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ようやく叶った2人の時間

 カディーの先導する馬車に続いて、2台の馬車でガラガラと向かった先は、とってもお洒落な喫茶店だった。  どうやらお客は俺とカディーの2人きりみたいだ、貸切って事なのか……。  他の人に聞かせられない話をするなら、てっきり部屋にでも呼ばれるのかと思ってたんだけど、お金を持っている人は俺とは発想が違うんだなぁ、と思った。  けど、こういうお店って護衛が配置し辛そうだなぁ。  今日の護衛は1班、騎士団長のヴィクトルさんが率いる班だ。  カディーが「見てのお楽しみですよ」なんて言って今日の行き先を教えてくれなかったので、ヴィクトルさんは着いてすぐに建物を見回ってから俺のそばに3人、出入り口の2箇所に1人ずつを配置してくれていた。  団長さんにはいつも迷惑ばかりかけていて申し訳ないなぁ。  俺が視線で謝罪を送ると、団長さんは『お気になさらず』という視線を返してくれた。  俺の斜め後ろにはいつものようにリンと、今日はアンナも侍女として控えている。  カディーの後ろにも護衛と侍女が並んでいるので同じ感じだね。  さて、どんな話を切り出されるのかな。  俺は今日の舞台の幕が上がる気配に、聖女ミノルという役をしっかり握り締めた。  ***  カラサディオはようやく叶った2人の時間に心を弾ませていた。  ミノル様は今日もとても可憐で愛らしく、そしてお美しかった。  窓際の席は王都でも珍しい大窓から明るい日差しが降り注いでおり、彼女の真っ赤な髪をキラキラと鮮やかに輝かせていた。  カラサディオにとって赤髪の女性というのは気の強い女性が多い印象だったのだが、彼女はその鮮烈な赤とはまた違った雰囲気を纏っていた。  ふんわりと優しく温かな声に、人をホッとさせてくれるような微笑み。  それはパステルカラーを思わせる柔らかさで、何となく彼女の外見とはチグハグな印象を受けた。 「ミノル様、お寒くはありませんか?」 「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫です、カディー様はいかがですか?」 「おれも大丈夫ですよ。今日は良いお天気で暖かいですね」 「はい、お日様がぽかぽかで、何だか眠くなってしまいそうです」  そう言って小さく微笑む彼女はまさに可憐で花のように愛らしい。  今日カラサディオは徹底的に彼女の話を聞こうと思っていた。  彼女の好きな食べ物、好きな歌、好きな色、彼女のことなら何でも知りたいと思っていたし、巡礼での苦労話も愚痴も、それはそれは親身に聞こうと思っていた。  女性というのは皆、話すのが好きなものだと思っていたし、元々カラサディオは話すよりも聞く方が好きな性質だ。  いくらでも気分良く話してもらえるよう、従順な聞き役に徹しよう。  そう思っていたにも関わらず、お茶とケーキが配膳されて、それらが片付く頃には、話題は私の事になっていた。 「まあ、そうだったんですね、それでダリス様は幼い頃からカディー様のおそばにずっといらっしゃるんですね」 「ええ、もう長いことダリスはおれの側にいてくれて……。ダリスは頭もいいし腕も立つので、おれよりも兄上の側にいれば出世も望めるだろうに、もったいないと思いませんか?」  私の言葉に彼女はクスッと笑う。  おや? 笑うところだっただろうか? 「ふふ、偉くなれば幸せになるというわけではないと、ダリス様はきっとご存知なんですわ」  私は思わず彼女をまじまじと見る。  こう言った話をすれば、普通は私を持ち上げるかダリスに先見の明があると褒めるかのどちらかなのだが、彼女はそうではなかった。  つまり、彼女としては出世などしなくてもいいという事なのか……?  言葉を失った私を、彼女の赤い瞳が優しく覗き込む。 『貴方もそう思っているのではないのですか?』と。  ああ……、彼女にはわかってしまうのだろうか。 「……そうですね」  優しい眼差しに導かれるようにして、私は思わず素直に答えて頷いていた。  口にしてしまえば、それだけだった。  本心を口にするのは随分と久しぶりな気がして、たったこれだけで、私は何だか清々しい気分になってしまう。  私は王位は望んでいない。  兄上が作るこの国を、私のできる範囲で手伝えればそれで十分だ。  できるなら、そばにダリスやリサがいてくれて、時々ブラウが顔を出してくれて……。  自分は本当にそれだけで十分なのに、周りが放っておいてくれない。  兄より剣技が下手で、兄より乗馬も下手で、兄より勉強もできなくて、魔法だって大した才能がない。さらには女性関係も派手で……と絵に描いたような放蕩息子ぶりを披露していれば、そのうち誰も期待しなくなるだろうと思っていたのに。  今度は『こいつを王座に据えれば、やりたい放題できるかもしれない』なんて馬鹿な事を考える連中が寄ってきた。  どうやら、どれほど足掻いたところで、どれほど「望んでいない」と言ったところで、私はこの第二王子という立場から逃れられない運命らしい。  それならば、あとはもう、1日も早く兄上が王位を継ぐ日が来るのを願うくらいしか私にできることはなかった。  兄の陰で、なるべく目立たぬようにしながら。  