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流石に凹んだ

「聖女様、貴女に直接魔力を注いでも構いませんか?」  それは……リン経由ではなく、って事か。  俺は視線でリンに尋ねる。  リンは一瞬躊躇うような気配を見せたものの、渋々了承してくれた。 「ありがとう……、お願い、します……」  俺の返事に、ダリスは手甲とグローブを外した。 「では、失礼します」と一言断ってから、リンの腕の中にいる俺の手をそうっと取ると、俺の手のひらにダリスの手のひらを密着させて握り込む。  恋人繋ぎみたいな形だな、と思ってから、ああ、これは浄化の時の手の形か、と気づく。  1番渡しやすくて受け取りやすい、ロスの少ない形なんだろう。  そう思う間に、ダリスに握られた手からスルスルと魔力が流れ込んでくる。  受け取りやすいよう綺麗に整えられた魔力だ……。  俺は緑色を帯びたその魔力を溢さないように受け取る。  ん……。  ああ……。  体の底の方に魔力が届くと、ふらつくような感覚もおさまってくる。  じわじわと静かに入り込む魔力が心地いい。  まだ魔法を使えるほどではないけれど、少し体が楽になってきたな……。  でも、ダリスって、こんなに沢山魔力を持ってたっけ……?  気づけばダリスのもう片方の手には、手のひらに乗るほどの石が握られていた。  淡く光を放つ石には、俺のブレスレットのように魔力が込められているのか、それとも父の作ろうとしていたような増幅機的な物だろうか……。  両手とも素手にしたのは魔力を通しやすくするためだろうな。  ダリスは静かに俺に魔力を与え続けてくれている。  彼の燻し銀のようなダークアッシュの髪はいつも短く清潔に整えられていて、鋭い灰色の瞳は、今は静かに伏せるようにして、俺と繋いでいる手をじっと見ていた。  俺の視線に気付いたのか、ダリスがふっと顔をあげる。  落ち着いた灰色の瞳が俺を見る。  ああ、綺麗な瞳だな。  この人はカディーをどう思ってるんだろう。  見る限りダリスはカディーのお目付け役みたいなんだけど、それは誰の指示なんだろう。  そして、ダリス自身は、カディーにどうあってほしいと願っているのか……。  俺はまだ、そこが掴みきれずにいた。 「ありがとうございます、もう大丈夫です」  俺が感謝を込めて微笑むと、ダリスはなぜかハッと瞳を一瞬見開いて、それから俺の手を離した。 「彼に回復魔法をかけてもよろしいですか?」  一応確認しておこう。  ダリスからもらった魔力だからね。 「もちろんです、そのつもりでお渡ししましたので」  丁寧な回答に、彼は単に俺の使う回復魔法が見たかったんだな、と納得する。  治癒も見たいって言ってたしね。  俺の治癒とか回復を見てすごいって思ってもらうのって、実は申し訳ないんだけどね……。  だって、俺が作った魔術陣じゃないからさ。  すごいのはセリクで、俺じゃないんだけど……。  かといって、セリクの名前を出すのも、それはそれでセリクに迷惑がかかりそうな気がするしなぁ……。  俺は、ちょっぴり複雑な気持ちを堪えつつ、セリク直伝の疲労回復スペシャルを使った。  セリクが極限まで効率を追求した3重構造の魔術陣が美しく展開される。  皆にソーンと呼ばれていた彼の体に、スタミナ回復魔法が必要な水分や成分を次々補給すると同時に、疲労軽減魔法が体中の血流やリンパの流れを整えて疲労感を取り去る。 「これは……」  隣でダリスが掠れたような声で小さく呟いた。  うーん……彼は失われた水分が多すぎるな……。  一度では足りない感触に、俺は続けてもう一度疲労回復スペシャルをかけた。  術の終わりと同時に、「んー……」と間延びした声がソーンから漏れる。  ソーンは、むにゃむにゃと口を動かした後で、眠そうに目を擦りながら、渋々といった様子で目覚めた。 「んん……? ……どこ、ここ……」  不思議そうにあたりを見回すソーンが体を起こそうとしたところに、仲間の騎士のうち2人が飛び付いた……ところまでで、俺の視界は黒い鎧に塞がれてしまった。  わあっと無事を喜ぶ仲間の声に、突然もみくちゃにされたのだろう困惑するソーンの声。 「聖女様の御前だぞ」  ダリスが注意してくれているけど、俺は気にしてないよ、男同士だし。  ……と、言うわけにもいかないんだけどさ……。  向こうでは、慌てて8班の人が全裸のソーンを毛布に包んでいるようだ。  俺には黒い鎧の背中しか見えないけど。  仕方ないので視線を横に動かすと、リンの隣ではアンナが両手で顔を覆って……ないな。  それ、指開いてるよね?  見ないようにしてるフリして、めちゃくちゃ見てるね?  