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多勢に無勢
「集まってください!」
俺は叫ぶと同時に両手を真上に掲げる。
なるべく大きな障壁を、ドーム型に……っ!
ダリスが一瞬でカディーと侍女さんを両腕に抱えて俺の元に駆け寄る。
これなら間に合うか!?
背中側に騎士さん達も残らず3人入ってるのを確認して視線を上に戻すと、俺の障壁にガラスの豪雨が降り注いだ。
ガシャシャシャンッ! と耳をつんざくような音と共に強烈な衝撃が走る。
「っ!」
「きゃぁぁぁっ」
「ひっ」
「くっ……」
大きめに障壁を作ったせいで、思ったより聖力を削られてしまったな。
何とか全部防ぎ切りはしたけど、障壁の上にガラスや木枠が溜まってるからこのまま解除するわけにもいかないし……。
「聖女様、そのままで!」
声と共に、ゴウっと強風が吹いて、ドーム状の障壁に乗っていたガラス片が店内の家具と共に店の端へと吹き飛んだ。
わぁ……、お店ぐちゃぐちゃになっちゃったねぇ……。
魔法を使った彼は、いつも団長さんの隣にいる副団長さんだ。
風魔法が使える人なんだなぁ。
俺は周りの安全を確認してから声をかける。
「障壁を消しますね」
「お待ちください!」「敵襲です!」
鋭い声は俺のすぐ側から聞こえた。リンとダリスだ。
俺は慌てて引っ込めかけた腕を伸ばす。
見れば、割れた大窓から覆面の男達が続々と店内へ侵入してきた。
服装も体格も年齢もバラバラな男達は、それでも揃いの黒い布で髪と口元を覆っている。
そんな彼らの手にはそれぞれにバラバラではあるが揃って鈍く光る刃物が握られていた。
男達は店内を見回すと、障壁の外にいた2人の騎士に狙いを定めた。
「まずはそこの2人からだ! かかれ!」
リーダーらしき男の声に、男達が一斉に2人へと斬り掛かる。
2人は瞬時に駆け寄って互いに背を合わせるように死角を補い合うが、これじゃ……。
「多勢に無勢です! 障壁を解くので皆戦ってください!」
「ですがそれでは聖女様が……」
心配してくれるダリスには悪いけど、このままじゃあの2人がやられちゃうよ!
「騎士さん達は強いから大丈夫です!」
叫ぶと同時に俺は障壁を解いた。
途端、団長さんと騎士さん2人が飛び出してゆく。
「私達は下がります! あの壁を背に、リンとダリス様は前をお願いします!」
俺の指示に、リンとダリスは俺とカディーと侍女2人を背に守りつつ、建物の奥へと移動する。
まだ大窓側から敵が来るかもしれないし、敵の狙いが俺達であるなら、なるべく俺達が無事でいることが肝心だ。
団長さん達と合流した1班は流石の連携で、危うげなく確実に敵を倒している。
う、分かってはいるんだけど、俺は人が斬られるところが見ていられなくて、じわりと視線を逸らす。
店内には剣戟の音と気合の声、それに悲鳴だけが続く。
というか、なんか、ここまで派手に突入してきた割には、敵にそこまでの気迫がないというか……?
……あれ……?
確かに、リンもダリスも揃って強そうなオーラを発してるから、襲いかかりづらいってのはあると思うけど……、それにしても、誰もこっちに来ないよ……?
もしかして、彼らの狙いは俺達じゃないって事……?
「リン、おかしくない?」
「聖女様が狙いではないという事ですか」
「うん」
俺達の言葉にダリスが呟く。
「では敵の狙いは……」
次の瞬間、外からパアンッと何かの弾けるような音がした。
それも、高い位置で。
「合図だ!」「ズラかれ!」
そんな言葉と共に、男達は一斉に大窓から外へと消えてゆく。
俺達が目的でないのなら、敵の狙いは……?
脳裏に今朝まで作っていた聖球の輝きがよぎる。
「宿に戻りましょう!」
俺が叫ぶと全員がハッとした顔で俺を振り返った。
俺達が慌てて駆けつけた宿は、炎に包まれていた。
騎士達や宿の人達が水魔法やバケツリレーで必死で消化活動にあたっているけれど、炎は一向に弱まる気配がない。
「油でも撒いたか……」
俺が馬車から降りた時、先に降りていたダリスのそんな言葉が聞こえた。
俺は必死であたりを見回す。
休日だったこともあり、騎士達の数は全員とは程遠い。
クロイスやヒアッカ達は無事だろうか。
「皆無事!? 怪我人は!?」
俺が叫ぶと、皆が一斉に俺を見た。
「「「「聖女様!」」」」
俺の無事を喜んでくれる皆の声はありがたいけど、今はこっちを何とかしなきゃ。
俺はもう一度声を上げる。
「怪我のひどい人はいない!? 中にはまだ人がいそう!?」
「外に逃げた者に大怪我はありません! 中には多数の人がいる模様です!」
俺の問いにハッキリ答えたのはドルーグだった。
「わかった!」
俺はドルーグの無事を内心で喜びながら建物へと駆け寄ると、両手を胸の前に組んで膝をつく。
目を閉じた俺のすぐ後ろに、リンがピッタリと付いてくれてる気配がする。
浄化で炎が消せるのか。
試したことはないけれど、やってみるしかない。
浄化が消せるのは瘴気、穢れ、不要な物。
俺にとって、この宿にとって、この炎は、不要な物だ!
