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あいつ泣くかなー?
「うおおおおおお! 兄さんの独占欲可愛いんスけど、今はちょっと皆の聖女様って事にしてほしいっスよ!?」
可愛いって……。
リン、年下に可愛いって言われてるよ?
「聖女様、あの、私も、皆も、聖女様のことが大事です、ずっとお守りしたいと思っていますっ」
クロイスが俺を温めようとして、懸命に言葉を紡いでくれる。
そんなクロイスをヒアッカが肘で突く。
「クロイスもさぁ、大事とかじゃねぇっしょ? 大っっっっ好きっしょ!?」
ヒアッカはパッと俺に向き直ると、ニカッと人懐こい笑顔を全開にして言った。
「俺、聖女様のこと大大大好きっス!」
うっ。ヒアッカの言葉は本当にストレートで、バシッと届くなぁ。
心の奥がジーンとして、じわじわと温まる、そんな感じだ。
「う、うん……。その……、私も、聖女様のこと、だ、大好き、です……っ」
ヒアッカの指導を受けたクロイスが、真っ赤になりながらも、俺に慣れない愛を精一杯捧げてくれる。
ふわふわと温かい愛に包まれて、俺は幸せな気持ちで微笑む。
「2人とも、ありがとう」
「あ、顔色けっこー戻ってきたっス!」
ヒアッカが嬉しそうに笑う。
その安堵の滲んだ笑顔に、俺もまた癒される。
「……つまり、聖女様に我々が心を捧げれば、聖女様は失った聖力を補える……って事か?」
ドルーグがようやく理解できたという顔をする。
「そっ、それでは、私も聖女様に愛を捧げて構わないのですか!?」
わざわざ尋ねてくれるカイルに、俺はリンをチラと見上げる。
リンは兜の下で表情までは分からなかったけど、渋々という様子で頷いてくれた。
***
ダリスガンドはカラサディオが寝泊まりしていた部屋のあった場所から回収できる限りの荷物を回収して、カラサディオとリサの待機している馬車へと戻った。
すると、カラサディオが「今は人手が必要だろう。ここへすぐ強盗が戻るとは考え難い、ダリスも私兵達と共に手伝ってこい」と殊勝な事を言うではないか。
さらには回収した荷物の中から本を取り出して「待つ間私は勉強をしている」などと言うのだから、ダリスガンドもさすがに耳を疑った。
聖女の影響なのは分かるが、あまりに素直過ぎないか……?
ダリスガンドはやたらと聖女に従順なカラサディオの様子にどこか不快感を覚えつつも馬車を出た。
私兵をカラサディオの護衛とそれ以外に分け、護衛以外の兵の指揮権を騎士団の長へと一時的に託すとダリスガンドは1人で動き始める。
せっかく自由に動ける機会だ、有効に使わせてもらおう。
ダリスガンドには、いくつか確かめておきたいことがあった。
宿にはやはり何者かが油を撒いた様で、部屋は酷く燃やされていた。
カラサディオの部屋と、聖女の部屋と、護衛騎士達が寝泊まりしていた部屋が重点的に燃やされているという事は、よほど内部の事情に詳しいものが手引きをしたのか……。
騎士達は休暇で町へ出ていた者も多く、運び出しが間に合わず燃えてしまった荷も相当数あるようだ。
こちらからも資金援助を申し出ておく方が、聖女や騎士団への印象も良いだろう。
そんな、まだ被害状況も確認中の現状ではあるが、確実に無くなった物がある。
それは、聖女がこの旅で作り続けていたという聖球だった。
荷車に乗せて騎士達が持ち運んでいた物から、各騎士に2つずつ配給されていた物、聖女が作ったばかりでまだ部屋にあったという物まで、宿に残されていた全ての聖球がひとつ残らず消えているらしい。
確かに、聖球というのは穢れに対抗する唯一無二のアイテムだ。
強盗が狙うというのも納得はできる。
が、どうせこれだけ派手にやらかして聖力を狙うのならば、聖女そのものを攫う方が、使い切りの聖球よりも無限に聖力を使う事ができるのではないのか?
