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ヒアッカ、おいで。
しばらくして、アークが部屋にヒアッカとクロイスを連れてくる。
俺は「急に呼び出しちゃってごめんね」と挨拶をしてから「ヒアッカ、ちょっと来てくれる?」とヒアッカを別室に呼ぶ。
とはいえ宿には、ソファとテーブルがあって部屋番の人達がいるこの部屋と、従者用の寝室を除くと俺の寝室しかないんだけどね。
「えっ! えっ!? 俺聖女様の寝室に呼ばれちゃっていいんスか!?」
「リンも一緒だよ?」
「兄さんとご一緒できるなんて光栄っス!」
「いや、何の話なの!?」
俺は、とにかく話がこれ以上ややこしくならないうちにと、さっさとヒアッカを寝室に引き込んだ。
「な、ななな、なんの話っスか!?」
戸惑いながらもどこか期待を浮かべているヒアッカには申し訳ないけど、単刀直入に聞く。
「ヒアッカって、右目ちゃんと見えてる?」
ヒアッカは、ギクウッっと肩を大きく揺らした。
その顔は、親に悪事がバレた子のような、どうしようもない気まずさを滲ませている。
別に、叱ろうとか、隠していた事を追求しようとか、そういうわけではないんだけど……。
「やっぱりか……」
ため息と共に呟いて、俺はリンをチラと見上げる。
右目の視力に問題があるのではと予想したリン自身も、その事実に少し辛そうな顔をしていた。
ずっと感じていた違和感はこれだったんだな。
「見せてごらん」
俺がヒアッカへ手を伸ばすと、ヒアッカは首を振って後退った。
「や、これはもう治んねーって騎士団の治癒師にも言われたんで……」
「治らない……?」
「なんか治癒かけてもこれ以上回復しないらしいんで、熱のせいで視力が落ちたか、元々視力が悪かったんじゃないかって……」
「熱って……? ヒアッカは元から右目が悪かったの?」
「熱は怪我のせいっスね。んー……。目はそんな見えてなかったことはねーと思うんスけどねぇ……。大分長いこと寝込んでたんで、よくわかんねーなーって感じっス」
ああ、例の死にかけたという大怪我の時に、目も悪くなったのか。
それって魔物と戦った時ってことだよね?
……だとしたら、もしかすると……。
「そういえば、俺が教会全体に浄化をかけた時って、ヒアッカは教会にいたんだっけ?」
「や、俺はその日非番だったんスよ。後から話聞いて、俺も見たかったなーって思ったっス。けどこの旅でいっぱい浄化見たんで、もう残念じゃないっスよ?」
そうか、パフォーマンスで広範囲浄化をした日って、ドルーグからヒアッカの話を最初に聞いたあの日だっけ。今日は非番でいないけど……。って。
それなら試す価値は十分にあるな。
あの日はパフォーマンスの為に派手に光る高濃度浄化をしたけど、それ以降は土地指定や空間指定の浄化しかしてないから……。
「ヒアッカ、おいで」
俺が呼ぶと、2歩ほど下がっていたヒアッカが困った顔をしたまま1歩だけ近づく。
普段は誰に対しても気安く距離を詰めてくるヒアッカが、こんな風に遠慮する姿は何だか逆に新鮮だ。
「心配しないで、悪いようにはしないから。……俺にその目を見せてくれる?」
じわりと赤い瞳に期待が滲んで、それからぐっと眉を顰めて、諦めるように目を伏せる。
ヒアッカが初めて見せる苦しげな表情に、俺は彼の心の傷を思う。
治るかもしれないと期待してしまうと、それがダメだった時が辛いか……。
俺も確実に治せるかは分からないから、これ以上は何も言えない。
「……っ、分かった、っス……」
一瞬の躊躇いの後、覚悟を決めたヒアッカが俺の前へ歩み出る。
「じゃあここ、ベッドに座って。目は閉じてていいからね」
ヒアッカをベッドに座らせると、俺は彼に手を翳す。
ヒアッカは俺に言われた通りに目を閉じて、じっとしていた。
俺はヒアッカの身体の隅々まで、瘴気を欠片も残す事なく、全てを綺麗に……と心を込めて浄化する。
彼の内側には、思うよりも沢山の穢れがまだ残っていた。
余程奥深くまで魔物の爪に抉られたのか、それとも、その時の聖女の浄化が不十分だったのか。
うーん……これは両方かな……?
