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定型魔法

「ケイト様……」  リンが俺を気遣うように声をかける。 「大丈夫だよ、俺は俺にできることを、できる限りやるだけだから」  俺はリンに微笑むと、祈りのポーズで膝をついて5本目の結界柱の浄化に取りかかる。  結界柱には思ったよりも澱みが沢山溜まっていた。  それを丁寧に消し去って、中の人が少しでも楽でいられるように、と祈る。  予想よりずっと減ってしまった聖力に、さっき回復させてもらっていた事を感謝しつつ、俺は目を開いて浄化の完了を告げる。 「浄化できたよ、リン、クロイス、ヒアッカ、手伝ってくれる?」  俺達は4人で手を繋いで、これまでのように結界柱に呼びかけた。  しかし結界柱から返事はない。  1本目の心晴(こはる)ちゃんの時のように心が結界柱に溶け込んでいるという感じではなくて、ただただ返事のないこの感じはむしろ、2本目3本目の時の初め、心が眠りについていた時の感覚に似ている。  そんな中で『おーいっ!』とヒアッカの声が力強く響いている。  クロイスとヒアッカの2人は、あれから繋いだ手にサインを送ることでクロイスの伝えたい言葉をヒアッカが代弁するという連携技を練習していた。  うんうん、ちゃんと成果が出ているみたいだね。  それにしても、何度呼びかけてもピクリとも反応しないのは、何だかおかしい気がする。  あまりに深く眠っている……。  いや、これはつまり、この中の人は寝かされているのか。  こんな風に回ってきた聖女に助けを求めないように。  ここに人が入っていると、気づかれないように……。  俺は『皆、一回戻ろう』と声をかけて、意識を浮上させた。 「どーしたんスか?」 「何も反応がありませんね……」 「うん、もしかしたらこの人は目覚めないようにされているのかもしれない」  俺は答えて、地中に埋まった部分へと手を翳す。  中の人の体は、この下の方に沈んでるんだよね。  手を翳してみると、何やら厳重な防御システムが張り巡らされているんだろうなという気配だけは感じる。  俺の胸に髙山さんの言葉が蘇る。 『やめた方がいい、おそらく痛い目に遭う』  確かに、これに下手に手を出すと、痛い目に遭いそうだな……。 「リン、もしかしたら俺、防御システムに弾かれるかもしれないんだけど、いいかな?」  俺の言葉にリンは一瞬だけ青い瞳を揺らした。  それから、強い眼差しで俺を見つめて「はい」と答えてくれる。  ああ、止めないでくれるんだね。ありがとう……。 「皆もちょっと俺から離れててね、巻き添えを食うといけないから」 「ま、巻き添えって……ケイト様……?」 「何するんスか?」 「治癒をかけてみるだけだよ。でも上手くかかるか弾かれるか分からないんだ」  不安そうなクロイスと不思議そうなヒアッカに答えて、俺はいつも使うセリクオリジナルの治癒魔法ではなく、一番シンプルな基本の治癒魔法を使ってみる。  セリクの魔術陣だと、麻酔とか状態確認や判定を攻撃や解析と取られてしまいそうだからね。  さあ……治癒が効くだろうか……。  皆が遠巻きに見守る中で、展開された治癒の魔術陣が正しく動き始める。  それと同時に、キリキリキリ……とどこかで何かが動いてる気配を感じる。  何だろう、これは……俺がかけている治癒の……魔力量を測っている……?  まさか、既定値を超えたら動作する罠って事か!?  治癒はあと少しで完了しそうな手応えだ。  俺が治しきるのが先か、罠が作動するのが先か……。  俺はジリジリした気配の中で治癒を続ける。  治った、と感じたのと、何かが自分に向かってきたのはほぼ同時だった。 「っ……!」  俺は咄嗟に障壁を張る。  結界柱の根元にしゃがみ込んでいたおかげで聖女の小さな体は障壁の内側におさまったが、衝撃までは殺しきれずに弾き飛ばされる。  