが覚えているとは思えない。
ましてやカラサディオを狙うご令嬢では尚更無理だろう。
せいぜい『屈託のない“風”の笑顔』や『無邪気“風”の笑顔』がいいところだ。
無垢な笑顔にまるで免疫のなかったカラサディオは、どうやら心を相当強く揺らされてしまったようだ。
しかしまさか、これほどの反応をするとは……。
今までこれほどまでに彼を揺さぶった令嬢はいただろうか……?
いや、こんなことは今まで一度もなかったはずだ……。
じわじわと、たとえようもない焦燥感が胸の底にせり上がるのを感じる。
私は兵と2人がかりで今にも崩れそうな主人を両脇から支えつつ、人目を忍んで馬車へ戻る。
青紫色の瞳を溶かすほどに涙を零すカラサディオの姿は、幼い頃泣き虫だった彼を思い出させた。
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