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榛色の瞳

「ラドムー、生きてっかー?」 「アーク、遅かったな」  ヒアッカがそう言うと、ビルドも「ああ、一歩遅かったな」と言い、モリーが「いやぁ残念だったなぁ」と続いた。 「え、は? マジで!? ラドム泣いたのかよ!? すげーレアじゃんっ! うおおおおお見逃したぁぁぁぁぁ!!」  アークの叫びに、俺はようやく何が遅くて残念だったのかを理解する。 「はぁ……? お前泣き顔見にきたのかよ」 「最低だな……」  後ろから、事態を把握したらしいドルーグとカイルがため息混じりに言う。 「つーかさ、1回アークを泣かさねぇ?」  ヒアッカが、イタズラを思いついた子どものような顔で笑う。 「お、いいな」 「こいつ泣かすなんて簡単だろ」 「ボコせばいーよな」  モリーとビルドもいい顔をしてヒアッカの提案に乗る。  俺は息を吸い込むと、叫んだ。 「ちょっと皆! 今は遊んでる場合じゃないよ!? 怪我人を1人残らず拾って、ここに連れてきてくださいっ!!」  俺の言葉に、テントの全員が耳を押さえる。  あれ? アークの向こうで耳は押さえないまでも渋い顔をしてるのはダリスじゃないか。  いつの間に救護テントに来たんだろう。  ちなみに後ろは見てないけど、リンは多分平気な顔をしてると思う。 「はーい」「すみませんっ」「お、お騒がせしましたっ」「必ず」  6班の皆が答えて出て行こうとする中、立ち上がるラドムを俺は慌てて捕まえた。 「わぁぁ、待って、ラドムは行かないでっ」  ラドムのぶっとい腕にギュッとしがみついた俺を、ラドムはギョッとした様子で見下ろす。と、彼の足元がふらついた。  すかさずリンが俺を後ろに下げる。  ラドムの転倒に巻き込まれないようにだろうけど、先にラドムを支えてあげなきゃ……。  顔を上げればラドムの方は、ドルーグとカイルがしっかり両脇を支えてくれていた。  おお、頼りになるなぁ。 「ほら、まだふらふらしてるのに、どうしてそんなに何でも我慢して頑張ろうとするの?」  俺の指摘に、その場に座り直したラドムがシュンと俯く。  「いえ、今のはそうではなく……」と何か言いかけたようだったけど、彼はそれを飲み込んだ。 「……それが、務めですから」  ラドムの言葉に、俺は思わず言い返す。 「そんな辛い思いばっかりするのが護衛騎士の仕事じゃないよ!?」  ええっ、何でそこで驚いた顔しちゃうの!?  司祭のせいなのか、この時代の騎士さん達は辛い思いを受け入れ過ぎてない!? 「護衛騎士の仕事は、聖女を支えて一緒に巡礼をして、全員無事に教会に戻ることだよ!」  と、俺は思ってるんだよ。  もちろん、それぞれが思う『護衛騎士とは』っていうのはそれぞれで違って当然なんだけどね。  そう伝える俺に、ラドムはいつもの無表情を少しだけ悔しそうな顔にして、俺に話してくれた。  どうして自分が護衛騎士を目指したのか、を。 「……私の母は、ずっと後悔していました……」  ラドムのお母さんは昔教会で聖女付きの侍女をしていたらしい。  それが、ある巡礼の時、侍女と同じ聖女の乗る馬車に、聖女を狙う人攫い集団の内通者が乗っていたのだそうだ。  その事に、巡礼中ずっと気づかなかったと、当時の事を悔やんでいるんだそうだ。  ……うん? 待って?  その内通者って、シオンの事じゃないの?  じゃあ、その時の聖女って蒼で、侍女っていうのはララ!?  ラドムの“ラ”はララの“ラ”だったの!?  俺が弟である蒼のことを話せば、ラドムは初めて知ったという様子で榛色の瞳を見開いた。  ああ、そうか。この榛色はララの瞳と同じ色だったのか。  ずっと、どこかで見覚えがある気がしていたのは、気のせいじゃなかったんだ。  ラドムは蒼の名前は知っていたものの、俺のことまでは聞いていなかったようだ。  それに、母親からは蒼はもうこちらに来ないと聞いていたらしい。  ……うん、そうだね。  あれだけ関係を持っていたセリクと一緒に帰ったからね。  そう思うのは当然だよな。 「シオンの事はしょうがないよ。当時は誰も気づかなかったんだから……」  あの時、俺がもっと周りを見ていれば。  大人しかったシオンに、もう少しだけでも話しかけていれば……。 「後悔を抱えていたのはララだけじゃないよ。俺もそうだし、蒼も、きっとあの時一緒だった騎士団の皆がそれぞれに抱えてた」  俺が言うと、ラドムはじっと俺を見つめる。 「でもね、それはあの時当事者だった俺達が抱えていればいいんだよ。ラドムまでがそれを背負う必要はないんだ」  ラドムは何か言いたげに瞬くものの、俺の話が終わるまで口を挟む気がないのかじっと黙っている。 「それにね、たとえラドムがすすんでその思いを背負いたいと思ったんだとしても、ラドムが人のために自分を捨ててしまうのは間違ってるよ。だってラドムが死んでしまったら、それが誇りある殉職だったとして、ララが喜ぶと思う?」  ラドムは榛色の瞳を大きく揺らした。 「俺は悲しいよ。ラドムが死んでしまったら、すごく悲しい……。きっと沢山泣いてしまうと思う。だから、ラドムには死なないでいてほしい」  最後は感情論で申し訳ないけど。  結局ラドムが抱えている物も、囚われている物も、形のない感情のようだから、ここは俺も感情で押させてほしい。  俺は、ラドムが膝の上でぎゅっと握り締めていたラドムの手を取ると、両手でそうっと包んだ。 「お願いだよ、死なないでラドム。俺は、優しいラドムにはずっと元気でいてほしいんだ。そうすれば、ラドムはこの手で、もっとたくさんの人の笑顔を守れるから」 「ケイト様……」  ん?  待って?  テントに……ダリスさんがいらっしゃいませんでしたっけ……?  その名前がNGとか以前に、今俺が話したことって、どう考えてもフロウリアに初めて来た聖女の話じゃなかった事ない???  チラとダリスの様子を窺えば、彼はテントの端でこちらに背を向けて『自分は聞いていない』のポーズをとってくれていた。  うーん……。まあ、ルクレイン家がこっそり届けてくれた書簡を見る限り、向こうもこっちの正体には気付きながらも知らないフリをしてくれてるみたいだし、もう今更なのかな……?  俺は気持ちをラドムに戻すと締めくくりに入る。 「それにね、シオンの件ではこちらに死傷者は出てないんだよ。だから、あの件で不幸になった人は誰もいないんだ」  ……シオンがあれからどうなったのかは、分からないけどね……。  もしあの件で不幸になった人がいたとするなら、それはシオンとその家族だろう。 「だから、ラドムには、今自分ができることを無理のない範囲で頑張ってほしい。ラドムがこれから最初にするべき事は、疲れた体をしっかり休ませて、出立までに体調を整えることだよ?」  俺が「分かった?」と尋ねると、ラドムは「はい。必ず」と答えた。  返事が相変わらず重いなと思いながらも、出立までに必ず元気になってくれるならそれが一番か、と俺はラドムに微笑んだ。  そこへシヴァルが着替えを手に戻ってくる。  ……そういえば、シヴァルがモリーにラドムについておくように言ってたよね? 「あ、シヴァルごめん。あれからアークが来たんだけど、ちょっと煩かったから3人とも仕事して来いって追い出しちゃった」  俺の言葉に、シヴァルは小さく微笑んで「構いません」と答えてくれた。 「ラドムは今日いっぱい休ませといてくれる?」  シヴァルは「はい」と頷いて、ラドムを立たせると、背を支えるようにしてテントを出た。  俺は、改めてダリスに視線を投げる。  ダリスも、ようやく順番が来たか、という顔でこちらに向き直った。  さて、何て言われるんだろうな……。  内心で身構えつつも、にっこりと微笑んだ俺に、ダリスは意外な名前を口にした。

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