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夜番の8班

「……シオン……?」  俺が尋ね返すと、ダリスが「はい」と頷く。  ……なんでダリスがその名前を……? 「その名の者について、私の持つ限りの情報をお渡ししましょう」  それはつまり……俺に何か要求がしたいって事か。 「……では、私は何をお支払いすれば良いのですか?」  俺の言葉に、ダリスは満足そうに灰色の瞳を細めた。 「私に貴女の治癒を見せてくださいませんか」  治癒? 「ダリス様、お怪我をなさってるんですか?」 「いえ、私は貴女の技術に興味が……」 「聖女様お願いします!」 「どうか治癒をお願いします!」 「ソーンを助けてください!」  会話の途中でテントに飛び込んできたのは、真っ黒に焦げた人らしき物を乗せた担架だった。  担架を運ぶ2人の騎士と天幕を捲った騎士が、縋るように俺を見る。  えっ!? 騎士さん!? 何でこんなに真っ黒こげなの!?  俺はすぐに駆け寄って、炭のような色をしたそれへと手を翳す。  さっきの生焼けだったラドムよりも明らかに重症だ。  治癒の陣が回ってくれるだろうか……。  既に死体であるなら、治癒の魔術陣は発動しない……。  俺は無事に麻酔の術を発動し始めた陣にホッと胸を撫で下ろしつつ、次々にリストアップされる損傷箇所の多さに唖然とする。  ええと、こことここを先に治して、これは後回しで……。  必死に頭を回転させて、彼が少しでも生き残れる順序を探す。  それから、丁寧に傷ついた箇所を治して整えてゆく。  絶対にミスできない超精密生態パズルを何とかノーミスでクリアした俺は、いつの間にやら止めていたらしい息をはぁぁぁぁと吐き切った。  いや、まだ終わってないけどね、表皮も手足もまだまだ残ってるけど、ひとまず死なないとこまでは、何とか戻せた……。  じわりと滲んでいた汗が、こめかみを伝って顎から落ちる。 「……っ」  よし、もうひと踏ん張り……っ。  ああ、まずいな、流石に魔力が足りなくなってきたか……。  指先が震え出して、俺は魔力枯渇が近い事を知る。  この辺で切り上げて、後は治癒術師さんに頼もうか……。  悩んだ俺の肩にリンが触れた。  温かな感触はグローブではなく素手のようだ。  そこから、セリクほどではないものの、それなりに整った魔力が送られてきて俺は驚く。  ああ、そうか。リンは魔力制御の練習頑張ってたもんなぁ。  リンが助けてくれるなら、もうちょっと……ううん。やり切ってしまおうか。  俺は自分の魔力を入れておいたブレスレットからも魔力を取り出しつつ、彼の怪我を全て治し切った。 「終わっ……た……」  全身の力がすっかり抜けた俺の身体を、リンの逞しい腕がしっかりと支えてくれる。  俺は安心してリンに身を預ける。  あー……ダメだ、目を開いてるのも、もう無理……。  皆のわあっという歓声も、俺を気遣う声も、すごく遠くに聞こえる。  リンが「魔力に余裕がある者は……」となにやら魔力を募っている。  ああ、俺に分けてくれようとしてるのか。  でも4班の皆ってクロイスがちょっと多めくらいで、他は人並みかそれ以下くらいだよね?  なんて思っている間に、俺にはリンの手のひらからじわじわと丁寧に魔力が注がれ続ける。  ちょっと前まであんなに波があったリンの魔力は、随分と受け取りやすい形になっていて、リンの赤い魔力が俺の中に少しずつ入り込んで溜まってゆく。  そうなんだよね。リンは髪も瞳も青いのに、魔力の色は赤いんだ。  きっと魔法適性が火だからだろうね。  セリクは青緑色だけど、風と水が使えるし。  水に適性のある俺の魔力はリンの髪みたいな青なんだ。  ……って、あれ?  リンは騎士の中では魔力が多い方だけど、こんなに注げるほど持ってはいないはず……。  何とか瞼が持ち上げられる程度になった俺が、えいやと気合を入れて重い瞼を開くと、すぐ近くに息を切らしたクロイスとアンナが居た。 「あ……」 「「ケイト様っ」」  2人は目を開いた俺の名を喜びいっぱいの顔で呼んだ。  その名前……今はNGだよ。  部屋にダリスがいたよね……?  俺が視線だけでダリスを探すと、彼はまたも他所を向いてくれていた。  度々申し訳ないな、と俺は心の中で謝る。 「アンナも……来てくれたの……?」 「はいっ。私の魔力でお役に立てるなら、いくらでもお使いくださいっ!」 「そっか……2人とも……ありがとう……」  力の入らない体では僅かにしか微笑めなかったけど、2人は嬉しそうにしてくれた。  俺はリンに抱き抱えられたままの状態で、騎士達の報告を聞く。 「聖女様っ! 本っっっっ当にありがとうございました!!!」  ガバッと頭を下げたのは、担架を運んできた人達だ。  いつの間にか1人増えて4人になってるけど、4人って事は、そこのまだ目覚めない人を含めて5人の班なのかな。  話を聞いたところ、彼らは8班のようだ。  7~9班の皆さんは夜番とか夜班と呼ばれてて、基本的に夜間が活動時間で、日中は眠っている。  当然、移動中も日中は荷馬車の中で眠っている。  代わりに俺達が寝ている夜中はずっと起きてて、宿や野営地を守ってくれている、とっても頼りになる人達だ。  おかげで1~6班の皆は日中毎日元気に動けるんだからね。  じゃあ夜番の人とはまるで面識がないのかというと、そうでもない。  毎朝、毎晩、部屋や寝室の扉を守ってくれている彼らとは顔を合わせるからね。  おはようとおやすみの挨拶を交わす間柄ではある。  とはいえ夜の部屋番もローテーション制だし、名前まで把握している人はまだ少ないけど、顔だけはそれなりに全員見覚えがある。  俺が今回治癒した、紫色の髪をもさもさっと伸ばしている人は、騎士団でも1人だけだ。  確か、いつ見てもめちゃくちゃ眠そうにしてる人……。 「こいつ、どうも火事に気づかず寝てたみたいで……」 「マジでこいつ寝起き悪ぃんですよ」 「ほんと寝るのが好きな奴なんですよね……」  ……いや、だからって火の中で寝てる!?  そのまま死んじゃうとこだったよ!?  ぶはっと吹き出したのはヒアッカだ。 「ソーンさんすげー根性っスね」 「そのまま永眠するところだったな……」  ドルーグも愕然といった様子で呟いている。 「いやマジで、全員に声かけて外出たのに、ソーンだけいねーってなった時、マジで死んだなと思いましたもん……」 「ああ、絶対まだ寝てると思ったな……」 「ほんとに……、引きずってでも、ソーンを連れてくればよかったって、俺……っ」 「オイオイ、お前が泣くなよ」 「ソーンは助かったんだからさ」 「本当に……聖女様のおかげで……」 「ああ、今年の聖女様がこの方でなければ、絶対に無理だったな」 「聖女様……、本当に本当に、ありがとうございます……っ!!」 「俺たちの仲間を救ってくださって、ありがとうございます……っ」  俺は、何度も感謝を伝えてくれる8班の人達に、俺の力不足で回復魔法をかけられていないことを謝って、目が覚めたらとにかく水分をとらせてやってほしいと頼む。  途切れ途切れの俺の言葉に動いたのは、意外にもダリスだった。

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