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4本目の結界柱 (9巻 騎士達の噂話)

 ガタゴトと揺れる馬車の中。  俺は「ふう」と息をついて、両手で包んでいた聖球から顔を上げる。 「あ、終わりました? お預かりしますね。ケイト様お疲れ様です」  アンナが差し出してきた両手に、俺は満タンに聖力を注ぎ込んだ聖球を乗せる。  アンナは聖球を布で丁寧に包むと、木箱にそっと仕舞った。  巡礼が始まってからもう1か月が過ぎた。  馬車での移動中はなるべく聖球を作り続けているので、聖球作りのノルマも残すところ30個と終わりが近づいてきたな。  もう一つだけ作っておこうかな、と空の水晶球に手を伸ばした俺に、リンの視線が刺さる。  チラと見れば、俺の正面に座るリンは深い青の瞳で『そこまでにしておくべきだ』と告げていた。  んー……。まあ、今日は浄化もあったしね……。  ここまでにしておくかなぁ……。  でも俺の聖力は、こんな風にリンが俺の事を優しく見守ってくれてるだけで、どんどん回復しちゃうんだよ?  俺の視線を受けて、リンが駄々をこねる子を見るような顔で苦笑する。  分かってるけど、もう休んでおけって事かぁ……。  車窓に流れる景色は夕焼け色に変わろうとしている。  次の町は東側では一番大きい町なので、到着すれば接待業務が山ほど待ってるんだよな……。  俺は馬車の隅に肩を預けると、到着まで少しだけ目を閉じることにした。  今日俺は、4本目の結界柱を浄化した。  柱の中には30歳の男性が入っていた。  どうやら当時のゲートには召喚時に年齢の縛りはなかったようだ。  最初の心晴ちゃんも9歳だったし、2本目の柱は16歳の女の子だったけど、3本目は22歳の女性だった。  心晴ちゃん以降の2人は眠りについていたようだったけど、自我を失うほどではなく、声をかければ目を覚まして話をしてくれた。  そして今日話をした4本目の柱に入っていた人……髙山 弘樹 (たかやま ひろき)さんと名乗った彼は、驚くことにずっと起きていたそうだ。  彼いわく、睡魔には度々襲われていたが、眠ってしまったが最後自分を見失ってしまうのではと不安だったらしい。  そうだよな。俺でもそう思うかも知れない。  少なくとも女性達は名前や歳をしっかり覚えていたようなので、その様子を見る限り、眠ってしまっても自分を全て失ってしまう事はなさそうだったが、俺は彼女達が眠りにつく前の様子を知らないから、眠ってしまう前後で心にどんな違いがあるのかまでは分からないな……。  分かる限りを伝えた俺の言葉に、髙山さんは笑って言った。 『芦谷君は、誠実な人だね』  メガネの奥で爽やかに笑うその顔に、俺の方がホッとしてしまう。  髙山さんは最初から自分の姿をしっかり保っていた。  少しくたびれたスーツにネクタイを緩めただけのその姿に、この人は根っからの社会人なんだなと思った。 『ここでは慣れた格好をさせてもらっているが、この下で眠るボクはなかなかに可愛らしい聖女の姿をしているよ? 機会があれば芦谷君にも見せてあげたいね』  なるほど、結界柱の中で会うこの姿が聖女姿でないのはそういうわけか。  彼が視線で示した結界柱の下部は暗く沈んだ色になっていて、それらしい人影は何となく見えるもののハッキリしない。  思わずもう少し近くに行こうとした俺を髙山さんは止める。 『やめた方がいい、おそらく痛い目に遭う。ボクも自分の身体には近づけないんだ』  俺は少し迷ったけれど、その忠告に従うことにする。  試してみないと分からない事もあるけれど、今無理をするのは良策ではないよな。  セリクに鑑定して貰えばわかる事もあるだろうし……。  あれ、でも髙山さんはずっと起きていたんだとしたら、俺が前に回った時に声をかられなかったのはどうしてだろうか。 『最初の頃はボクも聖女が来る度に声をかけてたんだけどね、次第にボクの存在を知らない子ばかりになってきて、声をかけると驚かせたり困らせたりでどうもあまり良くなさそうな雰囲気になってきたから、最近は黙って浄化だけしてもらっていたんだよ』  ……ああ……。  この人は……いや、聖女に選ばれた人達はやっぱり皆、優しいんだ……。  