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私兵と魔物

 ざわりと嫌な気配がして、ダリスガンドは瞬時に馬車から飛び出した。 「警戒! いや、構えろ!!」  ダリスガンドの声にすぐさま剣を構えられた者は数えるほどだ。  まだ剣の柄さえ掴めない兵に飛びかかる黒い塊を、ダリスガンドは斬り払う。 「馬車を守れ! 全方位展開! 1匹も近づけるな!」  ダリスガンドが斬ったのは、狼のような姿をした魔物だった。  魔物達は、馬車を囲むように8匹ほど円形に並んでいる。  自然発生的に湧いた魔物では、こうはならない。  誰かが意図的にこの馬車を囲ませたのだ。 「カディー様は馬車からお出になりませんよう! リサ頼むぞ!」  主人の情けない悲鳴と共に「はいっ」とリサの鋭い返事が戻る。  グッと側方の魔物が姿勢を低くする。 「来るぞ!」 「「はっ」」力強い返事に私兵達が持ち直した事を認め、ダリスガンドも目の前の敵に集中する。  戦闘は、ほんの10分足らずで終了した。  苦戦していた馬車後方へ回り、最後の1匹の頭を地に落とすとダリスガンドはぐるりとあたりを見回した。  ……一体どういうことだ……。  辺りに人影はなく、ただかなり離れた距離からこちらを窺う気配だけがする。  あれだけ離れていては、追っても逃げ切られる可能性の方が高いだろう。  元々連れている私兵の数は護衛騎士達ほど多くない。  二手に分かれてしまうと、今度は主人の警護に不安が残る。  ダリスガンドは仕方なく自軍の現状把握に努めることにする。 「状況を報告しろ」  負傷者は2人か。  急襲だった事を思えば上出来だろう。 「ダ、ダリスガンド様……っ」  動揺を滲ませた声に、ダリスガンドはそちらを見る。  負傷者に手を翳した治癒のできる兵が「それが、治癒が……」と言いかけた時、その者の指先に負傷者の傷を覆っていた闇色の靄のような物がするりと纏わりついた。 「ヒイッ!」  大きく飛び退き闇色の靄を振り払おうと必死で腕を振る兵は、恐怖に顔を歪ませている。  ……これが瘴気、か……。  不気味に蠢くその闇は、見るからにおぞましい気配を発していた。  私兵達は数こそ少ないが、それなりに経験のある優秀な者ばかりを選抜してきたつもりだった。  そんな者ですら一瞬で呑まれるほどの闇の気配……。  聖女や護衛騎士達は、今この時も、こんな得体の知れない物と対峙しているのか……?  ダリスガンドは息をひとつ吐くと、落ち着いた声で指示する。 「落ち着け。瘴気に侵された怪我は浄化しない限り治癒が効かないそうだ。司祭に持たされた聖球を使う事とする」  ダリスガンドの声に、兵達は各班に2つずつ持たせておいた聖球を取り出す。 「聖球を割ればその場に聖力が満ち、浄化代わりになるらしい。聖球は数が少ない、無駄なく使え。まずは班ごとに互いの体に穢れがないか確認しろ」  少なくともダリスガンドが見ただけでも、そこの兵と奥の兵は背と腕がそれぞれ穢れているようだ。  しかしどういうことだ……?  瘴気から自然発生した魔物は瘴気を纏うが、人の指示には従わないはずだ。  なのに、今回の魔物達は人が生み出し使役しているかのように、目的を持って動いていたように見えた。  人が使役する魔物は、瘴気を纏わないはずだろう……?  ダリスガンドは、いまだに離れた場所からこちらをうかがっている者達の気配を確かめる。  これ以上近づこうともせず、離れようともしない。  あの者達の狙いは何だ……?  そう考えた瞬間、聖女に言われた言葉が蘇る。 『特に元聖女を狙う者が多いので、二台目の馬車は狙われやすいのです……』  ……つまり、あの者達は我々の中に元聖女がいるかどうか確認したいのか。  