196 / 202
新しい結界柱
ヒアッカの質問に俺は答える。
「10時の方向の3体だね。群れっぽいし中くらいの狼型かも。次に12時半の方向の1体に接触すると思うよ」
「りょーかいっス! また近くなったら教えてほしいっス」
「うん、一気に言ったら分かりにくかったよね、ごめん」
俺の言葉にヒアッカはケラケラ笑って言う。
「俺がアホなだけっスよ! 頭のいい奴なら覚えたと思うっス!」
「私はちゃんと覚えましたっ」とクロイスが笑顔で言ってくれてるけど、カイルは「俺はヒアッカと同類なのか……」と小さく呟いてるし、フォーンとドルーグが難しい顔をしてるのは覚えたことを整理中なのか記憶中なのか……だな。
「また敵が近づいたら知らせるので、ひとまずこの草原に15体はいるんだなと思ってもらったら大丈夫ですよ」
俺が大きな声で伝えると、全体的にホッとしたような空気が漂う。
草原に足を踏み入れて、ドルーグが尋ねる。
「ケイト様はどうして魔物のことがそんなにハッキリわかるんですか?」
「私も不思議でした」
そう言ったのはクロイスだ。
「探知魔法は穢れた場所では使えないですよね」
フォーンも後ろで括った薄茶色の髪を揺らして言う。
瘴気は魔素でできているので、探知魔法で魔力を探知しようとしても魔物が瘴気に紛れてしまって判別が難しいんだそうだ。
俺は探知魔法って使ったことがないのでよく分からないけど、探知と鑑定は魔術陣さえ覚えれば大概誰でもできるって聞くし、今度覚えておこうかな。
「これは探知じゃなくて、浄化の応用なんだよね……って、待って? 今までの聖女さんはやらなかったの?」
俺の言葉にクロイスとヒアッカ以外の全員が首を振る。
クロイスは今回が初の巡礼参加だからわかるけど、ヒアッカは何で首傾げてるのかな?
そんな細かい事は覚えてなかったってとこかな……?
「うーん……これも本来なら司祭さんが教えるべきことなんだけどなぁ……」
呟きながら、俺は教会に戻ったら俺の作った後継の聖女さん用の資料がちゃんと揃っていていつでも読めるようになっているのか確認しようと思う。
そして、そこに俺が司祭様から教わった色々な事を書いた一冊も追加しておこうと、密かに思った。
結局、確実に魔物を討伐していった俺達は、調子に乗ったアークが遠くにいた魔物まで引き連れてきて、最初に索敵した15体の魔物を倒し切った。
「では、一帯を浄化しますね」
俺は祈りのポーズで膝を付いて広範囲をしっかり浄化する。
ついでにさっきよりも広い範囲に薄い浄化を乗せて、はぐれ魔物が残っていないかも確認する。
うん、野営地を含めてこの辺りにはもう魔物はいないね。
それにしても俺の浄化はかなり広範囲に展開できるようになったなぁ。
やっぱり何事も繰り返し努力すれば上達してゆくのかな。
俺は目を開くと立ち上がって、皆を振り返る。
と、強いめまいがした。
俺がふらつくのと同時に、リンが両手でしっかり俺の肩を支える。
「あ…………、ごめん、ありがとう……」
リンを見上げて言うと、リンは俺に顔を寄せて囁いた。
「浄化後はゆっくり動くようお心がけください」
う、そうなんだよね。
浄化直後は一気に聖力が抜けてて立ちくらみやすいって分かってるくせに、ついつい終わったぞーって気分で勢いよく立ち上がってしまう。
俺はコクリと頷いてから、皆の方へと顔を向けて言う。
「浄化できました。もうここから野営地周辺まで魔物は1体も残っていません」
わあっ、と、おおお、という安堵と喜びの混ざった声が上がる。
聖女様はあの距離までここから把握できるのか……、と驚く声も聞こえる。
うん、自分でも浄化は上達してきたと思います。
騎士さん達には先に休憩に入ってもらって、俺は4班と共に結界柱のそばへと向かった。
「ケイト様は聖力まだ足りてんスか? 先に回復タイム取った方がいーんじゃないスか?」
「あれ、俺そんな顔色悪いかな? まだいけそうな気がするんだけど……」
ヒアッカの言葉に俺が首を傾げると、クロイスがかあっと顔を赤くした。
ん……?
