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……いや、アリだな。
「……んだよ、お前らわざわざ泣き顔見に来んなよ、悪趣味だぞ?」
ヒアッカは俯きがちに、赤髪の中に赤い瞳を隠してそう言う。
「だって俺、ヒアッカが泣くとこ一度も見たことねーしさ、これを逃したら一生見れねーかもしんねーじゃん」
ケラケラ笑って言うアークとは対照的に、クロイスは慌てて言う。
「ち、違うよっ! 僕はヒアッカが心配で、少しでも慰めようと思って……」
「わかってるって、冗談だよ。ほら」
ヒアッカは、冗談の通じそうにないクロイスに嫌な顔をすることなく、クロイスの手を一瞬ぎゅっと握って、それから離した。
「……っ、ヒアッカ……っ!」
手を離されたクロイスの顔が、見る間に真っ赤に染まる。
……なんか、クロイスよりもヒアッカの方が、クロイスの能力を活用できるようになってない……?
「もうちょい落ち着いたらそっち行くから、あとでな」
そう言われて、クロイスもようやくホッとしたのか「うん」と頷いた。
「つーか覗き込むんじゃねーよアークは!」
ヒアッカは、泣き顔を見たくてたまらない様子のアークを蹴り飛ばしてから、もう一度扉の向こうへ引っ込んだ。
扉を開けないまま答えて終わりにしないところが、何だか意外というか……。
心配しているクロイスに触れて安心させるためだったんだなと思うと、ヒアッカは思ったより律儀というか、誠実な人なんだなぁ。
蹴り飛ばされて転がったアークが、部屋の隅からイテテと顔を上げて、その場にあぐらをかいた。
「んー……?」
なにやら神妙な顔で考え込むようなアークに、何となく皆が注目する。
「……いや、アリだな」
「なにが?」
モリーの言葉に、アークは顔を上げるとニヤリと口端を上げて答える。
「ヒアッカの泣き顔」
「は?」
ぽかんと口を開けたモリーの後ろから、クロイスがアークに尋ねる。
「……み、見たんですか……?」
「ああ、チラッとだけどさ、ああいういつもヘラヘラしてて強気な奴の泣き顔って、なんかこう、グッとクるもんがあるよな!」
なにやら瞳をキラキラと輝かせてアークが語る。
「アホだ……」
モリーがやれやれと首を振る横から、ビルドが注意する。
「おいアホアーク、聖女様のお部屋であんま馬鹿な事ばっかすんなよな。6班が部屋番に呼ばれなくなったらお前のせいだぞ?」
「マジでアホなんだよな……アークは……」
「もうアホアークっつーかアホークでいいんじゃないか?」
「そうだな、これからお前はアホークな?」
「アホーク……? それはそれでカッコよくね?」
満更でもない顔で返すアークにモリーとビルドが頭を抱える。
「ダメだ……」
「どうしたらいいんだ……」
大変なのは問題児のヒアッカがいる4班だけかと思ったけど、6班も大変そうだなぁ……。
多分6班はシヴァルとラドムがストッパー役なんだろうな。
今日は2人が外にいるのでアークが暴走し放題なのか。
俺はクロイスに視線を向ける。
元々はクロイスの練習を見るために呼び出したんだからね。
「クロイス、待たせちゃったね、こっちにきてもらっていい?」
クロイスは俺の声にハッと顔をあげると、トトトと小走りで駆け寄ってきた。
ん? なんか今一瞬険しい顔してなかった?
「クロイスは今日も練習してたんだってね」
「あ、はい。でもなかなかうまくできなくて……」
俺は3人がけのソファにクロイスを呼んで隣に座らせる。
「ちょっと俺にやってみてもらっていい?」
「は、はい」
俺の両手をクロイスの手に乗せる。
すう、と息を吸って、クロイスが精神を集中させる。と、アークが声を上げた。
「あーっ。なんでクロイスと聖女様が手ぇ繋ぐんですかっ!? 俺も混ぜてくださいっ!」
クロイスは不意の大声に小さな肩を揺らして、俺の手を慌てて離す。
俺はアークにニッコリ微笑んで答えた。
「術の練習をするからだよ。アークには扉の番をお願いしようかな?」
俺の言葉に、モリーとビルドが慌ててアークを外に連れ出す。
うんうん、わかってくれたようで何よりだ。
入れ替わるようにして、シヴァルとラドムが部屋に入ってくる。
この2人なら余計な口を挟むこともないだろうと判断して、俺はクロイスに視線を戻した。
クロイスと手を繋いで、俺は集中してクロイスからのメッセージを受け取る。
よーく心の中で耳を澄ますようにすると、囁き声のように微かな『ケイト様、聞こえますか?』という声が届いた。
「クロイスの声聞こえたよ『ケイト様、聞こえますか?』って言ってくれてたね、合ってる?」
「は、はいっ!」
クロイスが、初めて伝わった喜びに瞳を輝かせる。
やっぱりそうか。
クロイスは言葉を発信できていないわけじゃない。
伝達がうまくいくかには、伝える側だけでなく、受け取り側の“聞く力”も関わってくるって事なんだよな。
4本目の柱のところでも、何か小さな囁きが聞こえてるような聞こえてないような……みたいな僅かな感触があったから、多分あれがクロイスの届けようとしていた言葉だったんだろう。
言葉を聞き取りやすく伝えるテクニックか……。
俺はそういう練習を、滑舌や発音、音を遠くに届けるための発声や気持ちの込め方まで、演劇で続けていたから自然とできたのかもしれないな。
