199 / 202

テコでも動かない

「リン……?」  見上げたリンは、少し苦しげに眉を寄せている。 「私も、ケイト様と共に柱の中へ入っても構いませんか」 「え、リン入れるの?」 「やってみないことには分かりませんが、おそらく可能かと思います」 「……だとしても、やめた方がいいよ。中は危ないから」  俺の言葉に、リンは首を振る。 「危険だからこそ、私に供をお許しください」 「リン……」  リンは後悔の滲む顔で言った。 「貴方が、あのような……怪我を負うとは、思っておりませんでした……」 「大丈夫だよ、ほら、俺はなんともないでしょ?」  リンを安心させようと思ってスカートの裾を上げて見せた足には、さっき裂かれたところに同じ形の痕が残っていた。  え?  あれって、実際の体にも影響が出るんだ……?  あ、もしかして、俺のこの体が心を映した姿だから……?  赤紫色にくっきりと残る傷痕に、俺よりもリンの方が動揺した。 「ケイト様……っ」  リンは俺の足元に跪くと俺の靴をリンの太ももに乗せて、俺の足に残った傷痕を指先で確かめるようにそろそろと撫でる。  わわ、ちょ、そういう触り方すると、くすぐったくて、なんか……。 「痛みはございませんか……?」 「う、うん……」 「……申し訳ありません……」  リンは後悔の溢れそうな瞳で俺の傷痕を見つめて、それから贖罪をするように俺のそこへと口づけた。 「っ……」  み、皆の見てる前で何を……っ。  俺が慌てて周りを見ると、4班の皆は一斉にそっぽを向いた。  いや、よく見たらヒアッカは顔だけは他所を向いてるけど、視線はこっちを向いてるじゃないかっ。 「ちょっと、リン、離して……」  みるみる熱くなる頬でリンに視線を戻せば、リンはなぜか驚いたように目を開いていた。  リンが見つめているのは俺の……うん?  なんか、その傷痕、さっきより色が薄くなってない?  リンは一瞬だけ口端を大きく持ち上げてから、俺の足を片手で持ち上げる。  俺が片足で倒れないよう、リンは俺の腰にもしっかり腕を回すと、俺の傷痕にいくつもの口づけを捧げ始めた。  え、ちょっ、そういう、事……っ!?  分かった、分かったけどっ、ちょっ、と、その、こ、心の準備がっっっ!  俺が恥ずかしさにぐるぐる目を回しているうちに、リンはスッキリとした良い顔で俺の足を下ろした。  俺の足は綺麗さっぱり傷痕が消えて元通りの艶々になっている。  いや、なんか最初より艶々になってない!?  ううう、恥ずかしいのに嬉しくて困っちゃうから、急にそういう事するのはやめてくださいお願いします……。  すっかり真っ赤になった俺に、リンは顔を寄せると俺の耳元でやたらイイ声で囁いた。 「私は……貴方のお体だけでなく、そのお心も全てお守りしたいのです……」  わ、分かってるっ! 分かってるから! もう十分分かってるから!!  もうこれ以上顔赤くならないからっっ!!  耳元で囁かないでください!! 「私に供を、お許しいただけますか……?」 「っ……!」  リンの熱い息が耳の内側にまで入り込むと、俺の背筋が震えてしまう。  こ、これって、俺がいいよって言うまで絶対引かないやつじゃないか!  俺も大概頑固だけど、リンもこうと決めたらテコでも動かないからな……。  俺は早々に観念して「分かったよ……」と頷いた。  たっぷりしっかり深呼吸して顔を冷ましてから、俺とリンは結界柱に再度入り込む。  結界柱の中で、俺はさっきと同じように男の姿を表すことができた。  そろそろ慣れたのか、クロイスがいなくても俺一人でここまで来れたな。  この程度入れていれば、覚醒している相手とは会話できそうだ。  未覚醒の人への声かけや、心晴ちゃんのような自我が崩れかけた相手への声かけはまだクロイスの手を借りる必要がありそうだけど。  