だから、瘴気を持つ魔物に我々を襲わせた。  兵達は穢れを受けた者を確認し、集めてから聖球を割る。  ガシャンと音を立て地面に砕けた聖球からは、とても清らかで温かな気配が溢れた。  その美しい白い輝きに、兵達は揃って目を奪われる。  ぼんやりしている場合ではないだろう。 「負傷者は傷口を浄化でき次第治癒だ。各員速やかに行動しろ」  ダリスガンドの指示に、兵達が一斉に動き出す。  今回は怪我が2人、穢れが3人で使用した聖球は2つか。  司祭から受け取った聖球は全部で8つ。  3つの班に2つずつ、主人用に私が所有するものが2つだったが、これで残りは6つになってしまった。  巡礼はまだ始まったばかりで、20本ある結界柱のうち、ようやく今日1本目を浄化しようという所だと言うのに……。  不意に、こちらの様子をうかがっていた気配が散る。  我々が浄化ではなく聖球を使ったことで、元聖女の一団ではないと思ってもらえたならいいが。  まだグレーだと判断されたならば、この先も似たような事が起こる可能性は高い。  それに人攫い集団が一つだとも思えない上に、この聖球自体にも他に類を見ない価値がある。  主人が王家の者だと知れば野盗も簡単には手を出せなくなるだろうが、今回は教会との関係上それも難しい……。  ああ、いつもながらリヴァルド殿下が持ってくる仕事は、どれもこれも面倒なものばかりだ。  ダリスガンドは憂鬱な気分を噛み潰しながら剣を鞘に戻す。  魔物を屠った剣は、いつもよりもほんの少し重く感じた。  ***  結局、森からの帰り道、俺はずっとリンの腕の中だった。  行きは魔物も出るし陣形を組んで討伐と浄化をしつつの移動だったけれど、馬車までの帰り道は、人からの襲撃に備えてのざっくりで陣形でぞろぞろと会話をしながらの徒歩だったので、リンがこのまま抱いていくと言ってくれたから……。 「えっと、クロイスはあの後大丈夫だった?」  上からごめんね、と付け足すと、クロイスはクスッと笑って俺を振り返る。  クロイスはあの後しばらくその場で泣き崩れていたらしい。  クロイスは俺と同じように……いや、もしかしたら俺以上に、彼女の悲しみや寂しさを感じてしまったのだろう。 「お恥ずかしい話で……申し訳ないです……」と俯くクロイスに、俺は「ううんっこっちこそ、クロイスに辛い思いさせちゃってごめん……」と全力で謝る。 「リンとヒアッカは、今日の結界柱での事どんな風に感じた? どこまで会話が聞こえたかな?」  俺の言葉にヒアッカは「んー……」と言いながら頭の後ろで両手を組んで斜め上を見上げる。  空はまだ明るくて、夕暮れの気配は遠い。  この時間なら日が暮れるまでには町に戻れそうだな。  今夜はクロイスにも宿でゆっくり休んでほしい。 「なんつったらいいんスかねー? 遠い国の話をぼんやり聞いてるよーな感じ?」 「それって、話の内容までは分からない感じ?」 「いや、分かるのは分かるんスよ、でもあんま自分ごとには感じれないっつーか。ふーん。みたいな感じっスかね」 「へぇ……」  それってヒアッカの感応力が低いからって事なのかな?  魔法適性とかも関係したりするんだろうか。 「むしろ逆に意識がこっちに戻ってから、じわじわーっと感情が追いついてきた感じっスかね」 「そっかぁ。それならそれでよかったよ、ヒアッカまで悲しい思いする必要はないからね」 「うっス」  ヒアッカはそう言ってニカッと笑う。  彼は多分、人は人、自分は自分という切り分けが上手いんだろうな。 「じゃあリンは?」

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