俺は心でそう叫びながら、宿全体を範囲指定して、高濃度浄化を行う。
高濃度浄化なら、中で倒れている人の一酸化炭素中毒症状も一緒に浄化で解毒できるはずだ。
どうか炎が消えますように、どうか中の人達が皆無事でありますように……。
俺は必死で祈る。
俺の中から聖力がごっそりと抜けてゆく。
教会ほどの広さはないものの、この宿はこの町で一番大きな宿で、俺はさっきの障壁で大幅に聖力を削っていた。
もし移動の馬車の中でリンが補給してくれていなかったら、俺はこの時点でもう意識を失っていただろう。
後ろから「わああっ」と歓声が上がる。
どうやら炎は無事消えたようだ。
俺は目を開いてそれを確認すると、振り返ってまた叫ぶ。
「怪我人を探します! 探知が使える方、手伝ってください!」
俺の声に団長さんが叫び返す。
「聖女様、我々で捜索班を組んで怪我人を一箇所に集めます!」
「わかりました。では私は治癒を行いますね!」
向こうでは副団長さんが騎士団の治癒術師2人に指示を出している。
その向こうでは野営の荷物からテントが引っ張り出されて組まれようとしていた。
あそこが救護テントになるのかな?
歩き出そうとした俺の足が、不意にもつれる。
「うわっ」
俺が前に手を出しかけた時、身体がふわりと宙に浮いた。
「どうぞ、しばらく私の腕の中でお休みください」
リンの囁くような声は、俺のすぐ耳元で聞こえた。
たっぷりの愛が込められたその言葉に、俺の顔がじわりと耳から熱くなってくる。
「う、うん……。ありがとう、リン……」
こんな顔をした俺のこんな姿を、皆に見られるのは恥ずかしい。
でもリンの腕の中は、リンの心臓の音がかすかに聞こえて、リンの匂いがして、安心できて、離れ難い。
俺が顔を赤くして縮こまっていると、リンはマントを前に回して俺の姿を隠してくれた。
ああ、いつも気遣ってくれてありがとう。
リンはいつだって、俺にずっと優しいね……。
ほわほわした気分で、救護テントに向かうリンの腕に包まれていると、バタバタと駆け寄るような足音と共に、俺の近くで聞き慣れた声がする。
「聖女様! 大丈夫っスか!?」
「あの、お加減はいかがですか……?」
ヒアッカとクロイスの声だ。無事だったんだね。
俺がマントから顔を出すと2人はところどころ煤けていたけれど、元気そうな姿を見せてくれた。
「ちょっと力を使い過ぎちゃっただけだよ……」
「うわ……聖女様顔色ヤバいっスよ。そんなんで治癒とか無茶なんじゃないスか?」
ヒアッカの言葉にうんうんと頷きながら顔を出してきたのはドルーグだ。
「そうですよ、あんまり無茶ばかりなさらないでください、こちらの寿命が縮みます……」
そう言って、ドルーグは心底心配そうな顔で俺を見つめてくる。
その隣から、刈り上げた青髪のカイルが顔を覗かせる。
「4班はこれより聖女様の護衛任務に就きます」
「我々は全員無事ですのでご安心くださいね」
そう言って優しく微笑んでくれたのは、いつも穏やかなフォーンだった。
皆の言葉に心がじんわり温まる。
「あれ、ちょっと顔色良くなったっスか?」
ヒアッカが不思議そうな顔をする。
どうしようかな……、彼らには聖力の本質について伝えておこうか……。
4班の皆とはこの先も結界柱の浄化時には必ず一緒になるんだし、もう話しとく方が話も早いよね。
建てられたばかりの救護テントにはまだ誰も患者が入っておらず、俺は4班の皆をテントの中に集めて、話をした。
「そういう事だったんですか……それで今までの聖女様も浄化の後はあんなに疲れた顔をなさってたんですね……」
37歳になるドルーグが、これまでの色々を振り返ってようやく納得がいったという顔をする。
ヒアッカは必死な顔で尋ねてきた。
「嬉しいとか楽しいとか、そーゆー気持ちが全部無くなっちまうってことっスか!?」
「倒れるくらい使うと、そうなるね」
「じゃあ聖女様は今、辛くて苦しいみたいなそんな気持ちなんスかっ!?」
俺が頷くかわりに苦笑を浮かべると、ヒアッカは赤い目をこれでもかというほど見開いた。
信じられない。みたいなそんな顔だ。
「そんなん、俺……っ、俺じゃ我慢できねっスよ!!」
言って、ヒアッカが飛びついてくるのを、リンがひょいとかわす。
「ちょっ、兄さん独り占めしてる場合じゃないっしょ!? 皆で聖女様をあっためてあげないと、聖女様が凍えて死んじゃうじゃないっスか!」
「……私が温めている。今も、こうして」
リンの少し拗ねるような声に、ヒアッカが叫んだ。
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