自分の事よりも人の事を、他人の都合を優先できてしまう……。  だから、この国はこの人達を5000年近く閉じ込めておきながら、まだ滅びずにいる……。 『芦谷君がそんな顔をする必要はどこにもないさ、久々に人と話ができてボクはとても楽しかったよ。そろそろお開きにしようか、騎士達を待たせてるんだろう?』  ……どうしたら……。  ……俺はどうすれば、この人達をここから出してあげられるんだろう。  俺にこの結界柱と同等の物を作り出すことができるんだろうか。  それができれば、この人はここから出ることができるのか……?  ここから出たら、この人はどうなる……?  ずっと閉じ込められていたこの人の心と体は……ここから出た時、無事でいられるんだろうか。  ダメだ、俺にはまだ分からないことばかりだ……。  俺は心の奥でそっと、教会に残って調査をしているはずの父に希望を託す。  どうか俺達が巡礼から戻った時、彼らを救う方法に父が少しでも近付いていますように……。  俺は髙山さんに、また必ず来ます、と伝えることしかできなかった。  不甲斐ない俺に、髙山さんは『ありがとう、待っているよ』と小さく笑ってくれた。  未来への小さな希望を込めた彼のささやかな笑顔ですら、聖力として柱の上部に吸い上げられてゆく様を、俺はどうしようもない気持ちで見つめていた。  ***  フロウリアの東側で一番大きな町に着いて7日。  町での接待仕事と町の隅々までの浄化を終えた俺は、久々の休日を迎えていた。  明日も休みではあるけどカディーとお茶の約束が入っているので、俺は今日のうちにと聖球作りを進めていた。  3つ目の聖球に力を注ぎ終えて、ふう、と息をついて顔を上げる。  すると、アンナが「ケイト様、お疲れ様です」と笑顔で両手を差し出してきた。 「ありがとう、よろしくね」  俺はアンナに出来たばかりの聖球を手渡す。  流石に400個近く側で作ってると、アンナも俺の聖球作りのペースを把握しているようだ。  アンナが俺の作った聖球を綺麗な布で拭き上げてから丁寧に包んで箱にしまう様をぼんやり眺めていると、視界の端に鮮やかな赤色が入った。  3階の部屋から窓の外を見下ろすと、宿の中庭に真っ赤な髪のヒアッカが居た。  一緒にいる金髪の少年はクロイスか。  ヒアッカと向き合うように座って、互いに両手を繋ぎ合っている。  今日は2人も休みのはずなのに、ヒアッカはクロイスの特訓に付き合ってくれてるのか。  アークを部屋に連れて来た時にも思ったけど、ヒアッカって自己中心的な性格かと思いきや、意外と周りも見てるし、人のために時間を使ってやれる気前のいい男だよなぁ。  自分の主張を決して曲げない頑固なところも、言いかえれば芯が通ってて揺らがないって事だしな。  クロイスは、意思の伝達が少しはできるようになったかな?  4本目の結界柱の時も、クロイスは何も伝えることが出来なかったって凹んでいたからなぁ……。  行き詰まっているようなら、俺も何か助言してやる方がいいだろうか。 「ケイト様……?」  リンが俺のすぐ後ろまでやってきて、俺の視線の先を追う。 「ああ、あの2人ですか、頑張っているようですね」 「うん、だけど少し苦戦してるみたいだから、俺、様子見に行こうかなぁ」 「あそこでは人目もあります。こちらへ呼んでまいりましょうか」  尋ねるリンに「お願いしようかな」と頷くと、リンは部屋番をしている6班に声をかける。  すぐに「俺が行きます」とアークが部屋を出た。  中庭では、ヒアッカの手を離したクロイスが、がっくりと項垂れていた。  その小さくしぼんだ肩を、ヒアッカがバシバシと叩いて慰めている。  そんなヒアッカの右頬に、どこからか飛んできた枯葉がぶつかる。  驚いて大慌てするヒアッカに、クロイスは顔を上げて苦笑を見せた。  ……うーん……?  結果的にはクロイスがちょっと元気になったけど、でも、今のって……。 「ねぇ、リン、ヒアッカって時々反応が鈍い事ない?」 「彼は常に右側への反応が悪いですね。もしかしたら……」  そっと俺に耳打ちしたリンの言葉に、俺は瞠目した。

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