「ケ、ケイト様っ、私、ケイト様の事、すごくっ大好きですっっ!」
え、今? ここで言ってくれちゃうの!?
恥ずかしくてたまらないという顔で、ぎゅっと両手を胸の前で握って、真っ赤な顔で、それでも健気に伝えてくれるクロイスは、俺を助けようとしてくれてるんだなぁとはっきりと分かる。
元々、人より自分の気持ちを言葉にすることが得意じゃないのに、それでも無理して俺の為に言葉にしてくれてるんだなぁ。
じんわり温まる胸が、次第にぽかぽかしてくる。
「ありがとう、クロイス。俺もクロイスのこと大好きだよ」
「俺も聖女様のこと最っっっ高にスゲー人だって思ってるっスよ! そんけーしてるし、あー……あれ、あれだ、えーと……、敬愛! してるっス!」
へえ、ヒアッカにしては珍しく、難しい単語を引っ張り出してくれたな。
俺の為に、ヒアッカの語彙の中から使い慣れない物まで探ってピッタリ合う言葉を選ぼうとしてくれた、その努力がなんだかすごく嬉しい。
「大大大好きっス!!」
さらに追加で、ニカっと満面の笑みを添えてヒアッカが言う。
このまっすぐな告白に、心を打たれない人はいないと思う。
「あー……なんだか照れちゃうなぁ……。ありがとうヒアッカ、いつも助けてくれて」
はにかむ俺に、ドルーグが鼻息荒く宣言する。
「私も、ケイト様を心より敬愛しております!」
「ありがとう、俺もドルーグをいつも頼りにしてるよ」
微笑んで答えると、カイルとフォーンも一歩ずつ俺に迫って愛を捧げてくれた。
「私もです! ケイト様を大切に思っております!」
「私もですよ、ケイト様。貴女の心が穏やかである事をいつも祈っています」
「カイルとフォーンもありがとう。2人のおかげで過ごしやすいよ」
「ケイト様……」
背後から、しっとりと熱を孕んだようなリンの声がして、俺は何だかちょっと怖い気分で振り返る。
あ、あの、あんまり熱烈な台詞は、皆の前で言わなくていいからね……?
リンは俺と目が合うと、青い髪の向こうから深い青色の瞳を細めて愛しげに微笑んだ。
何も言わずとも、リンが俺をどれほど愛しているのかは十分に分かっているはずだとその眼差しに伝えられて、俺はそれだけで顔が熱くなってしまう。
うう、リンはやっぱり最高にかっこいいよ……。
リンは俺が耳まで赤くなった事に満足したのか、そのまま無言で機嫌良く俺の後ろを歩いていた。
4班の皆の温かい声かけと、リンの無言の圧……いや、愛のおかげで、俺は結界柱の前にたどり着いた時にはさっきの浄化で使った聖力の半分以上を回復していた。
「あ、なんかケイト様元気になったっスね!」
ヒアッカが弾む声で言う。
「あはは、分かる? 皆のおかげだよ、本当にありがとう」
俺が感謝の微笑みを向けると、皆も嬉しそうに微笑んでくれた。
俺は皆の気持ちが嬉しいし、皆も俺が元気になったら嬉しいって思ってくれてる。
愛っていうのは、こうやって互いに向け合えれば循環して増えていくはずの物だよね。
それなのにどうして、この国では結界柱に閉じ込めた聖女から一方的に搾取しないと国が守れなくなっているんだろう。
この結界の向こうに、一体どれほどの悲しさや悔しさが溢れてしまっているのか。
そうなってしまった理由は何なのか……。
それを知っている人は、もうこの国にはいないのかな……?
俺は、それが知りたいと、切実に思った。
「なんかこの柱って、近くで見ると今までのよりキレーっスね」
「え?」
ヒアッカの言葉に俺は改めて結界柱を見上げる。
言われてみれば確かに。
結界柱の表面についた小さな傷のようなものや、苔の生え方だとかが全然違う気がする。
「ここが平地だからじゃないのか?」
カイルの言葉に、ドルーグが答える。
「そんなら雨風にさらされる分、もっと傷みは早ぇだろう」
「……じゃあ、この結界柱は他のものより新しいって事ですか?」
クロイスの言葉に皆が結界柱を見上げる。
「新しい、結界柱……?」
フォーンが呟く。
「だとしたら、中に入ってるのは…………攫われた元聖女って事か……」
俺の呟きに、4班の皆は息を呑んだ。
ともだちにシェアしよう!