私は『元聖女は狙われる』という聖女の言葉を思い返しながら、宿の焼け跡で負傷者の救助に奔走している騎士のうち、なるべく手隙そうな者の中から一番頭の良くなさそうな若者を選んで声をかけた。
「忙しいところすまんな、少し尋ねてもいいか」
「うぇ、俺ですか?」
「ああ、すまないが少し疑問があってな、いいだろうか」
「まーちょっとならいいですよー?」
思った通り、軽そうな顔をした男は軽そうに笑った。
「聖球というものはそれほどに貴重な物なのか? 騎士達にもそれぞれ配給されているのだろう。聖女がまた作れるのではないのか?」
「あー、聖球は作んの難しいんですよー、時間もやたらめったらかかるし。俺が見習いん時にご一緒した聖女様は丸1日必死こいて汗水垂らして頑張ってもほんの3つ4つしかできなくて、もうやだーって半べそかいてました」
「……そうなのか」
せめて半べそのくだりは伏せてやれ、と思いながらも私は飲み込んで頷いた。
あの聖女と呼ばれる者が、必死に、汗水垂らして作るほどに集中力が要る作業を、それほどの時間続ける必要があったとは……。
魔物の討伐時に無遠慮に砕いてしまった聖球が努力の結晶だったのだと聞いて、私はその白い輝きがどれほどに尊く貴重だったのかを知った。
「では、なぜ強盗は聖女を攫わなかったのだろうか?」
「そりゃ聖女様が向こうの世界に戻んないと次の聖女様が来ないですからねー。流石に国全部が傾くような事は、強盗でも恐れ多くてできないんじゃないですかね?」
気安い口調でさらりと告げられたのは、私が初めて耳にする内容だった。
「……そう、なのか……?」
「あれ? これって常識じゃないんですか? あー、貴族サマは聖女様の事知らないからって巡礼に混ざったんでしたっけ。お偉いさん達はあんま聖女様のこととか教会のことって知らないもんなんですねー」
悪びれる様子もなくへらりと笑った男が、向こうから呼ばれる。
「おい、アホーク! いつまで遊んでんだ!」
「この下に誰かいる! 手ぇ貸せアホーク!」
下に人が……!?
そこはどう見ても燃え落ちて崩れた天井で、その下にいる誰かは間違いなくその下敷きになっているのだろう。
「私も手伝おう」
言って、私も騎士達と力を合わせて瓦礫を退かす。
そこには大柄な男が微動だにせずうつ伏せていた。
「ラドム!?」
「はぁ!? 逃げ遅れるような奴じゃねーだろ!?」
アホークと呼ばれていた男が声を上げると、別の騎士がまた別の騎士へと視線を投げる。
「さっきの声聞いたろ!?」
「下に誰かいる!」
「持ち上げるぞ! おいラドム、まだ生きてんだろ!?」
「こんなとこで死ぬんじゃねーぞ! お前聖女様を守るって約束してただろ!」
完全に意識を失っているらしい男が、それでも仲間の声に僅かに呻いたように見えた。
「……っ」
「生きてる! すぐ聖女様のところへ連れて行け!」
即座に別の者が担架を運んでくる。
私よりも大きな体格をした男の手足を全員で掴む。
どろりとした皮膚がずるりと動く。
滑り落ちそうな身体を、全員がしかめ面で強く掴んだ。
担架にうつ伏せのまま乗せると、3人の騎士が素早く運び出した。
殆ど声を掛け合うこともなく、視線と呼吸だけで騎士達は担架を持ち上げて去ってゆく。その洗練された連携と信頼を感じる後ろ姿に、微かな感動を覚える。
視線を戻せば、男が身体を張って守ったその下には、2人の少女とそれを抱えて蹲る母親らしき女性がいた。
あの燃え盛る中で、咄嗟にこんな窪みに彼女達を詰め込んで、……自らが、蓋になったと言うのか。
涙ながらに騎士達に礼を言い続ける女性に対応をしたのはさっきアホークと呼ばれた男だった。
あの中では1人背が低かったので、彼がここに残ったのだろうか。
「わ……私たちを……助けるために、あんな……あんな……ことを……」
彼女や子ども達の話によると、彼は身を焼かれ続ける中でも呻き声一つあげることなく、心配する彼女達には仲間が来るから大丈夫だと言い続けていたらしい。
一体どれほどに強靭な精神力があれば、そんな事ができるというのか。
果たして私の元にいる私兵の中に、そんなことができそうな者はいるだろうか。
いや、私ですら……見ず知らずの相手にそこまでできるのかと問われれば分からない。
「それは怖い思いをしましたね……。ラドムはイマイチ愛想がなくて、いつも仏頂面なんですよね」
「い、いえ、そうではなく……」
「ああ、彼の事なら心配ありませんよ。聖女様が癒してくださいますからね」
不安そうな女性に、アホークはそう言って屈託のない笑顔をみせる。
……こいつはアホなのか?
背中側のほとんどを溶かされたあんな状態では、治癒をかけたところでもう間に合うわけが……。
いや、だとしても、そんな事を彼女達に言うわけにはいかないという配慮か……。
一度は失墜していた護衛騎士という存在への尊敬や畏敬の念が、私の中で再びその姿を取り戻しつつある。
やはり彼らは父の言う通り優れた心と腕を持ち、それを鍛え続けているのだ。
アホークは彼女達を丁寧に宿の者へと預けると「よーしっ」と腕を頭上で伸ばしてから楽しそうに呟いた。
「ラドムの泣き顔見に行くかぁ。あいつ泣くかなー?」
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