今回の場合は心の声だけど、伝えるための基本や考え方は同じだろうし。
俺はひとまずクロイスに、言葉を人に伝えるための心構えや基本を伝授する。
クロイスは慌ててメモを取り出して、俺の言葉をせっせと書き留めていた。
見れば、アンナもクロイスの後ろからうんうんと話を聞いている。
そこへ、ヒアッカが戻ってきた。
「目ぇぱつんぱつんになっちゃったっス」
苦笑するヒアッカの目は真っ赤に腫れ上がってしまっている。
「わぁ、大変なことになってるね。治してあげるからおいで」
「……う……ケイト様が優し過ぎて、また泣きそうっス……」
そう言うヒアッカの言葉尻が本当に滲んでいるので、どうやら泣き過ぎで涙腺が緩んでしまっているようだ。
俺は苦笑しながらヒアッカに浄化と疲労回復をかけてあげた。
こういう時って治癒は効かないんだけど、不要な物質を取り除く浄化と、不足する水分を補給するスタミナ回復に、疲労軽減魔法の3つを組み合わせると、大概どんな不調でも治せるんだよな。
スタミナ回復と疲労軽減をまとめて1度でかけられて、しかも3重陣なのに展開から起動までの時間も早いし消費魔力まで単体で使うより減らしてあるって、やっぱりセリクはすごい魔法技師なんだなぁとしみじみ思う。
今頃、蒼とセリクはどうしてるんだろうな……。
「はい、治ったよ」
俺はスッキリとシャープな顔立ちに戻ったヒアッカに声をかける。
「はぁー、やっぱケイト様は最強っスね!! 本っっ当にありがとうございました!!」
ヒアッカが、ガバっと頭を下げる。
深々と下げられた頭とまっすぐな感謝の伝わる言葉。
ヒアッカの伝える力の強さを感じた俺は、試してみることにする。
「ヒアッカ、ちょっと俺とクロイスと手を繋いで、輪になってくれる?」
ヒアッカは一瞬不思議そうな顔をしたものの「うっス!」と答えて笑顔で俺達の手を取ってくれた。
「ありがとう。そしたら俺達に心で話しかけてみてくれる?」
「っス」
『ケイト様は史上最っ強の聖女っス!』
あまりにもハッキリ頭に響いたヒアッカの声に俺は思わず吹き出す。
元々よく聞こえるクロイスにはヒアッカの声は大き過ぎたのか、俺がよく人にさせてしまうような顰めっ面をしていた。
やっぱりヒアッカは聞くのは苦手でも伝えるのは上手いんだな。
クロイスは逆で、話しかけるのは苦手でも受け取るのは上手い。
この2人がうまいこと補い合えるといいんだけどなぁ。
けど、聞こえないと伝えたい気持ちにはならないし、伝えても返事が聞こえないと会話にはならないからなぁ……。
俺はうーんと頭を悩ませながら俺の隣と向かいでヒソヒソと話す2人を眺める。
「僕の声、ケイト様には届いたよ」
「マジか。俺全然聞こえねーのになぁ」
「ヒアッカは聞くのが苦手だからって。でも伝えるのはすごく上手だよね」
「まあ自己主張なら自信あるからな」
「どんな自信なの」
クスクスと笑うクロイスに、ヒアッカは意外なほど優しい眼差しを向ける。
「……けど俺、クロイスの声ちゃんと聞きてーと思ってんのになぁ」
悔しそうなその顔を見るに、ヒアッカもヒアッカなりに努力しているようだ。
ヒアッカには後で聞く側のコツを話しておくか。
「ありがとう。僕もヒアッカに届けたいって思ってるんだけどね……」
そう答えるクロイスもやっぱり悔しそうだ。
能力は食い違ってるけど、2人の人としての相性は悪くなさそうなんだよなぁ。
うーん。
苦手克服もいいんだけど、せっかく2人の得意分野が違うなら、そこを活かしたいとこだよなぁ……。
悩む俺の右手が、不意にスッと持ち上げられる。
見上げると、リンがソファに座る俺の右側から軽くかがむようにして顔を出して、俺の右手を取っていた。
リン……?
リンは黙ったまま、俺の手の甲に唇を優しく当てて、俺の手を膝に戻す。
不思議に思う間に、リンは俺の左側からも顔を出して、左手にも同様に口づけて戻した。
「……え、何……?」
戸惑う俺の前で、ぶはぁっと盛大に吹き出したのはヒアッカだった。
「に……兄さん……っ! ぶふっ……っ、お、面白過ぎんスけど!? そんなすました顔して、我慢できねーほどヤキモチ妬いてたんスかっ!?」
ぶくくくっと笑いを堪えきれない様子でヒアッカは尚も肩を揺らす。
やきもち……?
俺は背後のリンを見上げる。
リンはグッと眉を寄せたどこか悔しげな顔を少しずつ赤くしながら、そろりと視線を逃した。
それって、俺と視線を合わせられないくらいマズい事をした自覚があるって事……?
え、本当に?
俺が2人と手を繋いでたのが、そんなに嫌だったの……?
ん? 手を……繋いで…………?
待って、なんか繋がりそう。
あ、そうだよ、手だ。
手があるよね。
俺は、最初の結界柱で、俺の手をぎゅっと握って意識を引っ張り上げてくれたリンの行動を思い出す。
どうしても心で伝えなくたっていいんだよ。
心で伝えられないなら、体で伝えてみるのはどうだろう。
俺は、おろおろと困った様子で俺とリンを交互に見ているクロイスと、肩を揺らして必死に笑いを堪えようとしつつも漏れているヒアッカの2人に、別の方法で意思疎通を試してみないかと提案してみた。
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