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考えるカラサディオ

 ダリスガンドがカラサディオの待つ馬車に顔を出したのは、夕方になりかけた頃だった。 「カディー様、ただいま戻りました」  驚くべきことに、カラサディオは馬車の座席にぐだっと寝転ぶこともなく、真面目に面白くもなさそうな内容の本を読んでいた。  本当に、聖女に勧められたというだけで、カラサディオは今日ずっと勉強をしていたというのか? 「ダリス遅かったな。食事はとったのか?」  カラサディオは本から顔を上げるとそう言った。  小さく微笑むその顔に、ダリスガンドは幼い頃の彼を思い出す。  ダリスガンドが父に手を引かれて城を訪れていたあの頃、奥の庭園に行けばいつもカラサディオが本を読んでいた。 『やあダリス、遊びに来たのか? 今日はなにをして遊ぼうか』  自分と一つしか変わらないカラサディオは、それでも私が顔を出せばいつも年上として私を楽しませようと気を配ってくれていた。  彼は決して勉強が嫌いでも苦手でもなかった。  むしろ当時は第一王子のリヴァルドよりも出来るのではないかと囁かれていて、私はそれが少しだけ誇らしかった。  ……だが、それが良くなかったのだろう。  彼が積極的に勉強をしなくなったのは、いつからだっただろうか……。 「状況は落ち着いたのか?」  カラサディオに再度尋ねられて、ダリスガンドは自身が先の問いにも答えていないことに気づいて口を開いた。 「食事は……失念しておりました。状況はひとまず落ち着きました。聖女達の宿はほぼ決まったようで支度が済み次第移動となるそうです。我々の宿はまだ交渉中ですが、なるべく聖女達と同じか近い宿をと考えております」  宿の焼け跡はまだ片付けこそ残っているものの、荷物の運び出しや救助者の救助を済ませ、周囲の喧騒もすっかり落ち着いていた。  護衛騎士団には巡礼を行う上で必要な探知や治癒のできる人員が揃っていたこともあり、そこに体力自慢の騎士達が力仕事を担当すれば、町の治療院や自警団に救援を呼ぶ必要すらなかった。  ダリスガンドは、救護テントで聖女の技術を見学した後、また独自に宿の焼け跡を調べていたが、事件を調べるために派遣された衛兵達が宿の責任者や騎士団長に聞き取りを行うというので、そこへ同席していた。 「そうか、ご苦労。ダリスは集中するとすぐ食事を忘れるな、まだその癖は治らないのか?」  苦笑するように言われて、私は「はい」とだけ答える。  するとカラサディオは「ひとまずそれでも腹に入れておけ」とリサに視線を送る。  すかさずリサがサイズの割にはずっしりとした紙袋を手渡してきた。  重さからして揚げ菓子だろうか。  昔から、カラサディオはよくこんな風に菓子を持って、近衛騎士の訓練の合間に私や騎士達に差し入れてくれていた。 「ありがとうございます」と受け取りながら、相変わらず、こういう部分はマメな人だと内心苦笑する。  カラサディオは馬車の外へ視線を投げると、ここにいない人を見るようにして蒼紫色の瞳を細めた。 「ミノル様はお美しく、お強く、凛々しかったな……」  聖女は、今日の襲撃の際には瞬時に障壁を張り、宿の火災にはその力で燃え盛る炎を消し去った。  その人間離れした所業は確かに、悔しいが、彼が惚れ直すのも当然だと思えてしまう。 「そうですね」と私は同意を示しながらも、先ほどまでの光景に、ついもう一度口を開いてしまう。 「ですが、彼女は一途過ぎます。一騎士を助けるために無理をし過ぎてしまう部分は正直危なっかしいようにも思えました。私は今日だけで彼女が倒れるところを二度は目にしました」 「何だと!? 詳しく話せ」  私はカラサディオにこの火災は聖球が狙いだったこと、聖球は聖女にとって努力の結晶であること、それを失って聖女はとてもショックを受けていたことを話す。  火災を消した聖女が倒れた事も、消し炭と化した騎士を救うために再度倒れたことも。  ともすれば、あの死にかけの騎士を救った際にも一度は倒れたかも知れないが、それは不確定な部分なので省きながら。  私が聖女に魔力を補給したと聞いてカラサディオは羨ましがっていた。  そうだな。  カラサディオは私よりも魔力が多い、次に機会があれば彼女に魔力を注いでやるといいだろう。  しかしその姿を想像すると、なぜか嫌な気分になってしまいそうで、私は小さく頭を振った。 「ダリス、店の場所はなぜ敵に知られていたのだ?」 「おそらく宿を出た時点で後をつけられていたのでしょう」 「ふむ。