角度があった上に聖女の体が軽いからか、空中へと高く投げ出された俺の体は、ほんの少しの空中浮遊の後、重力に引かれるようにして落下する。  そういえば、フロウリアにも重力はあるんだよな……。  俺が今更なことを考えている間に、全身がぞわりと粟立ち落下速度が上がってゆく。  高さはあったものの、俺は結界柱からそう離れたところまで飛ばされたわけではない。  となれば……。  俺が視線を下ろした先では、落下地点に駆け込んだリンが素早く反転して俺を見上げたところだった。  リンは位置を微調整しつつ、さあ来いとばかりに笑顔で両腕を広げてくる。  なんでそんな嬉しそうなんだろう。  俺はなんだかくすぐったい気持ちでその腕の中へと収まった。  速度があったので、ふんわりという訳にはいかなかったけど、ズドンと降ってきた俺のことも、リンは上手に衝撃を緩和させて受け止めてくれたので、そう痛い思いをすることはなかった。  やっぱりリンは凄いなぁ。  俺は場違いに綻んでしまう顔のまま、リンに尋ねる。 「ありがとうリン、痛いところはない?」  俺の目をじっと覗き込んで尋ね返すリンも、なんだか幸せそうに笑っている。 「はい、ケイト様はお怪我はありませんか?」 「うん、リンのおかげだよ」  俺の事はリンが受け止めてくれるって信じてたから、ちっとも怖くなかったよ。  そんな気持ちで微笑めば、伝わったのか、リンが僅かに頬を染めた。 「スゲーっ! 兄さんなんでそんな速いんスか!?」  ようやく近づいてきたヒアッカが叫ぶのに対して、後ろから来たドルーグがリンくらいの速さで俺の隣まで来てから振り返って叫び返す。 「だから、護衛騎士なら『疾走』は覚えとけって教えただろうが!」 「あー、……そういや、そんなん言われたっスね……」  その後ろからクロイスも、ようやく発動できた『疾走』で駆け付けてきた。 「ケイト様っ、ご無事ですか!?」 「うん、大丈夫だよ、心配かけてごめんね」  ドルーグにも駆けつけてくれたお礼を伝えるうちに、リンは俺を抱えたまま結界柱の方へスタスタと戻ってゆく。  ヒアッカの横を通り過ぎると、ヒアッカは肩で息をしつつ「俺も『疾走』覚えるっス……」と呟いた。  リンが、チラとヒアッカを振り返って言う。 「覚えたら繰り返し練習しておけ。すぐに使えねば意味がない」  ヒアッカはリンの助言に赤い瞳を瞬かせてから「うっス!」といい顔で答えた。  リンに助言がもらえたのが嬉しかったのかな?  確かに、ドルーグもクロイスも使えはしたけど、リンより発動が遅かったもんね。  定型魔法は誰でも使えるようにってとこに特化された魔術陣な分、内容が結構面倒な感じなんだよね。  風属性の人はあのパターンで覚えるより風魔法として『疾走』を覚える方がずっと早く発動できると思う。  まあ、リンは属性が火だからどっちにしろ定型で覚えないと発動しないけどね。  あれ? そしたら俺が使えない幻術の魔法とかも、定型魔法の準備段階の魔術陣を通せば使えるのでは……?? 「……定型魔法を作った人ってすごいね……」  俺の呟きに、クロイスが答える。 「ハディルド様ですね、この世で初めて誰でも使える魔術陣を作り出した事で有名な方です。魔法史の教科書にも魔法技術の教科書にも必ず出てきますよ。若くしてこの世を去った方ですが、彼がもう少し長く生きていたらもっと沢山の魔法技術が生まれただろうと言われています」 「へぇ、すごい人なんだねぇ。俺も定型魔法の魔術陣を色々見てみたいな、定型魔法の本とか持ってる人いない?」  結界柱のところまで戻った俺が、リンの腕からそっと下ろされる。  カイルとフォーン含む皆の顔を見回して言ってみたけれど、皆首を横に振った。

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