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聖力回復タイム(*)

 あれだ。これは今……、聖力回復タイムを取ってもらってるってことか!!  ひぇぇぇ……。  み、みんなに……なんて言ったの……?  知りたいけど知りたくないぃぃぃっ!  みるみる熱くなってゆく顔を両手で覆うと、リンが申し訳なさそうに言った。 「すまないが、もうあまり時間に余裕がない。ケイトに触れても良いだろうか」 「ぇ、あ。うん……。えっと、俺どのくらい寝てた?」 「20分ほどだろうか。そう長くはないが、30分過ぎても状況が変わらなければ一度引き返すことになっている」  そっか、じゃあ俺は残り10分くらいで聖力を回復させてから皆の前に出ないとまずいのか。  俺が状況を頭に入れている間にリンの手が俺の腰に回って、もう片方の手で俺の顎をそっと上向ける。  次の瞬間には、リンの青い瞳がどんどん近づいてきて、リンの唇が俺の口を覆い尽くすように重なった。  聖女の姿をした俺の口は本来の俺よりずっと小さくて、リンの舌に入り込まれるともうぎゅうぎゅうのいっぱいになってしまって、息が苦しくて、口内の全てを犯し尽くされるような感覚に、今にも溺れてしまいそうになる。 「んっ……、……んぅ……っ、んっ、……っっ」  あ……、ダメだ……これ、苦しくて、ヤバい……。  酸欠からか、頭がぼうっとしてくる。 「や……っ、だめぇ……」  俺は、リンの胸を精一杯押して抵抗した。  リンはようやく俺の状態に気づいたのか、慌てて顔を離す。  俺は事実を共有しようと、蕩けた頭と回らない舌で懸命に説明した。 「リンの、おっきくて、ぜんぶ……はいらなぃよぅ……」  途端、リンが肩を揺らして顔を真っ赤に染める。  え……?  何で……?  ぼんやりとした頭のままで、赤く染まり続けるリンのキュッと眉を寄せた顔を、そんな表情もかっこいいなぁ……と見つめていると、シヴァルの立つ方向とは別の方からカサッと小さく音が聞こえた。  あれ……?  この辺は瘴気が濃過ぎて動物は一匹もいなかったはずだけどな……。  いるとしたら魔物だけど、それもここら一帯は全部駆逐したはずだし……。  俺は思わず魔物探知を行おうとしてから、聖力が枯渇している現状を再認識する。 「リン、あのね……」  恥ずかしいけど、ここは素直に頼むしかないか。  何しろ時間がないんだし、これ以上時間延長を申し出るのも余計恥ずかしいし。  リンはいつもより鮮やかな青色をした瞳で俺を見つめたまま、俺の言葉の続きを待っている。  ごめん、リンがその気になってくれてるとこ悪いけど、そういう性的なやつではないです……。 「頭を撫でてもらってもいい?」  俺の言葉に、リンは欠片もがっかりした様子を見せずに優しく微笑んでくれる。 「喜んで」  リンは俺の頼みに「喜んで」と答えてくれることが多い。  それに対して、なんだか飲み屋さんみたいだな、と思ってしまうのは内緒だ。  だって、リンには全然そんなつもりがないのだから。  たまたま家から近い商店街に「はいよろこんでー」と返事をするタイプのファミリー歓迎な居酒屋があって、小さい頃から母が時々金曜の夜に俺と蒼を連れて夕飯を兼ねて飲みに行ってたんだよな……。  うちは父さんが留守がちだから、母さん1人じゃ飲むと運転できないし。  母さんは日中が仕事で留守な分を埋め合わせようとしてくれてたのか、俺達が大きくなるまでは休日に俺達を置いて1人で出かける事のない人だった。  ああ……俺達は大事に育てられてきたんだな……。  母の愛に、聖力が心の奥の方からじわじわと回復する。  リンは手甲とグローブを手早く外すと、俺の頭を優しく撫で始めた。  あ、わざわざ素手で撫でてくれるんだ?  その気遣いが嬉しくて、口元が緩んでしまう。  ああもう、俺の恋人が優しくてかっこよくて紳士すぎるよ……!? 