しかし、宿の中の聖球の場所がそこまではっきりとわかる物だろうか」  確かに聖女の部屋と騎士団の荷物を狙うのはわかるが、我々の部屋にあった司祭から預かっていた聖球までもが残らず奪われていた。  我々が聖球を持っていると知っていたのは……。  まさか、あの時魔物を仕掛けてきた奴らか。 「……私がもし今日、彼女をお茶に連れ出さなければ、この事件は起こらなかったと思うか?」  カラサディオの沈んだ声に一瞬躊躇うものの、私は思った通りの事を伝える。 「そうですね……。いずれは隙をつかれたかもしれませんが、今日この宿が燃やされる事はなかったかと」 「そうか……。分かった。下がっていい。ダリスは食事をとっておけ。私とリサはもう済ませている」 「はい」と答えてそっと様子を見たカラサディオは、少し俯いた横顔に三つ編みが揺れている。軽く伏せられた青紫色の瞳は何事かを考えているようだった。  責任を感じているのだろうか……。  何となく後ろ髪を引かれる思いで馬車を出ようとした私の背に、カラサディオの声がかかる。 「ダリス、ひとつ聞かせてくれ」  思い詰めたようなその声に、私は「はい」と答えて振り返る。 「ダリスにはミノル様の髪は何色に見えている?」  まるで想像していなかったその問いに、私は不思議に思いながらも答えた。 「……顔周りは柔らかなピンク色で、毛先にゆくほど鮮やかな赤に見えておりますが」  私の答えに、カラサディオは息を詰めた。 「それは、初めて見た時から……、今もずっとか?」 「はい」 「そう……か。分かった。もういいぞ」  言われて、私は今度こそ馬車を降りた。  彼は私の言葉の一体何に驚いたというのか。  私は首を傾げながらも、紙袋から漂う甘い香りにつられて、それを口へと放り込む。  生地を丸めて揚げただけのシンプルな揚げ菓子は、いつものように甘かった。  幼い頃から馴染んだ味に、ホッとする。 『ダリス、歩きながら食べるなんて行儀が悪いぞ』  そう言って私を嗜めていた頃のカラサディオは、私よりも背が高かったな。  今では私の方が5センチ以上は高いが。  ここ最近はすっかり私が嗜めるばかりの主人だが、小さい頃の私にとって……兄のいない私にとって、いつも優しいカラサディオはまるで兄のような特別な存在だったし、彼の専属護衛に決まった時には誇らしかった。  ……まさか彼がこんな出来損ない王子を目指すなんて、当時は思っていなかったからな。  懐かしい味に、そんなことをぼんやりと思い出しながら、私は私兵達のテントへと向かった。  ***  カラサディオは、ダリスガンドの立ち去った馬車で1人考えていた。  あの時、不意の襲撃を受けた店内で、我々へと降り注ぐガラス片に映っていたのは、儚げなほどに優しい色合いのピンクの髪と、私達を必ず守るという強い意志を宿したラズベリー色の瞳だった。  視界の全てを埋め尽くすほどの窓ガラス片。  そのひとつひとつ全てに、美しい彼女の姿が映っていた。  こんなに美しい人を見たのは初めてだった。  その完璧な姿を見て、私にはハッキリと分かった。  この色こそが、彼女の本当の色なのだと。  そう気づいた途端、これまで鮮やかな赤色に見えていた彼女の髪は、ガラス片に映っていたものと同じ優しいピンク色へと変わっていた。  しかし、ダリスには最初から私とは違う色に見えていて、今もそのまま見えているようだ。  これはどういうことなのだろうか。  私は馬車に控えていたリサに尋ねる。 「ミノル様の……お髪のお色でございますか?」  不思議そうなリサもまた、ダリスと同じ色に見えていると答えた。  私は最初に兄から聞いた話を思い出す。  兄は、ミノル様は赤い髪の聖女だとおっしゃった。  けれど今、私の目に映る彼女の髪は淡く優しいピンク色だ。  もしかしてあれは幻術というやつなのだろうか。  確かそんな術についても習ったのだが、もうすっかり忘れてしまった。  いや、元々ちゃんと覚えていなかったというのが正しいか……。  やはり私には学びが不足しているのだろう。聖女様のおっしゃる通りだ。  私に知識があれば、こんなことで悩む必要はないのだろうから。  狭い馬車の中でうんうんと頭を悩ませる事に息が詰まって、私は馬車の窓を開けた。  窓の外には焼け焦げた宿が見える。  今夜の宿はどうなるだろうか、聖女様と同じ宿が無事に取れるだろうか。  まだ辺り一帯に焦げ臭い空気が立ち込めていて、気分転換どころか具合が悪くなりそうな予感に窓を閉めようかと手を伸ばした時、向こうでわあっと声が上がる。

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