こうやって人の体の内側に入り込んだ穢れって、外からは分からない物なんだなぁ……。
この数か月、ヒアッカはこんなに俺の近くにいてくれたのに。
ずっと気づかなくてごめんね……。
全身を聖力の白い輝きでほのかに包まれたままのヒアッカに、俺は治癒術をかける。
彼の体にはまだ、目だけではなく臓器にも数箇所の損傷が残っていた。
それらを全て丁寧に治して、おまけにセリクの疲労回復スペシャルをかけてから、俺は手を下ろす。
「ふう、終わったよ。どうかな?」
ヒアッカはパチッと両目を開くと、自分の手を見て、それから部屋の中を見回した。
信じられない、という表情が、次第に喜びに溢れた笑顔に変わってゆく。
「っスッゲー!! マジですげぇっス!! さすが聖女様……じゃなくて、ケイト様っス!! 俺めちゃくちゃ身体軽くなったっス! 目もちゃんと見えるようになったっス!! うおおおおお、めちゃくちゃ嬉しいっス!! 最っっっっ高の気分っス!! ケイト様ありがとうございます!! ケイト様はマジ最強っス!!」
笑うヒアッカの赤い瞳から、大粒の涙が溢れ出す。
ああ……よかった……。
「ヒアッカこそ、俺を信頼して任せてくれてありがとう」
微笑んで、ホッとした俺の肩をリンの手がそっと包んでくれる。
「落ち着いたら出ておいで、その部屋ゆっくり使っていいからね」と伝えて、俺とリンは先に部屋を出る。
ヒアッカは少しだけ照れ臭そうな顔で「っス」と泣きながら笑って答えた。
寝室から出てきた俺達に、クロイスとアーク、アンナに、部屋番中のモリーとビルド……つまり部屋にいる全員の視線が集まる。
ちなみにシヴァルとラドムの2人は、部屋の外で扉の番なのでここにはいない。
身長180センチと185センチの長身仏頂面コンビが並んで立っていたら、かなり近づきがたいだろうなと思う。
「あ、あの、ヒアッカは……」
クロイスが心配そうに尋ねると、アークも驚愕を浮かべながら尋ねてきた。
「まさか、ヒアッカ泣いてるんですか? あのヒアッカが……?」
ああそうか、遮音の魔道具を使ってあげればよかったか。
扉の向こうからは、1人になったヒアッカの遠慮のない号泣が漏れ聞こえ始めた。
泣いておいでって言ったわけじゃないんだけど……。
まあでも、泣きたい時に思い切り泣けるってのはヒアッカらしいところかなぁ。
「あの……、その……、お、お説教だったんですか……?」
おずおずと、聞いてはまずいだろうかと気にしつつも、それでも心配が上回るらしいクロイスが尋ねる。
「いやいや、あのヒアッカが叱られたくらいで泣くかぁ?」
「ないな」
「じゃあ、護衛の兄さんにボコられたとか……?」
「え、聖女様に馴れ馴れしいって?」
「そんならアークも殴られんだろ」
「俺はヒアッカほど馴れ馴れしくねーだろ!?」
「いや十分馴れ馴れしいだろ」
「公開告白かました分お前の方が失礼だろ」
「つか護衛の兄貴に殴られても、ヒアッカならケロっとしてるって! あいつ痛みに強いんだよ、痛覚麻痺ってんじゃねーの? ってくらい」
「あぁー……それな。前の巡礼ん時に、ヒアッカが腕に魔物ぶら下げたままゲラゲラ笑って『見てこれ、取れねーの!』って言ってきた時は、流石に引いたわ……」
モリーとビルドとアークが繰り広げたその会話に、クロイスも何とも言えない顔をしている。
……なんか、ヒアッカって……うん……ヒアッカだよね……。
さてクロイスにはなんて答えたらいいかな……と悩む間に、クロイスがもう一度俺に尋ねてくる。
「あの、そちらのお部屋に私も入れていただくことは可能でしょうか……?」
クロイスはそんなにヒアッカが心配なんだね?
「それはヒアッカ次第かな? 俺はノックするのは止めないよ」
俺がそう答えれば、アークが「じゃあ俺も俺も!」とクロイスに続く。
ヒアッカの視力については、治癒術師さんを通して団長さんへは報告が上がってるのかも知れないけど、この2人がどこまで知っているのか、どこまでなら話してもいいのかが俺には判断できないんだよな。
いまだに嗚咽が漏れ聞こえる部屋の扉を、クロイスがおずおずと、アークがガンガンと叩いた。
「あの、ヒアッカ、大丈夫……?」
「おーいヒアッカー、泣いてんのかー? 俺にもレア顔見せろよー」
クロイスは心配からのようだけど、アークは揶揄いたいだけでは……?
アークの横顔は、心底楽しそうなニヤニヤ顔だ。
ああ、ヒアッカと同室なら、アークはヒアッカの目の事は知っていたのかもしれないな。
さっきの会話からも、ヒアッカが叱られても殴られても泣かないと知っているようだし、涙の理由に気づいたからこそ、楽しんでいるというところだろうか。
返事はないものの、扉の向こうから気配がのろのろと扉に近づいてくる。
ズビ。と鼻をすする音がして、それから少しだけ扉が開いた。
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