「あ、ありがとう……」  見上げたリンは、すっかり瘴気の吹き飛んだ明るい森の木漏れ日の中で、鮮やかな青い髪の向こうから優しい青色を湛えた瞳で俺を見つめていた。  俺が愛しくてたまらないという顔をして……。  うっ……リンの顔面の良さが限界を突破してる……っ!!!  こんな全てを兼ね備えた至高のリンが、俺の事を好きでいてくれるのって、なんかもう奇跡じゃない……!?  だってリンならその気になればどんな人とでも付き合えるでしょ!?  それなのに、こんなしょっちゅう無茶して迷惑かけてばっかりの俺を、ずっと好きでいてくれて、ずっと大事にしてくれて……。  しかも、一生一緒にいてくれるって、言ってくれて……。  ……ああ……、俺って最っっっっ高に、幸せ者だよなぁ……。  生まれてきてよかった……。  父さん、母さん、ありがとう……!!!  俺はリンの掌が伝えてくれる熱と、ほんの少しの重みに心をたっぷり温められて、あっという間に聖力を満タンにしてしまった。  *** 「皆、待たせちゃってごめんね」  護衛騎士の皆が休憩している場所へ俺が顔を出すと、皆は歓声と共に迎えてくれた。 「「「聖女様っ」」」 「ケイト様っ」 「ご無事で……何よりです」 「いやぁ肝が冷えましたよ……」 「もう動いて平気なんスか?」 「ケイト様……、お辛いところはございませんか……?」  クロイスが、心配でたまらないという顔をして俺を見つめる。  俺は苦笑を浮かべながらその金髪を愛しく撫でて答える。 「心配かけちゃってごめん。もう大丈夫だよ」  同じく心配してくれていたヒアッカ達にも視線を投げると、ヒアッカは両手を頭の後ろで組んで「ならいーんスけどね」と苦笑を返してくれた。  俺は浄化が済んですっかりくすみの消えた巨大な結界柱へと足を向ける。  近くで見ると、やっぱり大きいなぁ……。  4班の皆が俺の周囲を自然と囲んで動く。  俺が結界柱の浄化の際には毎回クロイスを貸してほしいと団長さんに頼んだ結果、結界柱が関わる場面では常に4班が俺の護衛に付くことになっていた。 「クロイスはもう結界柱に触ってみた?」  俺の質問に「はい……」と答えたクロイスが視線を地面に落とす。 「強い孤独と、悲しみが感じられました。それと、わずかに恨みも……」  そりゃ恨むよ……。  俺でも恨むと思う。  それなのに、少しだけなんだ……?  俺は両腕を広げても回しきれない結界柱をぎゅっと抱きしめる。 「腕が回らないな……抱きしめてあげたいのに」  俺の言葉に「手伝おう」とリンが左手を取る。 「私もお手伝いしますっ」  クロイスは俺の右手を取ってくれた。 「何々? この柱囲みゃーいーの?」  あ、ヒアッカ、クロイスの手握っちゃうんだ?  慌てて手を引っ込めようとしたクロイスにヒアッカが笑う。 「なんだよ、遠慮すんなよ、おんなじ班の仲間じゃん」 「で、でも、僕は……」  あ。クロイスって『私』じゃないときの一人称は僕なんだね、初めて聞いた気がする。 「あれだろ? 触った奴の心が読めるってやつだろ、ちゃんと知ってるって」  言いながら、ヒアッカはクロイスの引っ込めていた手を強引に掴んで引っ張る。 「わ」 「他の奴は知んねーけど、俺、思ったことは全部口にするタチだから、クロイスが気にすることなんかなーんもねーよ」  ニッといつもの人懐こい笑顔を見せるヒアッカに、クロイスはホッとしたのか緊張を解いた。  ヒアッカが反対の手でリンの手を掴むと、結界柱はぐるりと囲まれた。 「皆ありがとう、俺が中の人に話しかけるから、もしかしたら俺達の話が聞こえたり嫌な気持ちが届いたりするかもしれないんだけどいいかな……?」  俺の言葉に動揺したのはヒアッカだけでなく、傍で聞いていたドルーグ達もだった。

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