彼女の温かな眼差しと相槌に励まされながら、私はずっと1人で抱え続けていたこの思いを、片田舎の貴族の跡取り問題のようにぼかしつつ、彼女に打ち明けていた。 「カディー様はお優しい方なのですね……」  今まで散々言われてきた言葉だ。  きっと私には他に褒めるようなところがないのだろう。  これまでずっと、そう思ってきた。  それなのに、彼女が言うと胸にじんと響くのはどうしてだろうか。 「そんな事はありません、おれは……勇気がないだけです……」 「いいえ、選ばずに時を待つことも1つの選択です。それを選ぶにも勇気は必要ですわ」  ミノル様はふわりと微笑む。  全てを包み込むような彼女の温かな心が、私にそっと触れてくれた気がした。  そう……なのだろうか……。  私はずっと、自分はなんて臆病者なのだろうと、なんて意気地がないのだろうと思っていた。  兄にも父にも逆らうことなく、かといって別の道を選ぶこともなく、ただ家族の仲が拗れなければいいと、皆の顔色を窺うばかりで……。 「ですが、カディー様の将来の事を思いますと……」  そう言って、彼女は少し考えるようにして美しいまつ毛を伏せた。  …………私の将来……?  彼女は私の将来のことを考えてくれるというのか……?  今まで私の将来について意見する女性の言葉は、決まってどちらかだった。  第二王子でも十分だと、自分に一生贅沢をさせてくれるならそれでいいと私を慰めるか、自分が支えるので共に王位を目指しましょうと励まされるか。  どちらにせよ、相手が欲しいのは私ではなく金と地位だ。  けれど彼女の場合は違う。  彼女は私になにも求めていない。  ……では、彼女は私の将来について何と言うのだろうか。  それとも、少しは私に魅力を感じてくれたのだろうか?  私との将来を考えても良いと、そう思ってもらえればありがたいのだが……。  果たして彼女は私を慰めてくれるのか、それとも励ましてくれるのか……。  どこか祈るような気持ちで言葉の続きを待つ私の前で、彼女はその慎ましやかな小さな唇をそっと開いた。 「やればできることまで、やらないままにできない事としてしまうのは、将来的にカディー様の選択肢を狭めてしまいますので、あまりお勧めできませんね」  彼女の愛らしい唇が紡いだ言葉は、まさかの説教だった。 「カディー様にはせっかくの環境がおありなのですから、ぜひ、お勉強はできる時にできる限りなさってくださいね」  彼女はそう言って柔らかく微笑む。 「カディー様の人生の中で、これからもたくさんの物が姿を変えてゆくでしょう……。ですが、身につけた知識や教養はいつでも貴方のそばにあります。これらはカディー様を決して裏切りません。カディー様が迷う時、困った時に、必ず貴方を助けてくれるでしょうから……」  ああ、これは……聖女様がもたらしてくださる神の言葉……。  つまりは、啓示なのか……。  彼女の言葉は、私に集まる女性達の物とはまるで違っていた。  それは当然だったのだ……。  彼女は我々のような俗物的な人間とは、そもそもからして違うのだから。  彼女は、天が我々を生かすために別の世界より使わしてくださり、ほんの僅かなひと時だけ我々と言葉を交わすことを許された、聖なる乙女……。  聖女様なのだから……。  私は今まで、そんなことすらわかっていなかったのだ。  私達と同じ様なそのお姿に惑わされ、それがまるで自分と同じ生き物であるかのように錯覚していたに過ぎなかったのだと、私はようやく気がついてしまった……。  あまりの衝撃にただ茫然と彼女を見つめていると、彼女はクスッと小さく笑った。  それは、あの時に見た彼女の本当の笑顔のほんのひと欠片ではあったが、間違いなく私に向けられた物だった。 「……っ」  私は息を呑むと、姿勢を正し、彼女へと着席のままで出来うる最大級の礼を捧げる。 「わかりました。これからは勉学に励み、自身を磨くことを怠らないとお約束します」 「まあ、それは素晴らしいですわ」  彼女はそう言って、さらに温かく微笑んだ。  先ほどより一層温度をもった微笑みは、私の心をぽかぽかと温める。  ああ、温かいな……そう思ってしまってから、ようやく私は自分の心がどれほど冷え切っていたのかに気づいた。  もっと……。  もっと温めていただきたい。  もっと彼女のお側を許されれば、私ももっと温めていただけるのだろうか。  彼女のその澄んだ愛に、もっと触れていたい。  たった1人になりたいなんて、そんな身の程知らずな事は思わない。  彼女の愛する民のうちの1人で構わないから。  どうか私を、彼女が温かな眼差しを注ぐうちの、1人でいさせてほしい。  あの出発式典で感じた感動は、あの日心を揺らされた感情は、結局はこういうことだったのかもしれない。  見物に来た民の全てに向けられた、あの眼差しが欲しいと思った。  あの全てを許し包み込むような愛の、その慈愛のひとかけらでいいから。  私にも、もう少しだけ、分け与えてほしい。 「ミノル様……」  思わず彼女へと手を伸ばしかけた時、ドンッと腹に響くような衝撃と共に地面が揺れた。  ピシピシピシ……と耳障りな音が続く。 「何事だ!?」  顔を上げた私の目には、大きな窓ガラスが一斉に砕ける様が鮮明に映った。

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