ふとリンの視線を感じて顔を上げる。  そういえば、いつまでも抱っこされてたけど、もう自分で歩けそうだよな。  もう降ろしていいよ、と言おうとした俺は、リンの青い瞳が何だか泣きそうな色で俺を見ていることに驚いた。 「……リン?」  リンは黙ったまま、小さく首を振った。  青い瞳は閉じられてしまって、兜の外から見えたのは揺れる青い髪だけだった。  どうしたんだろう……。  後で話を聞いてみなきゃ。  俺はダリスが動く気配に前へと向き直る。  ダリスは「失礼しました」と一礼してスマートに俺の前を退いた。 「お気遣いくださりありがとうございます」  俺は礼を返してソーンの様子を見る。 「体の調子はいかがですか? 気になるところがあれば何でも言ってくださいね」 「あれぇ? 聖女様お外モードなんですねぇ?」  いやほら、すぐそこ! ダリスがいるからね!?  俺の視線に気づいたのか、ソーンが「ああそっかぁ」と納得したように頷く。 「治してくださりありがとうございましたぁ」  ふにゃ、と笑うソーンは、起きてても半分寝てるような雰囲気の人だなぁ。 「俺ぇ、聖女様に言いたい事あったんですよぉ」  ん? 何だろう。 「何でしょうか?」  俺が首を傾げると、ソーンは困ったような顔をする。 「聖女様ぁ、あんまりご無理なさらないでくださいねぇ?」 「え?」  すると、ソーンの後ろにいた騎士達も、床に膝をついて俺に向かって姿勢を正す。 「我々は夜に動いておりますが、日中は休んでおります。ですが、聖女様は日中も聖務に励んでおられますのに……」 「聖女様のお部屋から夜中も絶えず聖なる光が溢れておりますのを、夜番の我々は案じております」  うわわ、そっか、光でバレちゃってたのか……。  この体で聖女として聖力を使い始めて2か月になるけど、最近なんだか聖力がパワーアップしてるというかなんというか……。  眩しさが増してる気はしてたんだよね。  やっぱり気のせいじゃなかったかぁ……。 「聖女様、どうか、お身体ご自愛ください……」  8班の皆は、そう言って深く頭を下げてくれた。  そっか……最近徹夜で聖球作ってる日が多かったからな。  夜番の皆に心配かけちゃってたのか。 「皆、心配してくれてありがとう。ここ最近は確かにちょっと頑張り過ぎてしまったけれど、昨夜でやっと聖球も数が揃ったから、これからは……」  ……あれ?  そういえば、この火事の、狙いって……。 「……聖女様」  俺の隣から聞こえたダリスの声は、普段の落ち着いた声よりさらに落ち着いた……というか、沈鬱な響きをしていた。 「大変申し上げにくいのですが……」  ああ、やっぱりか……。 「もしかして……聖球は、残っていないのですか……?」 「はい。宿にあった聖球は、1つ残らず持ち去られたようです」 「1つ、残らず……」  予想はしていたものの……。  1つ残らずとなると、騎士達に支給されてた100個に、俺がノルマで作った150個、合計250個もの聖球を作るのに必要な時間は、毎日6個ずつ作ったとしても42日間は要る……か……。  やっとノルマをクリアしたと思った矢先の……。  しかも、騎士さん達が持ってた100個も、結局俺が教会にいる間に作ったやつだからね。  去年の聖女さんは途中リタイアだったので、去年は一昨年に作ってた聖球を使い尽くして教会に戻ったらしいし……。  あー……。  今からまた……250個かぁ……。  ……これは……うん…………流石に、凹むなぁ……。 「聖女様……?」  ダリスの声に、俺は現実に呼び戻される。 「……ぁ、すみません……。少し、動揺してしまいました……」  顔を上げれば、皆が揃って俺を不憫に思っているのがその眼差しからひしひしと伝わった。 「聖女様のお心を奪うなど、許されない行為です!」  怒りのこもった声はドルーグだ。 「聖女様の大事な気持ちを勝手に持ってくなんて、ぜってー許せねーっス!」 「私も、と、取り返したいです……っ」  ヒアッカとクロイスまで憤っている様子だ。  ああそうか、4班の皆は聖力が何でできているのかを分かっているからか……。 「心……?」  ダリスの怪訝そうな声に、フォーンが器用に答えた。 「聖力の聖なる白き輝きは、聖女様の民への慈悲なのです」  さらにカイルが続く。 「フロウリアに暮らす全ての者を愛する聖女様のお心を盗み出すなんて、到底許せることではありません!」  ああ……、精神的にダメージを受けたばかりだったからか、皆の温かい言葉に涙腺が緩んでしまいそうだ。 「皆……ありがとう……」  微笑んだ先の皆の顔は、不覚にもじんわりと滲んでしまった。

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