今後は、まず俺だけ先に中に入って中の人の状態を見てみる方が良さそうだな。  俺は右足を確認する。  うん、怪我も治ってるな。  そんなことを考えていると、セーラー服の彼女がこちらに気づいた。 『さっきのお兄さんっ』  両耳の下で二つに結ばれた髪が振り返る彼女に合わせてなびく。  俺は、なるべく優しく微笑んで答える。 『お待たせ、すっかり治ったよ』 『ああ……よかったです』  ホッとした彼女が生んだ小さな幸せの感情を、結界柱が音もなく吸い上げて回収する。  何度見ても心が波立つその光景から、俺は意識的に目を逸らして彼女を見つめた。 『改めて挨拶をさせてもらうね。俺の名前は芦谷 圭斗(あしや けいと)、元聖女だよ。君の名前を聞いてもいいかな?』 『私は、松本 彩華 (まつもと あやか)です。私も元聖女としてこちらに来ました』  中学2年生だという松本さんは、2028年の9月の終わりにこちらに聖女として召喚されたと言った。  その年に最年少騎士だったのがエストという少年で、彼女は彼にもう一度会いに行く約束をして、またフロウリアに来たのが10月1日の日曜日だったそうだ。 『そしたらエストは19歳になってて背も高くなってたし、私は聖女の姿にならなくて、びっくりしました。でもエストは私のこと覚えててくれて、おかえりなさいって言ってくれたんです』 『うんうん、おかえりって言ってもらえるの嬉しいよね』  俺の知る司祭様の前の方も……いやもっとずっと前の方か、今から10か月くらい前ってことは、彼女はもう600年くらい前の元聖女様だったってことだよね。  その頃から教会では、元聖女には「おかえりなさい」っていう挨拶だったんだな。  俺は丁寧に相槌を入れつつ彼女の話を聞く。  ちなみにさっきから、俺の背後に何かの気配をもやもやと感じてはいるんだけど、これってリンかな、うん、そんな感じする。  もしかして姿がイメージできなくて苦戦してるのかな。  松本さんが元聖女としてフロウリアに来た年の聖女さんは12歳の子で、司祭様と松本さんで懸命に教えたものの範囲浄化が習得できなかったらしい。  うん。とりあえず聖女枠を10代に絞るのはやめた方がいいよね……。  俺くらいの歳が下限でいいのに……。  そんなわけで、松本さんはこっそり巡礼に同行したらしい。  当時も既に元聖女が攫われる事件はあとを絶たなかったようで、彼女は目を伏せると両手をギュッと握り合わせて言った。 『司祭様もエストもすごく心配してくれたんですけど、私、大丈夫って……。エストがいてくれるから、大丈夫、って……言っちゃって……』  けれど結果、彼女はこうして攫われて柱に収められている。  という事は……。  俺は、震える彼女の肩をそっと撫でてみる。  あ。意外と触れるな。  心晴ちゃんの時も抱きしめてあげられたかな……と思ってから、あの時はまだ輪郭すらふわふわしてたから難しかっただろうな、と思い直す。  多分、どちらかの輪郭がしっかりしてない時に触れるのは危険だと思う。  だって、心が混ざってしまうかもしれないのって……結構怖いよね。 『エストは……あの後どうなったんでしょうか……ちゃんと、治癒してもらえたのか……分からなくて……』 『護衛騎士のエストさんだね、調べてみるよ。松本さんがフロウリアに来たのは2028年10月1日の朝と夜どっち?』 『夜も来れるんですか……?』 『うん、朝と夜の7時から2分間ゲートは開くんだよ。じゃあ朝だね、えーと……』  俺は、松本さんの心に悲しみの影が戻る前にと、内心大慌てで計算する。 『フロウリア暦4441年から4442年……になる年かな?』 『あ、多分そうです。私が最初に帰った時4438年で、16歳のエストが19歳になってたので』  その年は、エストさんは20歳になる年だったんだね。  俺は彼女からエストさんの外見の特徴を聞き出す。

ともだちにシェアしよう!